ネイロスの3戦姫


第6話その.4 エスメラルダとの再会  

 「ねえ、まだかい?もう随分と歩いてるんだけど・・・」
 「文句言わないでください。殿下のお部屋は私達がいた場所とは反対の方向だったんで
すからね。」
 「反対!?・・・はあ、どーしてこう裏目に出ちゃうんだろうな僕って・・・」
 情けない顔をしながらマリオンの後ろを歩くライオネット。見当違いの方向をうろつい
ていた為、宮殿の端から端まで歩かされる羽目なっていた。
 アルバートを入れた酒樽を担いでいる体力の無いライオネットは、足元がふらついてい
る。
 「ハアハア・・・もう少しゆっくり歩いて・・・疲れた・・・」
 「なっさけないですね〜、それでも軍事参謀ですか?そんな事ではお姫様を助けられま
せんよ。」
 嫌味を言うマリオンの口から(お姫様)と言う言葉が出た途端、ライオネットはハッと
した顔になる。
 「そ、そうだっ・・・僕には姫様をお助けする役目があるんだっ。疲れてなんかいられ
ない、エスメラルダ姫さまーっ!!」
 勇ましく走り出すも、床が滑りマリオンの前で見事に転んだ。
 「あーあ、何やってんですか。」
 「うぉーん・・・」
 床に大の字で伸びているライオネットを情けない目で見ているマリオンとアルバート。
 「な、なんのこれしき・・・僕はメゲないぞ〜。待っててください姫様・・・今助けに
参上致しますっ。」
 辛うじて立ちあがるライオネットだが、その後姿はお世辞にも頼り甲斐があるとは言え
ない。
 「そんな調子で本当にお姫様を助けられるんですか?それに助けられたとしても、どー
やって宮殿から逃げ出すつもりですか?まさかとは思いますが、宮殿の兵隊さんたち全員
相手に戦うつもりじゃないでしょうね。」
 呆れた口調のマリオンの言葉に、ライオネットは振りかえった。
 「何をいうんだっ、必ず姫様を助けてここから脱出して見せるっ。たとえ兵達全員敵に
回そうと・・・僕の命と引き換えにしても姫様を助けるっ、それが僕の使命なんだ!!」
 「軍事参謀さん・・・」
 真剣な眼差しに、マリオンは少しだけ顔を赤らめた。この頼り無い男が命がけで守ろう
とする姫君とは一体どんな人物なんだろう・・・
 暴君が荒れ狂うデトレイドでは、忠誠心と言う言葉は消えつつあった。民達はただ命令
によって動かされ、恐怖によって自由を奪われていた。そんな状態で君主に対する忠誠や
尊敬が芽生える筈も無い。それゆえ、マリオンにとって忠誠心などナンセンスな事である。
 そんなマリオンは、ここまで忠誠心を持った人物を見たことが無い。いや、忠誠よりも
愛ゆえに命をかけているのであろう。
 命をかけても守りたい、戦いたい。ライオネットはそれほどまでに姫君を慕い、そして
愛している。
 「さあ、早く案内してくれ、姫様が待ってるんだ。」
 「うん、わかった。」
 マリオンの言葉に疑念は無かった。ライオネットは信じるに値する男だと感じたからだ。
 「あなたは本当に良い人ですね。うらやましいなネイロスのお姫様は、そこまで愛され
てるなんて。」
 感心した様に頷くマリオン。
 「い、いや・・・僕だけじゃないよ。ネイロスの皆、姫様のことを愛してるよ。ほ、本
当にだよ。」
 照れるライオネットは、後ろのマリオンに顔を向けて歩いている。
 「あ〜っ、前っ、あぶないっ!!」
 突然マリオンが叫んだ。
 「え。なに、でっ!?」
 ゴンッという音が響く。
 よそ見をしていたライオネットが、廊下の横にある鉄製のオブジェに頭をぶつけてしま
ったのだ。
 「う、う〜ん・・・いてて・・・」
 頭を抱えて痛がるライオネットを見たマリオンは溜息をつく。
