ネイロスの3戦姫
第3話その1.戦姫、出陣
エリアス率いるネイロス軍と、ブルーザー団長率いる黒獣兵団との戦いが開始され
た。
ネイロスの国境警備隊を退けた黒獣兵団は、国境線を越えネイロス国内に進出して来た。
迎え討つネイロス軍本隊は、山岳地帯の谷間を通る街道の入り口に集結し、2手に分か
れた別働隊が街道沿いの山腹で控えていた。
ライオネットのたてた作戦では、本隊が黒獣兵団を大砲などの大掛かりな武器が使えな
い森林地帯まで後退させ、待機している別働隊とで挟み撃ちにする手筈になっている。
武器の使えない黒獣兵団相手なら勝機があると考えていたネイロス軍であったが、この
時は未だ誰も気が付いてはいなかった。彼等の作戦が全て黒獣兵団に知られている事を・・
・
「来ましたっ、奴らです、黒獣兵団ですっ!!」
先行していた偵察隊が馬を駆って戻ってきた。すでに両軍の先頭との距離は僅かになっ
ている。
「総員、戦闘準備っ!!」
太陽の牙を采配代わりにして隊を指揮するエリアスの声と共に、兵士達は一斉に隊列を
正す。
ネイロス軍の動きは黒獣兵団も捉えており、隊列を組んで待ち構えていた。
「鉄砲隊前へっ。」
黒獣兵団の小隊長の指令により、軽火器の銃剣を構えた兵が歩み寄る。
「姫様、露払いは我等にお任せをっ。」
対銃兵器戦用に強化された鎧を装備した兵士達が、盾を構えて先陣を切った。
「先手必勝っ、突撃ーっ!!」
「返り討ちだっ、撃てーっ!!」
黒獣兵団の銃が一斉に火を吹く。しかし、重装備されたネイロス軍の先発隊は、銃撃を
ものともせず突き進んだ。
「うおおーっ!!」
次弾を装てんする暇を与えずに、銃部隊を攻撃するネイロス軍。
「今ですっ、全軍突撃開始っ!!」
エリアスの号令を受け、全軍が一斉に進撃を開始する。
「行くわよ、エスメラルダ。」
「了解、姉様っ。」
エスメラルダは背中に背負っていた2振りの矛を両手で抜き、矛の柄の先端を組み合わ
せてクルッと回転させた。
すると、2振りの矛は両端に刃を持つ1振りの矛と化した。
これこそ、エスメラルダ最強の武器、ドラゴン・ツイスターであった。
切れ味鋭い太陽の牙に対し、ドラゴン・ツイスターは切るよりも打撃を主体とした武器
である。エスメラルダの放つパワーにより、無敵の破壊力を発揮するのだ。
「はいやぁっ。」
馬に跨った2人はハーフヘルメットを被り、馬に拍車をかけて先頭を突き進んだ。
「ネイロス公国が王女エリアスっ、見参っ!!」
「同じく、エスメラルダ、参るっ!!」
黒獣兵団の銃部隊は突き進んでくる2人の戦姫に銃剣で応戦する。
「我が剣を受けてみよっ、サウザンド・ファングッ!!」
エリアスの太陽の牙が幾千にも煌き、銃を構えた兵が次々と倒される。
「でやああーっ!!」
エスメラルダの振り回すドラゴン・ツイスターが、唸りを上げて数人の兵を薙ぎ倒した。
その姿は正に爆風を巻き上げる竜巻である。
「姫様に遅れをとるなっ、続けーっ!!」
ネイロス軍兵士も負けじと2人に続いた。
「う、うわあっ。」
銃で応戦しようにも、単発の銃に弾を装てんする暇が無い為、黒獣兵団は否応無しに後
退を余儀なくされた。
「てめえらっ、逃げるなーっ!!」
後退する部下達を叱咤する小隊長は、自ら銃剣を取って前に進んだ。
「あなたがこの部隊の指揮官ね。」
馬から下りたエリアスが、小隊長に一騎討ちを仕掛ける。
「くそ・・・女の分際でなめやがってっ!!」
怒声を上げてエリアスに飛びかかる小隊長。銃の先に付けられた剣がエリアスの顔を襲
う。
「たあっ!!」
瞬間、身を交わしたエリアスは小隊長を袈裟懸けにした。
「ぐわああーっ!!」
小隊長の胸から鮮血が飛び、銃剣が真っ二つになって宙に舞う。
「さあ、次は誰かしら?」
鉄をも切り裂く剛剣、太陽の牙を黒獣兵団に向けるエリアス。
