魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫9)
第29話 漁師町ミュートと海の男ゲンカイ
原作者えのきさん
ガルダーン帝国の侵略によって陥落したノクターン王国の首都フォルテ。
その首都から陥落寸前に脱出したノクターンの王位継承者マリエル王子は、ノクターン軍
幹部であるへインズ提督の手引きにより、ガルダーン軍の追っ手が届かぬ場所へと逃亡し
ていた。
首都を制圧され、王を失ったノクターン王国に残された最後の希望、それはわずか7歳
のアリエル王子なのだ。
幼いアリエル王子に課せられた希望という名の責務。
非情な戦いの中、王国の命運を背負ったアリエル王子は逃亡を続けていた・・・
アリエル王子とへインズ提督、及びマリーの3人は、ガルダーン軍の包囲網をかいくぐり、
川から海へと逃亡した。
ノクターンの首都を出てから5日。一行の向う先は、海に突き出た半島にある漁師町ミ
ュートであった。
半島は複雑な海岸線のうえ、小島などが多数しているため大型船舶が近付けない地形と
なっており、その半島の先端に、数十人ほどの人々が暮らすミュートの町がある。
この半島はどこの国の領地にも属さない地域で、ミュートの町自体完全な独立地区とし
て機能している。
そこに住む人々は、国家の束縛を嫌い、自由を求めて集った海の民達である。ガルダー
ン軍の追っ手から逃れるため、へインズ提督は(支配されていない町、ミュート)を逃亡
先に選んだのだった。
小さいながらも活気溢れるその町に、一際大きな声が響き渡った。
「よう来んしゃったなあへインズ。久しぶりたい。」
くせのある南国訛りで喋る漁師が、愛想の良い顔で一同を迎えた。へインズも、男と握
手しながら歓迎に感謝した。
2人は古くからの親友だった。
「君も元気そうで何よりだよゲンカイ。悪いが、君の家に居候させてもらいたんだ。」
恐縮した顔のへインズ提督の肩を叩く漁師の男ゲンカイ。麦藁帽子の下にある日に焼け
た顔から笑顔が浮かぶ。
「なーんも遠慮せんでよかよ。ぬしとオイの仲ばい、好きなだけ居候すればよか。」
ゲンカイは明るい声で皆を迎えたが、しかし、マリーに抱かれて現れたマリエル王子の
様子は悲惨であった。
突然の悲劇と5日間に及ぶ逃亡が、幼いマリエル王子に極度の疲労を及ぼしていたのだ。
それを見たゲンカイも明るい顔を曇らせる。
「惨か目にあったとね・・・これはいかんばい、早よう休ませにゃならん。」
マリエルを心配したゲンカイは、部屋にマリエルとマリーを休ませる。
しかし、家族と国を同時に失ってしまったマリエルの絶望は筆舌にし難く、小さな瞳に
は光りが消え失せ、湿り暗い泥沼のように陰鬱となっていた。
膝を抱えて黙り込むマリエルに声をかけるゲンカイ。
「辛かこつは判るばってん、いつまでも落ち込んどったらいかんばい。元気ば出すっと
よ。」
しかし、しばらくの間をおいてマリエルが口にした言葉は、余りにも絶望的な言葉であ
った。
「・・・ぼくたち、もうダメなんだ・・・みんな、ガルダーンにつかまって、ころされ
ちゃうんだ・・・」
それを聞いた一同は声を失った。
無理もない、僅か7歳のマリエルにとって、今までの事は酷過ぎた。かと言って、この
ままでは永遠に絶望から立ち直れない。ゲンカイはキッと目を見開いた。
「男が弱音ば吐くんやなかっ。」
突然の大声に、マリエルは椅子から転げ落ちんばかりに驚く。
同時に驚いたマリーは心配そうにするが、へインズ提督は(心配ない)と、無言で首を
横に振った。
そしてゲンカイはマリエルの肩に手を置き、口調を穏やかにして諭した。
「王子様、ノクターンばまだ滅んだ訳じゃなか。みんな辛いの辛抱して王子様の帰りば
待っとるばってん、王子様がそげん暗か顔しとったら、みーんな暗か気持ちになるばい。」
その言葉に、マリエルはハッとする。
多くの国民が侵略を受け悲しんでいる、自分1人が辛いのではない。辛いのは、皆同じ
だと悟った。
ゲンカイは、さらに話を続けた。
「オイも子供ン時に家族ば亡くいて、今の王子様みたいに落ち込んどった事があったと
よ。」
ゲンカイの過去を聞かされ、マリエルは心を開いた。
「ゲンカイさんも・・・なの?」
「オイは、親と妹をなあ。王子様とオイは仲間ったいね。」
同じ悲しみを背負った者同士心が通じ合い、2人は笑顔を浮べた。
心を取り戻したマリエルは、緊張の糸が解れたのか、お腹の虫を盛大に鳴らした。もう
3日もロクな食事を摂っていなかったのだ。
「えへっ、お腹空いちゃった。」
「腹ば空くっとは元気な証拠ったい。お城のご馳走ほど美味かこつなかけど、腹一杯食
わんね、遠慮はいらんと。」
ゲンカイの妻が差し出す海鮮パスタを、マリエルは夢中で食べた。
そんな様子を見て、へインズもマリーも胸を撫で下ろした。
「・・・やっと王子様が元気にならはったわ。一時はどうなるかと思うてました、ほん
まに。」
「ああ、ここに逃げてきて正解だった。ゲンカイなら王子様の心を開いてくれると信じ
ていたよ。」
ようやく戻った笑顔に、皆は喜んだ。
苦境にあって、ほんの僅かな安らぎの一時であった・・・
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