 「やっぱり頼りにならないわね。オオカミさんもそう思う?」
 「ウォン。」
 呆れながら、マリオンは同じ様な顔をしているアルバートと目を合わせた。
 そして10数分ほど歩いた彼等は、宮殿の奥にあるセルドックの部屋へと到着した。
 「あそこですよ。」
 廊下の端に隠れて部屋の扉を指差すマリオン。
 扉は鉄製で、表面に禍禍しい彫刻が刻まれている。それはまるでロダンの地獄門を模写
したかのような奇怪な彫刻だ。
 「あの中に、姫様が・・・」
 「あそこには拷問用の道具とか監禁用の部屋があるそうです。たぶん、お姫様はそこに
いると思います。」
 マリオンの説明に頷くライオネット。だが、扉の前には1人の警備兵が立っており、眠
そうにあくびをしている。
 「あの警備兵が邪魔だな・・・」
 ライオネットはそう言うと、何を思ったのかマリオンの顔を見た。
 「ちょっとなに・・・なぜあたしの顔見てるんですか?まさか・・・」
 マリオンはライオネットの考えている事を察し、顔色を変えた。
 「悪いんだけどさあ・・・あの警備兵をひきつけてくれない?頼むよ。」
 手を合わせて頼み込みライオネット。
 「そうくると思いましたよ・・・わかりました。行けばいいんでしょう、いけば。」
 「恩に着るよ、それが終わったら帰っていいから。」
 「ええ、喜んで。」
 やれやれと言った表情のマリオンは、渋々警備兵に近寄った。
 「あ、あのー、ちょっといいですか?」
 「ふあーあ・・・ん?なんだ。」
 口を開けてあくびをしている警備兵は、目を擦りながら近寄ってくる召使いに目を向け
た。
 「さっき廊下で怪しい人影を見たんです。もしかしたらドロボーかも。」
 「泥棒だあ?どこで見かけたんだ。」
 マリオンに促され、扉の前から移動する警備兵。その警備兵の目を盗んで、ライオネッ
トは部屋に向かう。
 「うまくやってね、軍事参謀さん。」
 部屋に向かうライオネットを見ながら、マリオンは呟いた。
 警備兵の目をごまかし、扉の前に立つライオネット。扉には、ダンテの「神曲」地獄篇
第三曲に現れる地獄の門に書かれている言葉が記されていた。
 「この門をくぐる者汝一切の望みを捨てよ・・・か、本当に地獄門だな・・・」
 この先は本当に地獄かもしれない・・・そんな恐怖がライオネットを襲う。足が震え、
汗で手がビッショリ濡れた。
 「姫様・・・今行きます・・・」
 震えながらノブを掴むライオネット。
 鉄製の扉には無用心にもカギはかかっておらず、ギイイ・・・と気味悪い音を立てて扉
は開かれた。
 「こ、これは・・・」
 ライオネットは思わず息を呑んだ。その部屋は正に地獄であった。
 三角木馬、トゲ付き椅子、磔台などの多種多様な拷問器具、拷問道具が所狭しと並べら
れており、そのいずれからも血の臭いがしてくる。
 ここに連れて来られた者がどんな責め苦を受けていたであろうかは一目瞭然であった。
 ライオネットは部屋を見まわすが、人影が無い。誰もいない様子だ。
 「あれは鉄の処女だ・・・こんな物まであるのか。」
 部屋の奥にある鉄の処女に近寄る。そして、ライオネットの目に、鉄の処女の肩口に引
っかかっている髪の毛の束が映った。
 「この赤い髪は・・・」
 血相を変えてライオネットは赤い髪を掴んだ。赤く美しい髪を持つ者は世界中でただ1
人。それは紛れも無くエスメラルダの髪であった。そして愛しいエスメラルダが地獄の拷
問器具、鉄の処女で凄惨な拷問を受けた証拠でもあった。
 「姫様・・・なんて惨い目に・・・」
 髪を掴む手がブルブル震える。 
 「う、うう・・・」
 不意に部屋の中から女の呻き声が聞こえ、驚いたライオネットは振り返った。
