アルセイク神伝
第三話その4.輝く聖剣
輝く聖剣
「なぁにぃ〜っ、ルクレティアに逃げられただとぉ!?」
ヒルカスの私室から、ヒルカスの驚きの声が響いた。
「は、はい・・・も、申し訳ありません・・・ボーエンのバカにまんまとやられました。
」
「てめえらぁっ、それだけのガン首そろえておきながらなんて様だっ!!」
「す、すみませ〜ん。」
ボーエンの爆弾から辛うじて逃げ出していた魔族達が、体中をススだらけにしてヒルカ
スの前で土下座をしている。
「くっそう、俺に媚びる振りをしてルクレティアを助け出す機会を狙ってやがったのか。
うかつだったぜ。まさか、あのバカがそこまで頭が回るとは思わなかったぞ・・・で、番
人のミノタウロスはどうした?」
「そ、それが・・・どうやら仲間がいたようで・・・そいつにやられました。」
「仲間ぁ?そんなバカな、ミノタウロスを倒せる奴がいるはずは無い、一体誰が・・・」
魔族の話しを聞いて信じられないと言った顔をしているヒルカス。その時、別の魔族が
慌てて部屋に入ってきた。
「ヒルカス様、申し上げます。カルロス王が牢屋から逃げ出しました!!」
「なんだと!?」
カルロス逃亡の報告を受けたヒルカスは再び驚愕の声を上げた。
「そうか・・・カルロスだな。フィル王国随一の剣豪である奴ならミノタウロスを倒せる
かもしれん。でも待てよ?奴はラス様に手足の筋を切り落とされてるから動けない筈だが・
・・」
思案にくれるヒルカス。カルロスがミノタウロスを倒したのは間違い無い。だが、どう
考えてもカルロスの傷は完治できるものではない。
「わからねえ・・・ルクレティアならまだしも、なんでボーエンがカルロスの傷を治せ
る力を持っていやがった?どうやって武器や爆弾まで用意したんだ?完璧に奴に裏をかか
れちまったっぜっ、ちっくしょおお!!」
ヒルカスは悔しそうに叫ぶと、大理石のテーブルに雷撃を叩きつけた。テーブルが粉々
になり、破片が辺りに散乱した。
「ひええ〜っ!!」
土下座をしていた魔族達は、部屋の隅に逃げこむと御互いに抱き合ってブルブル震えた。
「それにカルロスと手を組んだとなりゃあ厄介な事だ。なんとかしなけりゃな・・・あ
あっ、くそっ。」
思案の尽きたヒルカスは、頭を掻き毟って部屋を歩き回った。
「あの〜、ヒルカス様・・・」
震えている魔族達がヒルカスに声を掛ける。
「なんだ!?」
ギロッと睨むヒルカス。
「そんなに頭を掻いたら禿げちゃいますよ、ただでさえ薄いのに・・・」
「やっかましいいっ!!下らん事言ってる暇があったらさっさとボーエンとカルロスを
探して来いっ!!見つけられなかったらてめえらの首ぶった切ってケツの穴にねじ込んで
やるからなっ!?わかったらさっさと行けーっ!!」
「はいーっ!!ただ今すぐにーっ!!」
ヒルカスの罵声にドタバタと部屋を逃げ出す魔族達。
「おぼえてろ、ばかボーエン、くそカルロスっ。てめえらの体中の骨を砕いて寸刻みに
してやるからなっ、かくごしやがれ!!」
指をボキボキ鳴らしながら、ヒルカスは凄い形相で喚き散らした。
その頃、囚われているフィオーネを助けるべく、カルロスが魔城の廊下をひた走ってい
た。
「フィオーネは何処だ・・・どっちに行けばいいんだ?」
闇雲に廊下を走り回り、道に迷ってしまったカルロスは廊下の四辻で右往左往する羽目
になった。
フィル王国が誇る無敵の剣豪カルロスにも、たった1つ、人には言えぬ弱みがあった。
それはひどい方向オンチだったのだ。
「ボーエンに付いて来てもらえば良かったな。城の中がこんなに複雑だったとは・・・」
考え無しにフィオーネを救出しようとした自分の軽薄さを悔やむカルロス。
だが今更悔やんでも遅かった。今ごろは自分が牢屋を脱走した事もバレているだろうし、
ボーエンが起こした爆発騒ぎで大勢の魔族が詰めかけてくるのも目に見えていた。
グズグズしていたらフィオーネを助けるどころではなくなる。
