魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫6)
第14話 悲しみの逃避行
原作者えのきさん
その頃、へインズ提督とマリーに連れられたマリエル王子は、小船に乗って川を下って
いる最中であった。
敵の襲撃から逃げ延びたマリエルだったが、やはり幼い身、生き別れた父と母の事を思
って泣いている。
「ちちうえ・・・ははうえ・・・ひっく、ひっく・・・」
突然の悲劇に見舞われ、力なく泣いている王子をどう慰めていいのか判らないマリーは、
悲痛な顔でマリエルを抱き締めていた。
「王子さま・・・もう泣かんといてください・・・王子様は私と提督が必ずお守りしま
すさかい・・・」
だが、今の状況はあまりにも悲観的であった。直に追手がくるであろうし、たとえ逃れ
られたとしても帰る場所はない。
無言で船を漕ぐへインズ提督に、マリーは今後の行く末を尋ねた。
「提督・・・今の所行く宛はありますか?隠れる場所言うても、うちらは寝泊りするテ
ントも食料もないですし・・・」
その問いに重い口を開くへインズ。
「宛ならある。川を下り切ったらミュートの港町があるから、一旦はそこに身を隠そう。
王子様御存命の報を各地に伝達して抵抗軍を組織せねばならんが・・・それまでは敵の手
から逃げ延びてみせる。」
極めて困難な逃避行であったが、マリエルと言う希望の光がある限りノクターン王国の
再起を実現できる。
決して・・・失敗は許されぬ逃避行だ・・・
ミュートの街を目指す3人は、数時間の間、声を潜めて密かに川を下った。
このまま街まで無事辿り着けるだろうと思っていた。しかし・・・ガルダーン軍の追手
は思ったより早く3人の前に立ちはだかった。
濃い霧が立ち込める川岸に、多くの人影が浮かぶ。馬に乗って武装している彼等はゲバ
ルドの手下達だった。
しかも川を封鎖しており、船を下りての逃亡も無理であろう。
それを見たマリーが、苦痛の表情を浮べた。
「ああ、万事休すや・・・このままやったら見つかってしまいますやんかっ。」
しかしへインズはうろたえなかった。
「慌てるな、こんな時のためにお前をついてこさせたのだからな。」
そう言うと、化粧品やかつらなどの入ったバッグをマリーに渡した。
「あの・・・これで一体何を?」
「姫様から聞いたが、お前は変装が得意だそうだな。それで王子様に変装していただき、
奴らに怪しまれないようここを突破する。」
「あ、なるほど。そいやったら、うちにまかせてください。」
すぐさま変装の準備にとりかかったマリーは、黙っているマリエル王子に変装を施した
のだった。
ゲバルドの手下達は、川上から下ってくる船に気がつき、停船を命令した。
「おいっ、そこの船。こっちに来いっ!!」
乱暴に船を止めた兵士達は、船に乗ったみすぼらしい姿の3人組に尋ねる。
「お前等はノクターンからの流れ者か?」
船を漕いでいた白髪の老人は、呟くような声で答えた。
「・・・いいえ、私達はバーンハルドの行商人です。ノクターンから帰る途中、ガルダ
ーン軍に商品や金品を全て取られてしまい、無一文で逃げている最中なのです・・・どう
か御容赦を・・・」
あまりの悲惨な有様に、兵士達は渋い顔をする。
「チッ、文無しかよ。それより・・・」
兵士の視線が、船の後部で寄り添って震えている2人連れに移った。2人連れは子供と
大人らしく、フードを頭からスッポリ被っており、その顔を見る事はできない。
兵士の視線が鋭くなった。
「そこのガキッ、顔を良く見せろっ!!」
いきなり船に乗り込んで来た兵士は、有無を言わさず子供の方のフードを捲り上げる。
すると・・・
「なーんだ、カワイイ女の子じゃねーか♪」
