ネイロスの3戦姫
第7話その.1 黒獣兵団撃破
ダルゴネオスと黒獣兵団の団長ブルーザーの策略により、3姉妹のみならず、ネイロス を裏切ったマグネアも部下のヒムロもろとも奈落の底に叩き落されてしまった。 そして、ダルゴネオスの愚息セルドックの魔の手に堕ちているエスメラルダを救おうと したライオネットは、逆に捕らわれ完膚なきまでに痛めつけられた。 3姉妹の祖国ネイロスもまた、黒獣兵団の攻撃を受けて陥落寸前まで追い詰められてい た。 もはやダルゴネオスの侵略行為を阻む者はいないかに思われた。しかし、ここにダルゴ ネオスの野望を打ち砕き、ネイロスとデトレイドに平和を取り戻そうとする一団の姿があ った。 それはブルーザーによって司令官の職を追われたネルソン将軍が率いるデトレイド民兵 軍であった。
黒獣兵団に敗退したネイロス軍は、ネイロスの城に立て篭もり持久戦を強いられていた。 敗走から6日目、膨大な重火器で執拗な攻撃を仕掛ける黒獣兵団に抵抗を続けていたネ イロス軍であったが、もはやネイロスの陥落は時間の問題となっていた。 ブルーザーからネイロス軍を徹底的に叩き潰せと命令されている黒獣兵団のスタン副団 長は、1週間目である次の日を最終攻撃日と判断し、夜明けと共に総攻撃をかける用意を していた。 そして夜明けを待つ黒獣兵団の元に、表向き後方支援を支持されていたデトレイド民兵 軍が到着した。 「スタン副長っ。デトレイド民兵がやっと到着しましたっ。」 副団長の控えている野戦用のテントに、伝令係の兵が入ってきた。 「どこで道草くってたんだ、あいつ等。」 テントの中では、肥えた牛の様な体格のチョビ髭男が戦闘服に着替えている。 「はい、民兵軍の指揮官の話では、遅参の原因は民兵達の指揮がまとまらずに進軍が遅 れたとの事です。」 「フン、遅れた言い訳にもならねーな。俺達がしぶといネイロス軍にどれだけてこずっ てるか知ってるくせに、今頃ノコノコ来やがって・・・」 ブツブツ文句を言いながら、テントから出てくる。 「まあいい、決着は今日決まるんだ。奴等には俺達の後始末でもしてもらおうか。」 スタンは民兵軍が来ているであろう地点に目を向ける。 淡い朝焼けの光が平地を照らし、黒獣兵団の後方に控えているデトレイド民兵軍の姿を 映し出していた。 「なんだあ?あいつらたったあれだけの兵力なのか。これじゃあクソの役にもたたねえ じゃねーか。」 スタンは予想したよりもずっと少ない兵士の数に、呆れた顔をする。 確かに民兵軍の数は、城を攻めている黒獣兵団の3分の1にも満たない。しかも兵士達 が武装している武器は、剣や弓矢などの頼り無い物ばかりで、はっきり言って後方支援ど ころか後始末にも役立たない状況だ。 「仕方ありませんよ副長、あいつ等は貧乏なうえに士気が著しく低下してます。文句を 言うだけ無駄ですよ、あいつ等はほっといて我々だけでネイロス軍を叩きのめしましょう。 」 「そうだな。それよりあの変な物はなんだ?」」 民兵軍の横には白い布で隠された奇妙な兵器が用意されていた。 「ああ、あれですか。あれはネイロスの城を攻略する際に使用する武器だとか言ってま したが。まあ我々の大砲に比べれば屁みたいなもんですね。」 説明する兵に、目を細めて聞き入っているスタン。 「何を考えてるのか知らんが、我々の足手まといだけはゴメンだぜ。全軍に指令っ、直 ちに城を攻撃せよっ!!」 「了解。」 伝令の兵は命令を伝達するべく駆け出した。 ネイロスの城は強固に建造されているため、1箇所を集中的に攻撃するべく大砲を集結 させている。 そこを突破口に城の内部に突入する段取りとなっていた。 その頃、ネイロスの城内では黒獣兵団の総攻撃に備えて兵士達が集結していた。 連日による容赦無い黒獣兵団の攻撃で、ネイロス軍は危機的状況に追い込まれている。 