だが、焦れば焦るほど状況は悪化していった。
一体どうしたら、そう思ったその時である。
「やめてー!!ママをいじめないでーっ!!」
魔城の暗い一室から、女の子の声が聞こえた。部屋の中には女の子の首根っこを掴んだ
魔族がおり、女の子の母親が別の魔族に強姦されていた。
「あ、あひいっ、おねがいいいやめて・・・誰か助けて・・・いやー!!」
四つん這いにされている母親は、屈強な魔族に後ろから責めたてられていた。子供がい
るとは思えない、まだ若い母親だ。
「ほーれほれ、よく見な。おめえのママもパパとこういう事してたんだぜ〜、そんでも
って、おめえもいつか、こういう事してもらうんだぜ、へっへ〜。」
「お、おねがいです、む、むすめに見せない・・・で・・・ああっ。」
「なーに言ってやがる、せーきょ−いくだよ、せーきょーいく。ひゃひゃひゃ。」
喘ぎながら懇願する母親を見て、女の子を掴んだ魔族が下卑た声でゲラゲラと笑った。
「ん〜ふふ、良い閉まり具合だぜぇ、とても子持ちとはおもえねえ。」
「あひっ。」
「気持ちいいだろぉ〜、おめえのだんなより気持ちいいだろ〜。俺が本当の男って奴を
教えてやるぜぇ、そぅらそらっ、そ・・・」
激しく腰を振る魔族。その時、強姦していた魔族の首がズルッとずれていった。
「おいっ、お前、首が・・・」
「えっ?くび?あ〜!?俺の首が〜!!」
切断された自分の首を持ったまま、その場に昏倒する魔族。
「あっ、国王さま!!」
「陛下!!」
女の子と母親が歓喜の声を上げた。倒れた魔族の後ろに、カルロスが聖剣を構えて立っ
ていたのだ。
「凄まじい切れ味だ。さすが神の聖剣、いい仕事してるな。」
口元に笑みを浮かべながら、カルロスはゆっくりと女の子を掴んでいる魔族に近寄った。
「お、おいっ、近寄るんじゃねえ。それ以上近寄ったらこのガキの首へし折るぞ!!」
「その子に手を出してみろ、お前の首を叩ッ切ってやる。」
「ひえっ!!」
怯えた魔族は慌てて女の子を放り出した。母親の元に逃げて行く女の子。
「わ、わ・・・助けて、参りました、降参します。」
両手を上げて降伏する魔族。その魔族の鼻先に聖剣を突き付けたカルロスが魔族を睨ん
だ。
「フィオーネはどこだ。」
「ふ、フィオーネ?誰、それ・・・」
「しらばっくれるな、私の妻だ。フィオーネ・ランスフィールド、フィルの王妃だっ。」
「いてて・・・し、知りません・・・本当ですぅ・・・本当に知りませんってば・・・
助けてぇ〜!!」
声を張り上げて魔族の鼻先に聖剣の切っ先を食いこませる。魔族は泣きながら懇願した。
どうやら本当に知らないようだ。
「知らないなら、お前に用は無い。さっさと失せろ!!」
魔族は、あたふたと部屋から逃げて行った。
「大丈夫か?」
親子の元に歩み寄るカルロス。
「は、はい、ありがとうございます、陛下。お陰で助かりました。」
感謝する親子。不意に、カルロスの持っている聖剣を見た女の子がカルロスに近寄って
きた。
「国王さま、これから悪い魔王をやっつけにいくの?」
「ああ、そうだ。魔王ラスを倒しに行くんだ。」
カルロスの声に、女の子は両手を組み、潤んだ目でカルロスを見つめた。
「国王さま、あたしのパパは悪い魔王に連れて行かれたんです。おねがいします、どう
か、あたしのパパを助けてください。」
「パパを・・・」
訴える女の子に少し困惑するカルロス。
「これっ、無礼をお許し下さい陛下。この子の父親はラスの奴隷として連れて行かれて
しまいました。それに、私達も・・・」
こんな幼い子供まで連れ去るとは・・・魔王ラスの非道ぶりに唇を噛むカルロス。
「大丈夫だ、そなた達の父親は私が必ず助け出そう。」
「本当ですか!?」
「ああ、本当だ。私に二言はない。」
カルロスはそう言うと、女の子の手を取って優しく笑った。
次の瞬間、カルロスの手にしていた聖剣が微かに光った。
「あ、剣が光ってるっ。」
驚きの声を上げる女の子。その声に、カルロスと母親も剣を見た。