 「姫様ですか!?」
 声の方に向かって行くと、部屋の隅に吊り下げられている巨大な鳥ガゴの中から声が聞
こえる。その中に全裸にされた若い娘が閉じ込められているのだ。
 「姫様じゃないのか・・・ん?これは・・・」
 目を凝らして見ると、鉄製の鳥カゴの内側にはいくつもの刺がついており、閉じ込めた
娘の身体を突き刺していた。
 「おねがいい・・・たすけてえ・・・」
 ライオネットを見た娘は、悲痛な声を上げて助けを請う。
 「まってて、今助けてあげる。」
 懐からピッキング用の道具を取り出したライオネットは、鳥カゴのカギを開けて娘を助
け出した。
 体力は無いが手先は器用なので、こう行った事は得意なのだ。
 「うう・・あ、ありがとう・・・」
 「いいよ。それより、ここにネイロスのエスメラルダ姫が囚われていないのかい?」
 エスメラルダの名前を聞いた娘は、身体を震わせてライオネットを見た。
 「エスメラルダ姫で、ですか。あの方なら・・・セルドック殿下がいつも連れ回ってい
ますが・・・」
 「ここにいないんだね、じゃあセルドックは?」
 「殿下は・・・あ、ああ・・・」
 言い出そうとした娘の顔から見る見る血の気が引いていった。耳をすませればコツンコ
ツンと靴の音が聞こえてくる。
 「こ、この足音は・・・せ、セルドックッ!!」
 娘は頭を抱えて怯え始めた。
 「奴が来たのか・・・」
 「うぉ・・・ん」
 息を呑むライオネットとアルバートは娘と共に物陰に隠れた。扉の外からセルドックと
警備兵の声が聞こえる。
 「異常ねーか?」
 「はい、さっき召使いが泥棒が出たとか言って来ましたが、誰もいませんでした。他は
特にありません。」
 「ケッ、俺様の宮殿に乗り込んでくるような度胸のあるコソドロがいるわけねえ。」
 セルドックはそう言いながら扉を開けた。
 「おら、何してんだよ、さっさとこいっ。」
 「あうう・・・」
 ジャラジャラと鎖を引っ張る音が聞こえ、若い女の泣き声が聞こえてくる。
 「あの声は、姫様っ。」
 思わず身体を乗り出すライオネット。その泣き声の主は紛れも無くエスメラルダだ。セ
ルドックは部屋の中央にある鉄の棒に鎖を繋ぐと、床にうずくまるエスメラルダの赤い髪
を掴んだ。
 「逃げようったってそうはいかねえからな。さあて、今晩はどうやってイジメてやろう
かな、イッヒッヒ〜。」
 気味悪い笑いを上げるセルドックに、エスメラルダは酷く怯えた。
 「い、いじめないでぇ・・・おねがいゆるしてぇ・・・」
 「許してじゃねーだろ、お許しください御主人様だろーが。」
 足でエスメラルダの顔をグリグリ踏みにじるセルドック。
 「あひ、おゆるしくださいい・・・ご、ごしゅじんさまあ・・・」
 泣きじゃくりながら許しを請うその姿が部屋の照明に映し出され、ライオネットは声を
失った。
 全裸で首輪をつけられたエスメラルダは、もはやライオネットの知っている戦姫ではな
い。怯え、泣き震えるメス犬である。
 「ひ、ひどい・・・なんて事を・・・あいつめっ!!」
 エスメラルダに対する惨たらしい仕打ちに、ライオネットは激しく怒った。普段は極め
て温厚なライオネットだが、この時ばかりはセルドックに対する怒りで我を忘れ、エスメ
ラルダを助けるべく飛び出そうとした。
 「だ、ダメですっ、今行って捕まったらどうするんですかっ!!」
 鳥カゴに閉じ込められていた娘が慌ててライオネットを制した。
 「くっ・・・」
 悔しそうに呟き、振り上げた拳を下ろすライオネット。
 ライオネット達の動向はセルドック達には気付かれなかった。彼等が隠れているとは露
知らず、哀れな戦姫をいたぶる事に専念しているセルドックと警備兵。
