魔戦姫伝説(アンジェラ外伝) 初代アンジェラ編・ノクターンの伝説(6)


第17話 闇に守られた壮大なる世界・・・魔界
原作者えのきさん


 魔神バール・ダイモンと部下達によって闇に堕とされた私は、激しい怒りと悲しみの中、闇に懇願しました。
 (・・・私に力を・・・最強の闇の力を授けてください・・・)
 非力な姫君であったがゆえに、何一つ抵抗もできぬまま犯され・・・何もかも奪われました。
 全てを失った私に救いの手はなんの意味もありません。もはや救われぬほど壊されてしまったのですから・・・
 私は力を求めました。
 仲間を破滅に追い込み、私から全てを奪った憎き悪党どもを倒せる最強の力を・・・
 悲痛な叫びは闇に吸い込まれ、そして・・・1人の最強者が私の願いに応えてくれました。
 彼の名は(闇)・・・ダーク。
 私はダ−クに導かれ、闇の世界へと向いました・・・


 愚劣なジャローム親子を地獄に蹴り堕としたダークは、私を担いで寡黙に闇の中を歩きます。
 まるで暗い洞窟を進むかのような感覚が続き、不安に怯える私はミルミルを抱いて呟きました。
 「・・・どこへいくの・・・どこまでいくの・・・ミルミル、わたしこわい・・・」
 私の声に目を覚ましたミルミルは、私に縋って泣いています。
 「ひめさま・・・ミルミルもこわいです・・・」
 私達は、あまりの怖さと不安で目を開ける事ができませんでした。
 そしてどれだけの時間が過ぎたでしょう、裸身に風を感じた私は、暗い洞窟から別の場所へと出た事に気付きました。
 立ち止まったダークは、肩に担いでいた私を腕に抱き直し、黒いマントで私の身体を包みました。
 一糸纏わぬ全裸の私を、冷たい風から守ってくれたのです。
 腕に抱かれて呆然とする私に、ダークは無愛想な口調で言いました。
 「ミルミルとやらをしっかり掴んでいろ、落しても知らんぞ。」
 そう言われた私は、何気なく下を見て・・・ギョッとしました。
 ダークは空中に立っていたのです。それも・・・地面よりはるか上空で直立していたのです。
 周囲を漂う白い雲、眼下に広がる大地。空を飛ぶ事に長けている神族の私ですが、さすがに空の上に突然連れて来られては驚かざるをえませんでした。あまりにも驚いてしまったので、この時はダークがどうやって空中に浮いているのかという疑問も浮かびませんでした。
 そして空を仰ぎ見た私は、ここが人間界ではない事に気付きました。
 空が鮮やかな紅色に染まっているのです。
 夕焼けの紅い空よりも濃い鮮やかな暁に染まった空は、異世界の空と呼ぶに相応しい様相です。
 呆然としていた私の身体が、不意にガクンと揺れました。ダークが私を抱えたまま真下に降下し始めたのです。
 スーッと、音もなく私達は地面に向って降りて行きます。私の視界にズームアップされる大地が克明に映し出されました。
 グングン近づく大地・・・深緑に映える森と原野が眼下に広がり、異世界の状況が手に取るようにわかる高さまでくると、ダークは降下を止めました。
 風雪で削られた険しい岩肌を覗かせて聳え立つ山脈。その壮大な山の切り立った絶壁には落差数百メートルはあろう大滝があり、多くの生命を育む広大な森に大量の水を供給していました。
 緑香る風は爽やかで、満々と水を湛える湖は鮮やかに光り輝いています。
 人間界にも天界にも、これほど見事な光景はありません。
 その世界を見ていると、まるで絵本のファンタジーワールドに迷い込んだかのような気分になりました。
 そして・・・異世界に住まう生き物もまた、異なる姿をしている事に気がつきました。
 植物も動物も、どれも人間界や天界には存在しないものばかりです。
 2メートルを超える大きな花を咲かせる巨木、その木々の中から長い首を出して葉を食す恐竜。
 原野を駆ける、眉間に見事な一角を生やした駿馬。岩山の頂きに立ち、王者の咆哮をあげる鷹の翼を持つ獅子。
 そして私の眼前を悠々と飛ぶのは・・・巨大翼をはためかせるドラゴンでありました。
 ユニコーンにグリフォン、そしてドラゴン・・・
 この異形の生き物を、人はこう呼びます。(魔獣)と・・・
 その魔獣が住まう世界・・・それは・・・
 「そうだ、ここは魔界だ。」
 黙していたダークは、異世界の名を私に告げました。
 ここは・・・紛う事なき魔の司る世界、魔界だったのです。
 その魔界は、人間界や天界には存在しない異質なる力で満たされていました
 目に見えぬ異質の力は、私の裸身にピリピリと刺激をもたらします。
 不安を募らせる私とミルミルに、ダークは異質な力の詳細を話しました。
 「魔界は闇の波動と呼ばれる力で満たされている。それが魔族の力の根源となっている。ひ弱な人間や光に属する神族にとっては害をもたらす力ではあるが、魔に属する者にとっては無限の力を与えてくれる重要な源となるのだ。」
 ダークの言葉に、私は無言で魔界を見渡しました。
 美しい湖では、半人半魚の可愛いマーメイド達が湖面を飛び跳ねて戯れています。
 我々神族や人間が、燦々と降り注ぐ太陽の光から恩恵を受けているように、魔族は(闇の波動)と呼ばれる存在によって力を得ているらしいのです。
 その(闇の波動)を現代風に解釈すれば、電磁波や放射能のような力と言ったほうが判りやすいかもしれません。