「なるほど・・・この剣は、人の希望の感情を受けて力を増すのか・・・」
希望が聖剣に力を宿す・・・ルクレティアの言葉を思い出すカルロス。
「ここにいたら危ない。早く逃げるんだ。」
この場は危険だと感じ、親子に逃げるよう促した。
「はい、このご恩は一生忘れません。」
「ありがとう。国王さま大好きっ。」
親子は何度も頭を下げて部屋を後にした。
「大好き・・・か。また考え無しな事をしてしまったな。」
去りゆく親子を見たカルロスは、安請け合いしてしまった事を反省して溜息をついた。
正直言って、あの親子の父親を助け出す自信が無かった。フィオーネを助け出す事でさ
え困難だと言うのに、囚われている民達を救い出すなど出来る訳がない。
だが、民を守るのも王たるカルロスの勤めだ。何とかしなければと思っていた時である。
「カルロス王ーっ。」
背後から自分を呼ぶ声が聞こえて振りかえった。廊下からボーエンが部屋に入ってきた
のだ。
「あー、やっと追いついただ。足が速くて大変だったべ。」
ゼエゼエと息をつくボーエン。カルロスは、そんなボーエンを眉をひそめて見た。
「お前何しに来た。ルクレティア殿を守るんじゃなかったのか?」
「何しに来たはないべ、あんたを助けるよう姫様に言われただ。さ、オラと一緒に御后
様を助けにいくべ。」
怪訝な顔をしているカルロスは、ボーエンに差し出された手を払いのけた。
「余計な御世話だっ。私1人でフィオーネを助けに行くと言っただろう。」
「そんなこと言ったって、姫様があんた1人じゃ無理だって・・・」
ボーエンの言葉に眉を吊り上げるカルロス。
「それが大きな御世話だと言うんだっ、姫様、姫様って、お前はルクレティア殿に言わ
れたら何でもするのか!?私を見捨てろって言われたらその通りにするのか!?バカかお
前は。」
バカ呼ばわりされたボーエンはカチンときた。
「見捨てたわけじゃねえべ!!御后様を助けたらすぐに姫様の所に戻るだっ、それにあ
んたは1人で何もかも抱え過ぎだべ。少しは人に助けてもらおうって気はねえだか?御后
様を助けるどころか、道に迷ってオロオロしてたのは誰だべ。」
「うっ、そ、それは・・・」
考え無しに城の中をうろついていた事を指摘され、言葉を失うカルロス。
「いいからオラが道案内するだで、あんたは大人しくついてくるだ。御后様の居場所は
だいたい見当がついてるべ。」
「大人しく付いて来いだと?お前何様のつもりだ!!大体お前はルクレティア殿の下男
のくせして私にタメ口を言える立場か、引っ込んでろ!!」
ボーエンを睨むカルロス。そんなカルロスを、ボーエンは鼻で笑った。
「なーに言うだ、オラは姫様に御仕えしてるだ。あんたみたいなスカポン王に指図され
る覚えはねえべ。」
「誰がスカポン王だ無礼者っ、もう一度言ってみろ!!」
「ああ何度でも言ってやるべ、このスカポンタン王!!」
顔を付き合わせて低次元な口ゲンカをしている2人の耳に、ズシン、ズシンと重厚な足
音が響いてきた。
「ぶっひ〜いい!!」
廊下中に響き渡る耳障りな雄叫び。その声を2人は聞いた事がある。
「あの声はもしかして・・・」
「もしかしなくても、もしかするだ。」
同じタイミングで廊下に視線を移す2人。
「ぶひー!!ガルロズぢゃん、どーごーだー!!」
足音の正体は、あの暴獣ブタ男だった。脱走したカルロスを探して城中をうろついてい
たブタ男が現れたのだ。
「オラ、あいつ苦手だべ。」
「私はその100万倍苦手だ。どうやらケンカしている場合じゃなさそうだ。」
ブタ男の出現に嫌そうな顔をする2人。足音は部屋の前まで来ると止まり、フゴフゴと
いう鼻息が聞こえた。
「ぶふふ〜、がるろずぢゃんのにおいだ〜。ごごにいるな〜。」
カルロスの匂いを嗅ぎつけたブタ男が、のっそりと部屋に現れた。
「ブヒヒ・・・みぃつげだぞ、ガルロズぢゃーん。」
カルロスを見つけ、ニンマリと笑うブタ男。
「まったく・・・こんな時にっ。」