「いいかっ、たとえどんな窮地に陥ろうとも退くなっ。今こそ黒獣兵団に我等の勇猛さ を示すとき・・・姫様達の仇、必ずや晴らそうぞっ!!」 「おおっ!!」 司令官の檄の元、兵士達は一斉に鬨の声を上げた。 もはや彼等に猶予は無かった。迫りくる無敵の黒獣兵団を前にして、一兵卒に至るまで 断固戦い抜く覚悟であった。 「副長、砲撃準備完了致しました。」 再びスタン副団長の元に伝令兵が現れた。スタンは監視用のやぐらの上で全軍の指揮を 取っていた。 「よし、ネイロスの野郎どもに目に物見せてやる。」 そう言ったスタンは、何気なく後ろを振り向いて目を凝らした。 先ほど伝令兵が言っていた城壁を破壊する為の武器を、民兵軍が総動員で移動させてい たのだ。 その総数は10台ほどである。 やぐらの上からは民兵軍の動きがよく見える。だが、地上にいる黒獣兵団の兵や、前線 の砲撃隊にはその動きは察知できない。民兵軍の動きを知らぬまま、黒獣兵団の兵達は総 攻撃の準備に明け暮れていた。 「何やってんだあいつら。」 「さあ、おおかた後方支援の真似事でもやってるんですよ。無視しましょう。」 やぐらに昇ってきた伝令兵はそう言ったが、スタンは民兵軍が余りにも手際よく動いて いる事に疑問を抱いていた。 「どうしたんです副長。」 「いや・・・何かおかしいぞ。士気が低下してるのに、どうしてあれだけ動き回れるん だ?」 「そういえば、そうですね。」 2人の目が民兵軍の武器にくぎ付けとなる。そして、武器の配置を終えた民兵軍が武器 を覆っていた白い布を外した。 「あれは・・・」 スタンは目を丸くした。 それは、木で組まれた巨大な構造物であった。やぐらの様に組み立てられたそれの上に は、天秤のような棒が取りつけられている。巨大な棒の一方には重量のある重しがつけら れており、その反対側には特大のバケットがあった。 「ありゃあ、カタパルトじゃねえか。」 「カタパルト?なんですそれ。」 「投石器のことだよ、そんな事もしらねーのか?もっとも、100年以上前まで城攻め 用に使ってた古い兵器だが。」 古代から中世までの戦争の歴史で、城攻めに使用されていたカタパルトこと投石器は、 強大な破壊力を持った武器である。改良された大砲などの重火器が登場するまで、ヨーロ ッパ等で最強の武器として活躍していた。。 その古代兵器が、黒獣兵団を取り囲む様に据えられていたのだ。 「ははは、あんなカビの生えた武器でネイロスの城を攻撃しようってか?貧乏な民兵ど もの考えそうな事だ。だいたいあの距離で城まで届くとでも・・・」 笑っていたスタンは、投石器の攻撃する方向を目で追っているうち、我が目を疑った。 なんと・・・攻撃する方向はネイロスの城ではなく、黒獣兵団の大砲部隊だったのだ。 「あ、あいつら・・・まさか・・・」 「ど、どうしたんですか?」 血相を変えたスタンに、伝令兵が心配して尋ねた。 「お、おい・・・大変だ・・・民兵ども、俺達を攻撃するつもりだっ!!砲撃隊に伝令 っ、今すぐ逃げろと伝えるんだっ!!」 民兵の動きを察知したスタンは、慌てふためいて伝令兵に命令した。だが・・・すでに 遅かった。 「目標、黒獣兵団の大砲部隊っ。放てーっ!!」 投石器の前に立つネルソンが手を上げた。それに呼応するかのごとく、全ての投石器か ら重さ100キロはあろう巨石が射出された。 「うあ・・・」 驚くスタンの頭上を、木の巨人が投げた巨石が通り過ぎて行く。そして居並ぶ大砲に巨 石が次々と直撃した。 「うわあっ。」 巨石が墜落したショックで、砲手が弾き飛ばされる。 そして、最後に火のつけられた巨大な油ツボが飛来し、大砲群を紅蓮の炎で覆い尽くし た。 大砲の火薬に火がつき、大砲は大音響と共に吹っ飛んだ。 