『魔戦姫伝説』
魔戦姫伝説〜鬘物「ふぶき」より〜第1幕.6
恋思川 幹
「出立!!」
赤糸威の古風で優美な大鎧を身にまとい、長い黒髪をポニーテールのように一つにくく
った髪型をし、鉢金を巻いた凛々しい女武者が全軍に号令を下した。
他の男の武将達が当世風の実用本位の具足を着ている中で、女武者の大鎧は一際、美し
く見えた。
女武者の名は、北大路 ふぶき。北大路家当主・頼基の妹で、北大路家中屈指の武芸の
達者である。近隣にも「姫武将」の通り名で知られている勇将である。
道をゆく軍勢を多くの人が見物していたが、その多くは出陣する兵士達の家族か、ふぶ
きの美しき勇姿を見物するためにやって来た者達である。
あの忌まわしき谷江家との戦いから、十数年が過ぎていた。
武芸をたしなむばかりでなく、平素から男物の半袴の肩衣を身につけ、戦とあれば大鎧
を身に着けて戦陣を駆け巡り、ふぶきはまるで自分が女である事を否定するかのような生
活を送っていた。あるいは、それは心の傷によるものなのだろう……。
今もまた、ふぶきは隣国の平居家討伐の先鋒として、一軍を率いて威風堂々と隣国・平
井領へと出陣したのである。
ふぶきの軍は順調に歩を進めていったが、その快進撃にも蔭りが見え始めた。
その強さ故に、平居領内に深く突出してしまい、補給線が延びきってしまい、兵糧など
が不足し始めていたのである。あるいは、そのように敵に誘われたのか……。
しかし、本来であれば、そのことはさして問題にならないはずであった。
後からやって来る兄・頼基の本隊がやってくれば、補給線が強化され、十分な物資輸送
が確保できたはずなのである。
だが、兄・頼基の本隊は未だ到着していない――。
「ふぶき様。頼基様より書状が参りました」
粗末ながら屋根のある陣所で、湯漬けを食べていたふぶきの元に若葉が報告にやって来
た。
ふぶきは陣中で休息をとる時は大抵、鎧直垂に脛当て、篭手、脇楯をつけた小具足姿で
ある。
「兄上から書状? 援軍ではないのか?」
ふぶきは食べおわって空になった碗を紅葉に渡しながら、怪訝な顔で若葉を見返した。
報告にやってきた若葉と、ふぶきに側に控えている紅葉は、ふぶきよりも二つ年下の双
子の姉妹である。若いながらも、長年北大路家に仕えてきた忍び集団「駅衆」の棟梁・馬
屋 小三郎の娘であり、ふぶき直属の忍び衆を統率している優秀な忍びである。余談にな
るが、彼女達は「くの一」ではなく、正真正銘の「忍び」である。
くの一の修行は、体術などの基本的な訓練を除けば、男に犯される事から始まる。性を
完璧に管理し、武器にまで仕上げるのである。必要とあれば、どんな男とも寝るし、必要
がなければ寝ない。性に恥らうのはもちろん、性に溺れても、くの一とは言えない。
だが、若葉と紅葉は未だに処女であり、性に関する訓練を受けてはいなかった。
忍びの修行は常人には想像も出来ないような過酷なものである。特に忍び集団の棟梁の
子ともなれば、生れ落ちた瞬間から修行は始まる。修行によって命を落とす可能性すらあ
る。だが、修行中の死を恐れて、生半可な訓練をすれば、その忍びが実戦で長く生き延び
る事などできはしない。
父・小三郎は若葉と紅葉に対して、情を殺し、冷血に徹して、徹底的に苛烈な訓練を施
した。若葉と紅葉は父から優しい言葉の一つもかけてもらった覚えはない。だが、その甲
斐あってこそ、若葉と紅葉は一流の忍びとして一部隊を統率するだけの技量を身につけた
のである。
そんな小三郎が、くの一の技だけは二人に仕込もうとはしなかった。あるいは、小三郎
が唯一、父親としての情に負けた部分であったのかもしれない。むろん、そんな事が出来
たのは若葉と紅葉が棟梁の娘だからである。
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