『魔戦姫伝説』
魔戦姫伝説〜鬘物「ふぶき」より〜第1幕.8
恋思川 幹
激しい雨の音が辺りの物音を打ち消していた――。
なによりも、ふぶきも、若葉、紅葉も、すっかり疲労困憊しきっていた。
それでも、最初の攻撃を事前に察知できたのは、三人の抜きん出た武術の才によるもの
であろう。
「ふぶき様っ!」
脱衣所で見張りに立っていた若葉が、ふぶきと紅葉の武器と着物をもって湯殿に入って
きた。
「私達が盾となり、道を切り開きます。ふぶき様は、その間に脱出してくださいませ」
紅葉が当然の事実を言うように、事も無げに言ってのける。若葉にも紅葉にも悲愴な表
情は浮かんでいない。忍びとして徹底的に訓練された二人にとって、ふぶきを守ると言う
目的のためならば手段は問うところではない。それが忍びである。
「よいっ! いまさら、じたばたしてもどうにもならぬっ! どうやら、ここが私の死に
場所の様だ。山中で野垂れ死ぬよりは、生臭坊主どもを道連れに、華々しく散ってみせよ
うぞ!」
若葉の用意した簡単な衣服を身に纏いながら、ふぶきは二人にそう告げた。
寺に辿りついたふぶき達は、思いがけず寺の住職に歓迎された。
「湯の用意をさせました。雨で冷えたお体を温めて下さりませ」
と勧められ、若葉を見張りに立てて、ふぶきと紅葉は湯に入った。
雨で冷え切っていた体に湯は心地よかったが、しかし――。
脱衣所の扉が蹴破られ、外から武装した僧兵がなだれ込んでくる。
「さがれっ! 生臭坊主どもっ!!」
ふぶきは一喝して、居合の構えをつくる。
僧兵達の動きが止まる。ふぶきの居合は、それほどまでに知れ渡っていた。
「我こそは、鎮守府将軍、北大路 頼基が妹、ふぶきなりっ! 我が首欲すか? だが、
ただではやらぬっ! 地獄の旅路に供をせよっ!」
ふぶきが稲妻の如き勢いで僧兵達に斬りこむ。
居合い斬りの一刀で、3人を同時に斬り捨てる。若葉と紅葉もそれに続く。
3人は鬼神の如き強さを見せ、僧兵達を縦横無尽に斬り伏せていった。
ふぶきの刀が僧兵の一人を唐竹に斬り裂いた。
だが、刀は僧兵の体の中ほどまで斬り下ろしたところで、動かなくなってしまった。い
かな名刀といえど、いかな剣豪といえど、無数の人間を斬り続けていれば、血と脂で切れ
味は鈍くなる。
「くっ!」
ふぶきは刀を抜こうとしたが、肉に食込んだ刀はびくともしなかった。
普段のふぶきならば、躊躇なく刀を捨て、予備の武器を抜いていただろう。しかし、風
呂に入っていたところを急襲されたために、手にしていたのは一振りの刀だけであった。
そのため、ふぶきはわずかに刀に固執してしまった。
「今だっ! とり押さえろっ!!」
僧兵達がふぶきに殺到する。単純な膂力では、屈強な僧兵達の方が上である。
あっという間に、組み伏せられてしまうふぶき。
「ふぶき様っ!」
ふぶきが組み伏せられたのを見て、若葉と紅葉も動揺する。
「ぐっ!」
そして、二人もまた組み伏せられてしまう。
「さあ、殺せっ! よもや、生け捕りなどと戯けた事は言うまいな?」
幾人もの僧兵達の下敷きになりながらも、喚き続けるふぶき。
「よくもまあ、殺してくれたものだな。一面、血の海になってしまった」
僧兵達の頭と思われる僧兵の一人が、若葉に語り掛けてくる。辺りには累々たる僧兵達
の死体がいたる所に転がっている。ふぶきの猛烈な戦い振りが知れる。
「むろん、殺すさ。だが、ただ殺すだけではあきたりぬ。平居へは首だけ持っていけば事
足りる。体のほうは自由にしてかまわんだろう」
僧兵の頭がいやらしい笑みを浮かべる。
「生臭坊主がっ!!」
憎々しげな視線をかえす若葉。
「ふっ。貴様に主家を潰され、食っていくには寺に飼われるしか道はなかった。僧体など
見せ掛けに過ぎぬ。そっちの侍女共々、たっぷり可愛がってやるさ」
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