魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫7)


  第23話 マザーズ・ハート
原作者えのきさん

 頭がズキズキと痛み、その影響で蜜油の誘淫性も薄れてくる。
 意識の戻ったマリシアは、真っ先に(男の子)に目をやる。
 「マリエルッ、マリエル・・・よかった、無事なのね・・・」
 愛しそうに頬にキスをする。意識がはっきりしてくるに従い、彼女は自分の状況を理解
した。
 マリシアの転げ落ちた階段はかなりの高さであり、落ちた時の勢いで頭の後ろを強打し
ていた。
 激しい痛みがマリシアを襲うが、それを気にも止めずに(男の子)を揺り起こした。
 「マリエル起きてっ、私ですわ、母上ですわよっ。」
 やがて目を覚ます(男の子)・・・
 「んう・・・ひぅ・・・ひっく、ひっく・・・ええ〜ん・・・パパ、ママ・・・どこに
いるのお・・・?」
 ・・・パパ、ママ・・・その言葉にマリシアは愕然とした。
 「えっ・・・あなたは・・・」
 ・・・マリエルではなかったのだ・・・
 実は、グリードルがマリシアを騙すためにさらって来た替え玉の子だったのだ。誰が見
てもわからないほどソックリな子である。
 ましてやこんな状況だ、マリシアが間違うのも無理はない。
 男の子は、苦しそうに頭を押さえるマリシアを心配そうに気遣う。
 「頭痛くない?だいじょうぶなの?」
 「ええ、大丈夫よ。ところで、あなたのお名前は?パパとママは?」
 「ぼく、ビリーって言うの・・・パパとママは・・・わるい兵隊さんがボクのお家をメ
チャクチャにこわして・・・それからいなくなっちゃたの・・・」
 「そう、ビリー・・・かわいそうに・・・」
 この子の親はもう、生きてはいないだろう・・・マリシアは悲しいこの男の子ビリーを
抱き締めた。
 頭を優しくなで、穏やかに慰めるマリシア・・・
 マリシアはなぜか、全く赤の他人である筈のビリーを見て、息子マリエルが無事である
事を感じとっていた。
 子を想う母親のなせる技か、それとも女性特有の第6感か・・・
 また苦境に立たされているアリエルも、弟を救うために再起するであろう予感を感じと
っていた。
 それが確実なことであるかは定かでない。しかし、それが唯一の希望としてマリシアの
心に灯っていた。
 しかし・・・頭部強打に加え、極度の蜜油の副作用で再び意識障害が起き始める。自我
が崩壊するのは時間の問題だった。
 己を失う前に、ビリーを助けねば・・・マリシアは思案した。
 そんな彼女の目に、新たな人物の姿が映る。1人の兵士が、唖然とした顔でマリシアと
ビリーを見ているのだ。
 マリシアは強き意思の篭った瞳で兵士に告げた。
 「マリシア・ノクターンの名において命じますっ。この子を・・・城から逃がしてあげ
なさいっ、必ずですよっ。」
 その威風堂々たる態度に、兵士はたじろいだ。
 そして・・・マリシア・ノクターンという人物の強さと優しさに心を動かされる・・・
 「お任せくださいマリシア王妃っ、必ずやその子を逃がしてさしあげます。」
 ビリーを抱き上げた兵士は、恭しく敬礼し、その場を後にした・・・
 去って行く兵士の後姿を見ながら、マリシアはガルダーンにも心有る人物がいた事を神
に感謝した。
 やがて・・・彼女の意識は薄れ始める。心が・・・闇に堕ちて行く・・・
 しかし、もはや悪魔の媚薬は彼女の愛する家族の記憶を消す事はできなかった。媚薬の
威力を跳ね返したマリシアは、安らかな表情で家族と過ごした安らぎの時に身を委ねてい
る。
 「アリエル、マリエル・・・ごめんなさい・・・陛下・・・愛してますわ・・・」
 切ない声は、静かに闇に消えていった・・・
 
 錯乱したグリードルがマリシアを見つけたのは、それからしばらくしてであった。
 階段の踊り場に横たわるマリシアを見たグリードルは、激しい失望に打ちのめされて絶
叫した。
 「うおおお〜っ!!ま、マリシアああ〜っ!!なぜだあっ、なぜお前は俺を拒むんだあ
あ〜っ!!よくも俺をバカにしやがってええ〜っ!!ちっくしょおおお〜っ!!」
 激怒したグリードルが大暴れし、手下達が数人がかりで取り押さえている。
 うろたえる一同は、事態の収拾に右往左往している有様だ。
 「まったく〜、キレた帝様を宥めるのは骨が折れるわい〜。」
 「ズィルク参謀っ。帝様は元に戻られるのでしょうか!?」
 「あ、ああ。大丈夫じゃ、直に正気に戻られる・・・と思う・・・多分。」
 手下に尋ねられても、曖昧にしか答えられぬズィルクであった。
 
 騒動が響く中、マリシアは静かに横たわっていた・・・
 壊れたレコードのように、彼女は同じ言葉を繰り返している。
 「・・・ありえる・・・まりえる・・・へいか・・・あいしてますわ・・・」
 その美しき素顔に、ほんの少し微笑が浮かんでいるのに気付く者はいなかった・・・



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