怯えた顔で兵士を見つめる子供は・・・可愛い金髪の女の子だった。
そしてもう1人のフードも乱暴に捲り上げた兵士は、酷く失望した声で呟いた。
「がっかりだぜ、ババァかよ〜。」
大人の方は、皺だらけの老婆であった。女の子を庇いながら、老婆は兵士に尋ねる。
「あ、あの〜。うちの孫娘になんか用ですやろか?」
「もう用はねぇよっ、まったく・・・」
兵士達は子供がお目当ての人物でない事を知って、警戒感を解く。
仲間の兵士にもその事を伝え、つまらなさそうに愚痴った。
「マリエル王子じゃなかったぜ。ジジィとババァに、可愛い女の子だ。これじゃあ何の
値打ちもねえ。」
「可愛い娘だったらよかったか?ロリコンのお前でも年齢が低すぎたみたいだな。」
「当たり前だ、女はヤレなきゃ意味ねーだろう。15歳ぐらいがちょうど良いんだよ。」
下品な言葉を交わしている兵士達は、相手がもし若い娘であれば、通行料とばかりに肉
体を要求する算段であった。
無論、金品を持っているなら根こそぎ略奪しようと企んでいた事も相違ない。
船を漕いでいた老人が、急くような口調で兵士に尋ねた。
「もう行ってよろしいですか?早く家に帰りたいので・・・」
「ああ、さっさと失せろ。」
鬱陶しそうにボヤく兵士に安心したのか、船の3人は安堵の表情で船を進める。
だが・・・兵士達は、3人が驚愕する内容の話を始めた。
「おい聞いたか?捕まったノクターンの姫君が、ガルダーンの城でガルア将軍にヤラレ
たってさ。」
「ヤラレたって・・・あれか?」
「決ってるじゃねーか。でもってガルダーンの国中を全裸で引き回して、各領地で公開
陵辱するってよ。」
「そいつはいい、俺達も用事がすんだら見に行こうぜ♪」
兵士達の下品な雑談を耳にした老婆が、顔色を変えて叫んだ。
「なんやてっ!?姫様に何をしたんやっ!!」
大声で叫んだ老婆を、老人が慌てて制した。
「騒ぐなっ、バレたらどうするんだっ。」
その騒ぎに兵士達も振り返ったが、老人と老婆が愛想笑いでごまかしたので大きな騒動
にはならなかった。
何事もなかった様に、船の3人は川下へと去って行く。
やがて兵士達の姿が見えなくなる場所まで来た老人と老婆・・・へインズとマリーは、
悲痛な声を上げた。
「提督っ、今の話聞きましたやろっ!?姫様が辱められたって言ってたやないですかっ!
!」
「聞いたとも・・・グリードルめっ、姫様を嬲り者にするつもりだっ!!」
2人の会話に、女の子に変装していたマリエル王子も、被っていた金髪のかつらを投げ
捨て悲痛な顔で尋ねる。
「姉上・・・グリードルにイジメられてるのっ?ねえ・・・そうなの!?」
その問いに、へインズもマリーも答えられない。真実を言うには、余りにも酷であった
から・・・
「大丈夫ですって王子さま・・・姫様は強い方ですやろ?グリードルなんか簡単にやっ
つけて、きっと戻ってこられますよってに・・・安心してくださいね・・・安心して・・・
あんしんして・・・ください・・・」
泣きながらマリエルを抱き締めるマリー。その悲痛な言葉に、愛する姉が絶対的な危機
に陥っていることを察するマリエルだった・・・
「やだっ!!姉上を助けに行くんだっ!!あねうえイジメられてる・・・ボクが助けに
いくんだあーっ!!」
へインズもマリーも、今すぐアリエルを助けに行きたかった・・・
でもそれはできない・・・
あまりにも非力な己を呪い、そして・・・卑劣な暴君を呪った・・・
それでも、今はマリエルと言う希望を失う訳にはいかない。
悲痛な気持を堪え、黙したまま目的の街へ向う一同であった・・・
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