『魔戦姫伝説』


 魔戦姫伝説〜鬘物「ふぶき」より〜第1幕.14
恋思川 幹

「……姫武将ふぶきの最期はかようにむごいものでありました。私は姫武将の御魂が少し
でも休まれば、とこうして弔っていたのでございます」
 寺の境内にいた女性は、姫武将ふぶきの最期の仔細を語り終える。
 つーっと、女性の頬に涙が流れ落ちる。
「なんたるむごいことであろう。姫武将の魂が浮かばれずに鬼となるのも道理でありまし
ょう」
 話を聞き終えた了慶は合掌した。
「されど、あなた様のお話、まるで見てきたかのように詳らかであります。さてはあなた
様も只者ではございますまい。よろしければ、あなた様の御名をお教え願いましょうや?」
 了慶は女性に問い質す。
「お察しの通りでございます。御恥ずかしながら、鬼となりてこの世に彷徨い続けており
ます。姫武将ふぶきとは私のことにございます」
 女性……姫武将ふぶきはそっと袖で恥ずかしそうに顔を隠した。
「このように浅ましい姿を人目に晒してまで、あえて姿を現しましたのは、ただただ了慶
上人さまのご功徳に与りたくての一心にございます。もしも、鬼と成り果てた我が身でも
往生することが叶いますならば、どうか、了慶上人さまのご功徳をもって私を供養してい
ただきたく、お願い申し上げまする」
 ふぶきが深く頭を垂れると、ふいにその姿が掻き消えた。


 朝日の光に了慶が目を覚ますと、そこは雨を逃れてやってきた荒れ寺のお堂の中であっ
た。
 辺りを見回しても、姫武将ふぶきを名乗った女性はどこにもいなかった。
「昨夜のことは夢であったのであろうか?」
 了慶はお堂の中をぐるりと見回す。
 あの女性の話が本当であるならば、姫武将ふぶきはここで陵辱され、そして惨殺された
のであろう。
 だが、今は昔のことであれば、荒れ果てた境内にその痕跡を見出すことは出来なかった。
 朝の優しい光と相まって、あの女性も、あの女性から聞いた陰惨な出来事もすべては夢
なのではないかとさえ、了慶は思い始めた。
「されど、このまま立ち去るには何かが気にかかる」
 了慶はしばし思案すると、荒れ寺を出て近くの集落へ向かうことにした。



次のページへ
BACK
TOP