 「おい、犬どもを連れてくるぞ、お前も手伝え。」
 「犬ですね、と言う事は・・・あれですか?」
 セルドックに命令された警備兵は、ニヤッと笑った。
 「そーだ、あれだ。」
 セルドックは警備兵を伴うと扉を開けて出て行った。
 「あれって何の事だ?」
 セルドック達の言葉に疑問を抱くライオネットだったが、今はそんな事を考えている訳
にはいかなかった。
 部屋には邪魔者はいなくなった。今こそ愛するエスメラルダを救出する絶好のチャンス
だ。
 「姫様っ!!」
 暗がりから飛び出したライオネットは、泣いているエスメラルダに走り寄った。
 「大丈夫ですかっ、今助けます。」
 「あう?あ・・・ひいいっ!!」
 エスメラルダはライオネットの顔を見るなり、恐怖に怯え、頭を抱えた。
 「いやーっ!!ちかよらないでぇっ!!いじめないでぇっ!!」
 「姫様っ、僕ですライオネットですっ、判らないのですかっ!?」
 「ひいいっ!!いやいやーっ!!」
 激しく怯えるエスメラルダ。ライオネットの事をセルドックの手下と勘違いしているの
であろう。狂った様に手足をバタバタさせた。
 「姫様・・・」
 呆然とするライオネットは、エリアスの言葉を思い出した。
 「私の顔も判らない状態だって言ってたっけ・・・そうだ・・・催眠術をかけられてい
るんだった。」
 エスメラルダはセルドックに催眠術をかけられているのだ。それを解けばエスメラルダ
は元に戻る・・・
 エリアスの言葉を思い出したライオネットは、鳥カゴに囚われていた娘に向き直った。
 「君っ、姫様が催眠術をかけられていることを知っているのかっ!?」
 ライオネットに尋ねられた娘は、少し驚いた様子で口を開いた。
 「え、ええ、知ってます。確か・・・黒装束の気味悪い男に催眠術をかけられてからエ
スメラルダ姫は様子がおかしくなってました。」
 「それを解く方法はわからないかっ!?姫様を助けるためなんだ、知っている事は全部
教えてくれっ!!」
 詰め寄るライオネットに戸惑う娘だったが、やがて重い口を開いた。
 「殿下が言ってたんですが、エスメラルダが恐怖を克服して俺を倒さない限り催眠術は
解けないって・・・」
 その言葉に、ライオネットの顔が明るくなった。
 「そうか・・・あのチビ助をやっつければ姫様は元にもどるんだねっ!?」
 ライオネットは娘の手を取って喜んだ。
 「ありがとうっ、君のおかげで姫様を助ける糸口が掴めたよ、本当にありがとうっ。」
 そして近くにあったハンマーを手に取ってエスメラルダを拘束している鎖を叩き始めた。
 「姫様っ、今助けますからねっ。」
 無心に鎖を叩くライオネットを見た娘は、呆然とした目で口を開いた。
 「あの・・・私の話聞いてます?エスメラルダ姫自身が殿下を倒さなければ催眠術は解
けないんですけど・・・」
 娘の声はライオネットには聞こえなかった。無我夢中で鎖を叩き続けるライオネット。
 「この、このっ!!」
 「待ってくださいっ、鎖をハンマーで叩いても切れませんよ!?それより・・・首輪を
外したほうが早いんじゃありませんか?」
 娘の声にやっと我に帰るライオネット。
 「あ、そうか・・・」
 「うぉーん・・・」
 お前バカか・・・酒樽から出てきていたアルバートがそう言った。
 「そうだった、僕としたことが・・・」
 慌ててエスメラルダの首輪を外そうとしたその時である。
 「おい、こりゃあ何の騒ぎだ?」
 扉が開き、3頭の軍用犬を連れてきたセルドックが姿を見せた。





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