プロローグ
日も落ち、真っ暗になった夜道。
森の中を一台の馬車が駆け抜けていく。
馬車に乗っているのは、一人の皇女。
愛らしく整った顔立ちが、今は不安の色に曇っている。
自分はこれから、どうなってしまうのだろう、と――
ため息をついて見やる窓の外も、
先ほどから変わらず続く真っ暗闇。
まるで自分の今後を暗示しているようだ。
――ミラント国の皇女・ロゼッタ。
小柄であるが芯は強く、誠実で、美しい。
国を守る為なら自分の犠牲も厭わない性格。
彼女はこれから、まさしく自分の身を犠牲にしにいく。
国の財政が傾き、滅亡目前となった
ミラント国に差し伸べられた、救いの手。
『オージュ国の皇子・エルランドの花嫁となれば、
ミラント国を救って差し上げよう』
その知らせを受けたロゼッタは、すぐに承諾の返事を出した。
彼女にとって迷うところなど何処にもなかった。
自分が結婚するだけで、故郷が救われるのだから。
――がたん、がたたん……。
馬車は真っ暗な山道を、
小さなともし火ひとつで駆け抜けていく。
小刻みな揺れに身をまかせ、
変わり映えのしない風景を眺めているうちに、
ロゼッタの心の中に本当の気持ちがよぎる。
【ロゼッタ】
(顔もろくろく知らない人と……結婚だなんて……)
結婚も、幸せな家庭を作る事も、夢だった。
でも、これはこんな風に無理やり叶えられたくなかった。
【ロゼッタ】
(本当は、私だって――)
整った唇を、不安を紛らわすようにかむ。
そう、これは自分自身で選んだ事。
国の象徴であり代表である王族たるもの、
祖国のために自分を犠牲にするのは当たり前だ。
ロゼッタが健気に思い直したその瞬間――
――ぎぎぃぃいいっ!
――ざしゅっ!
(*御者の斬られる音)
【御者】
「うわぁあぁぁあああああ!」
ガコン!!!!
大きな音と共に馬車が止まり、
にわかに周りがざわめき始める。
【ロゼッタ】
「何……何が起こっているの……?」
わけのわからないまま、
ロゼッタは馬車の中で小さく身を震わせる。
――やがて、下卑た笑い声と共に、
勢いよく馬車の扉が開けられた。