ブタ男を見たカルロスは顔を曇らせた。よりによって今一番会いたくない奴が現れると
は。
「今はお前と遊んでる暇は無いんだ、そこを退け!!」
囚われたフィオーネの元に急がねばならないカルロスは、嫌悪感を払い飛ばし、ブタ男
を睨み返した。
「ん〜?なんでおめーはあるげるんだぁ?あ〜っ、わがっだ〜、おでにうぞついでだな
〜!!うぞついだらいげないんだどーっ、はりぜんぼんのまじでやる〜!!」
訳のわからない事を喚いて地団駄を踏むブタ男。
「お前の相手はオラだべっ、かかってくるだバカブタ男!!」
棘付き鉄球を振りかざしてブタ男を挑発するボーエン。そんなボーエンを見たブタ男は
腹を抱えて大笑いした。
「なぁんだあ〜!?バガぼーえんよお、おめー、おでにケンカうるきかぁ〜?バガのぐ
ぜに、おでにケンカうるってかぁ?ぶひゃひゃ〜!!」
「バカバカ言うでねえっ、バカはおめーだ、このバカブタ!!」
「・・・お前ら両方ともバカだ。」
互いにバカと罵り合うボーエンとブタ男を見て呆れるカルロス。
「おっりゃ〜っ!!」
ボーエンの振り上げた棘付き鉄球がブタ男の胸板を直撃する。だが重厚な脂肪の鎧の前
に、棘付き鉄球の一撃はいとも簡単に跳ね返された。お返しとばかりに、ブタ男の豪快な
張り手がボーエンを襲ってきた。
「ぐらえーっ、バガぼーえん!!」
「わわっ!?」
間一髪、カルロスがボーエンを突き飛ばしてフルスイングの張り手をかわす。
「ぶおお〜!!」
張り手が空を切り、勢い余ったブタ男は大回転しながら転げた。ビア樽の様に転げ回る
ブタ男を尻目に、部屋の隅へと逃げるカルロス達。
「・・・だからお前はバカだって言われるんだっ、あいつが不死身だっていうのを忘れ
たのか!?」
「面目ねえだ。」
申しなさげにしょげるボーエン。
「いいか、僕の言う通りにしろ・・・」
密かに耳打ちするカルロス。
「・・・いいな、ぬかるなよ。」
「わかっただ。」
ボーエンはカルロスに言われたように、両手を前に組んで、中腰に構えた。
「さあ来いっ、ブタ男。」
ボーエンの前に立つカルロス。床を転げまわっていたブタ男が立ちあがり、2人の前に
立ちはだかった。
「んが〜っ!!ぶっづぶじでやるぅーっ!!」
激情したブタ男が凄まじい勢いで突進してくる。
「よし、いくぞ!!」
軽く助走したカルロスは、身構えているボーエンの両手を踏み台にしてジャンプする。
それにあわせて、ボーエンが両手を渾身の力を込めて振り上げた。
「たあーっ!!」
カルロスの体が空中高く舞い上がる。そして突進してくるブタ男めがけ真正面から切り
かかった。
「秘剣、十字裂斬!!」
十字の光跡を描いて剣がきらめいた。ブタ男の後方にスタッと着地するカルロス。
「聖剣のサビとなれ、ブタ男っ。」
そう言うと、剣についた返り血を薙ぎ払った
部屋の真ん中で立ち止まるブタ男。その足元に、ブタ男の巨大なイチモツが血塗れにな
って落ちた。
「んあ〜!!お、おでの○ン○ンがぁ〜ッ!!あら?」
ピシッと音を立てて、ブタ男の全身に、縦横十文字の亀裂が走る。
「ぶぎゃ〜!!」
四分割されたブタ男はバラバラになって地面に崩れ落ちた。
「やっただべっ。」
カルロスに駆け寄るボーエン。
「フッ、我が剣技と聖剣の前に敵はないさ。」
カッコよく決めるカルロス。
「だども、フリチンでそのセリフ言ってもサマになんねーべ。」
嫌味を言うボーエン。そう、着る物がないカルロスは、ずっと素っ裸なのだ。
「ほっとけ・・・それより、もうさっきみたいなヘマはするなよ。僕の足手まといにな
る様なら、問答無用で見捨てるからな、バカボーエンっ。」
「そう言うあんたこそ、道に迷ってピーピー泣いてもオラしらねーだよ、スカポン王様っ。」
互いに悪態をつきながら、ニッと笑うカルロスとボーエン。
「さあ、フィオーネを助けに行くぞ。」
「ガッテンだべっ。」
フィオーネを救出すべく、部屋を飛び出して行く2人であった。
アルセイク神伝第4話に続く