 電磁波や放射能は、生物の生態系に著しい影響を与えます。通常では考えられないような急激な成長、あるいは特殊な形態に進化するなど、その影響は計り知れません。
 魔族が神族や人間にはない異様な容姿をしているのは、(闇の波動)の影響によるものだと推測できます。
 容姿だけでなく、魔族の持つ(魔力)もまた、闇の波動が関与しているのは間違いありません。
 いずれにせよ、その目に見えない力がどこからもたらされるのか・・・
 魔酒で酩酊している私は、朦朧とした頭で考えました。
 「・・・しんぞくは、ひかりのちからのおんけいをうけている・・・まぞくは、やみのはどうのえいきょうをうけている・・・ひかりとやみ・・・やみ・・・」
 私は(闇の波動)がどこからもたらされているのか、その時はっきりと理解しました。
 そう・・・暗闇から(闇の波動)は発せられているのです。
 底知れぬ魔の力・・・それは全て闇の力でもあったのでした。
 ダークは真っ直ぐ先を見つめ、威厳ある声で語りました。
 「闇の力は強大だ。ゆえに力を有する者とそうでない者、そして善と悪には大きな隔たりができる。」
 そして私を抱え空を飛びました。軽やかに流れるように・・・豊かな魔界の景色が移り変わります。
 山脈の間を抜け、やがて緩やかに広がる盆地へと移動しました。
 周囲を高い山々に囲まれた盆地の中央に、小さな集落が見えます。オモチャのような家々が並ぶ集落の様子がはっきりと目視できる所まで近づいた時、私は驚嘆の声を上げました。
 「うそ・・・ま、まぞくたちが、なかよくくらしてる!?」
 集落で楽しそうに生活を営む人々・・・それは異形の魔族達でした・・・
 頭に角が生えた者、全身にうろこを有する者、背中にドラゴンの翼がある者、頭とお尻にケモノ耳とフサフサ尻尾をつけた女の子などなど・・・
 広場で威勢の良い声をあげて農機具を売っている商人は、トカゲの頭を持つリザードマンであり、近くの農地で額に汗して畑を耕しているのは、牛の魔物ミノタウロスでした。
 もし魔族を絶対悪と信ずる者がこの集落を訪れれば、十字架を振りかざし半狂乱になって神に加護を求めたでしょう。
 そう言う私自身も、己の固定観念が激しく崩れる状況に気を失いかけていました。
 魔族は・・・異形のモンスター達は皆、悪の化身だ・・・欲望に飢え狂い、仲間ですら餌食にする下劣な連中だ・・・頑に信じていました。
 そして私から全てを奪った憎き魔族達の住まう魔界は極悪非道の世界に違いない・・・そう思っていましたが・・・
 しかし、真実は違っていました。
 人と神の敵であり、絶対悪であるはずの魔族が、温厚に、そして平和に仲良く暮らしているのです。
 彼らを敵と呼べるでしょうか?絶対に呼べません。この村の魔族達は人であろうと神族であろうと、苦しむ者を見かければ快く慈悲の手を差し伸べるでありましょう。
 頑固に信じ続けた事が愚かな虚業であるとわかった私は、先程ダークが語った事を思い出しました。
 (強大な闇の力を有する者には、善と悪に大きな隔たりがある・・・)
 そうです、壮大なる魔力を持つ魔族は、善を重んじる者と、悪の限りを尽くす者の両極端に別れていたわけです。
 私を汚し、神族の兵団を壊滅させ、ノクターンの民を虐待した極悪の魔族達も、あの村に住まう温厚な魔族達と同様の異形の姿をしていました。
 つまり・・・姿形など関係ないのです。要は心の問題です。強き力で平和を求めるか、欲望を求めるかによって善悪の属性が決定します。
 どんな世界でも悪党もいれば善人もいる・・・そんな単純な事もわからないのかと笑われるでしょうが、魔は悪で神は善という固定観念は私の心に根強く染みついていました。
 光と闇、神と魔が善悪を決める理でないとすれば・・・私が信じていた神こそが絶対善であるとの固定観念も崩れます。
 つまらない思い込みと言うのは如何に愚かであるかを、この時私は思い知りました。
 私の脳裏に、憎しみに狂ったウィルゲイトの顔が浮かびました・・・彼を悪に走らせた事とはいったいなんなのか?光を司る神族の中に、身の毛もよだつ悪の陰謀が渦巻いているのではないか?
 様々な思惑が私の頭で駆けめぐりました。
 そして、私はこれより最強の魔の力を授かろうとしています。
 無敵の力を手に入れた私は、どうなってしまうのか・・・
 欲望と憎悪に狂い、悪の権化に成り果てるのか、それとも・・・
 その苦悩を察したダークが呟きました。
 「お前がたやすく悪に染まるような奴なら、俺はお前を見捨てていた。つまらんアホどもに弄ばれて泣き喚くような腰抜けを助けるつもりはない。力が欲しいなら気合を入れろ、アホどもを倒してやるという根性を見せてみろ。」
 その言葉に、最強者であるダークが私を助けてくれた真意を悟りました。
 彼は私を認めてくれた、最強の力を持つに相応しい者だと・・・
 最強の魔力を授かるために、私は想像を絶する苦しみを受けねばならないのでしょう。それでも私はかまわないと思いました。
 全ての無念を晴らすためなら、何もいらない、我が身が滅んでもいい・・・
 私を認めてくれたダークの恩義に報いるためにも、そしてノクターンの民やラムゼクス達のためにも・・・
 私は最強者になる決意を、強く決めたのでありました・・・



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