「うわーっ、小隊長がやられたぞーっ。」
黒獣兵団の兵達は、エリアスに恐れをなし、傷ついた仲間を見捨てて遁走した。
「お、おいコラ・・・待ちやがれ・・・待てって言ってンのら、聞こえないろか、ふぎ
ゅッ!?」
エリアスに倒されていた小隊長が、エスメラルダの乗った馬に踏みつけられた。
「邪魔だよっ、ジャマっ。」
エスメラルダは伸びている小隊長を尻目に、逃げていく黒獣兵団を追っていく。
黒獣兵団が遁走した事は、すぐさま後方の陣地に報告された。陣地のテントの中には、
本陣を守る役目を仰せつかったルナとライオネットが控えている。
「やったわねっ、さすが姉様、黒獣兵団なんか目じゃないわ。」
喜ぶルナだったが、ライオネットは黒獣兵団が余りにもあっさりと後退してしまった事
に疑問を抱いていた。
「妙ですね・・・いくら姫様達と我が軍が優勢だったとしても、あの黒獣兵団がこうも
簡単に引くとは信じられません。」
「心配性ね、姉様の実力を疑ってるの?」
「いえ、そうじゃないんですが・・・」
心配げなライオネットは以前、父親のレオ男爵が(強固な敵が安易に後退するのには裏
があり、勢いに乗って追う側は、その理屈が判っていても簡単に罠にはまってしまう。)
と話していたのを思い出した。
「やっぱりこれは敵の罠ですよっ。すぐに隊を引かせた方がいい。下手すれば姫様達の
御身が危ないっ。」
ライオネットの言葉にルナは顔色を変えた。
「姉様達が危ないって言うのっ!?」
「ええ、姫様達は最前線で戦ってます。敵の後退が罠だとすれば、真っ先に狙われます
っ。」
ライオネットの言葉にルナは踵を返して伝令の兵士を呼びつけた。
「今すぐ姉様達に全軍の撤退を伝えてっ。」
「はいっ。」
ルナの命を受けた伝令の兵士は、馬に跨ってエリアス達の戦っている場所へと急行した。
その頃、黒獣兵団を追っていたエリアスも、敵の後退に疑問を抱きつつあった。
「エスメラルダーっ、待ちなさいっ。」
血気盛んに敵を追うエスメラルダをエリアスが呼び止めた。
「どーしたの姉様っ、追わないのっ?」
「おかしいわ、これがあの噂に聞く黒獣兵団だとは思えないわ、弱すぎる。」
「何言ってるの、ボク達が強すぎるだけだよ。もうすぐ別働隊が山から奇襲を掛ける場
所だよ、挟み討ちであいつらを・・・」
エスメラルダがそう言いかけた時、ルナの指示を受けた伝令の兵士がエリアス達の前に
現れた。
「姫様ーっ、ライオネット男爵とルナ姫様の指示でありますっ、今すぐ全軍を撤退させ
ろとの事ですっ!!」
「なんですって?じゃあ、これはまさか・・・」
エリアスがそう言った時である。
両側の山腹から、ものすごい勢いでネイロス軍の別働隊が降りてくるのが見えた。だが、
その様子がおかしい。まるで何者かに追われているかのようだ。
「あ、あれは・・・」
別働隊の後方を見た一同は我が目を疑った。別働隊の後方から、黒い旗を掲げた一群が
迫ってくるのだ。
「こ、黒獣兵団・・・これは罠よっ、全軍撤退っ!!」
突如現れた黒獣兵団に、エリアスは撤退命令を下した。別働隊が山に潜んでいる事が黒
獣兵団に知られていたのだ。不意打ちを食らった別働隊は反撃もままならず逃げまわって
いる。
「そんな・・・」
「何してるのっ、早く逃げるのよっ!!」
呆然とするエスメラルダにエリアスは叫んだ。
だが、敵を挟み討ちにするはずのネイロス軍は逆の立場になってしまい、エリアス達の
いる前線隊は大混乱となってしまった。
迫り来る黒獣兵団を見ながら、エリアスは1小隊に命令を出した。
「あなた達は今すぐ本陣に戻ってルナを守りなさいっ。」
「しかし・・・」
「ボク達に構わず、早くっ。」
「判りました・・・どうか、ご無事でっ!!」
エリアス達に命令された小隊は、悲痛な思いで本陣に向かって走り出した。