「ひいええっ、た、助けてー!!」 黒獣兵団は大混乱となった。虚をつかれた兵達は、何が起きたかも理解できず、クモの 子を散らす様に逃げ回った。 「何やってるんだっ、銃を用意しろっ、民兵どもをぶちのめせっ!!」 顔を真っ赤にしたスタンは、やぐらの上から逃げ惑う兵達を叱咤した。だが、喚くスタ ンの目に、新たに投石器から射出された物体が映った。 それは布で包まれた石つぶての塊だった。黒獣兵団の真上で弾けたそれは、握りこぶし 大の石つぶてを雨あられと兵達の頭上に撒き散らした。 「ぎゃあ〜っ!!」 「いてえーっ!!」 兵達から悲鳴が上がる。そして、石つぶての直撃を受けたスタンが、やぐらから転落し た。 「よし今だ、全軍攻撃開始っ。黒獣兵団の兵どもを1人残らず討ち倒せーっ!!」 馬にまたがったネルソンは、剣を振りかざし先陣を切った。 その後にデトレイド民兵軍が続く。そして後方の山の中からも兵士達が出現し進撃した。 自軍を少数と見せかけて黒獣兵団を油断させるネルソンの作戦だったのだ。無論、士気が 低下しているなども全てウソである。 デトレイド軍の民兵達は全員、打倒ダルゴネオス、そして黒獣兵団撃破に燃えていた。 混乱した黒獣兵団に、デトレイド民兵全軍が襲いかかった。 黒獣兵団の兵達は銃を 取って反撃しようとするが、一矢乱れぬ民兵軍に次々と薙ぎ倒された。 「くそ・・・こんな事が・・・」 頭から血を流しているスタンは、フラフラと立ち上がり自分目指して馬で駆けて来るネ ルソンを見た。 「あいつはネルソン将軍・・・あの野郎が手引きしてやがったのか・・・」 ネルソンの作戦に、まんまと引っかかった事を知り怒り心頭になるスタン。 「貴様が指揮官だな!?」 スタンの前に現れたネルソンは、馬から下りて声をかけた。 「ああ・・・そうだよ。黒獣兵団の副団長スタンだ。」 「副団長か、ブルーザーに借りを返せないのが残念だが・・・ここは大将同士、一騎打 ちといこうじゃないかっ。」 挑発するネルソンに、スタンはニヤリと笑った。 「おもしれえ・・・てめえなんざ素手で十分だっ。」 左腕を振り上げ、ものすごい勢いで突進するスタン。 「ウオオ−ッ、首をへし折ってやるーっ!!」 水平に薙ぐ腕が、ネルソンの首めがけ襲いかかる。 腕がせまる瞬間、僅かに身をかがめたネルソンの右ストレートがスタンの顔面にヒット した。 「ぐえっ。」 カウンターパンチを食らい、スタンは血を吐いて倒れた。 「フッ、私をなめんことだ。」 ネルソンは倒れているスタンにそう言い捨てると、馬に乗りネイロスの城めざして走り 出した。 「どうなってるんだ?一体・・・」 デトレイド民兵軍が突然、黒獣兵団に反旗を翻し投石器を使って攻撃した事に呆然とし ているネイロス軍の兵士達。 「仲間割れみたいですね。でもなんで・・・」 1人の兵士が、狐にでもバカされた様な顔で司令官に声をかける。 「知らんよ、そんな事・・・んっ?誰かこっちにくるぞ。」 城の高台から成り行きを見ていた司令官は、馬に乗った男が単身こちらに駆けて来るの を見た。 馬に乗った男、ネルソンは城の手前までくると立ち止まり、城の中にいる兵士達に声を かけた。 「私はデトレイド民兵軍の司令官ネルソンだっ。これより我が軍は貴軍の支援をするっ。 ただちに討って出られたし。共に手を取り黒獣兵団を、そして我等の宿敵ダルゴネオスを 倒すのだっ!!」 凛とした声が城の兵士達に届いた。 「支援だって!?嘘だろう・・・敵国のデトレイドが我々を助けてくれるってのか?」 一同は唖然とする。 「事情はよくわからんが・・・黒獣兵団を撃破するのは今しかないっ。全軍、突撃だっ。 」 「はいっ、直ちにっ!!」 司令官の声に、兵士達は一斉に蜂起した。 そして城を飛び出したネイロス軍は、黒獣兵団めがけ、進撃していった。