魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


 序章.3
Simon


――…

――シャ…


――パシャ…


柔かなランプの光に、飛沫が煌いた

手桶で湯を掬っては、小さな背中にそそぐ
白い泡が流れ、更に白い素肌が覗く

「リンス様 御髪を流しますから、お耳を動かされますと泡が入ってしまいますよ」
「うん …これでいい?」

髪を梳くように指を滑らせる
癖のまったくない滑らかな髪は、ユウナの指に心地よく絡む

「どこかお痒いところは、ございませんか?」
「ううん きもちいい」

部屋に運んでもらった湯も、そろそろ終わる

「リンス様 目を閉じていてくださいね」

――サァァァ……

柔かなバスローブで、頭からすっぽりと包み込む

――クスクス…

いつもおとなし過ぎるほどおとなしいリンスが、この時だけは少女らしい屈託のない笑顔を見せる

それが嬉しくて、わざとくしゃくしゃと髪をかき混ぜると、リンスは擽ったそうにきゃっきゃっと歓声をあげる

ほんのりと上気した肌から、少女の香りが立ち上る

「さぁ リンス様 お風邪を召されてしまいますよ」
「……うん」

それまでピンと跳ねていたリンスの『耳』が、たちまちうなだれる
月兎族の兎耳は、本人の心を写す鏡

――もっとあそびたい

ユウナはそんな声が聞こえるような気がした

「でも、もうこんな時間ですから」

銀の柄のブラシでリンスの髪を梳きながら白い兎耳を愛撫すると、少しだけ機嫌が直ったらしい

「ねぇ またユウナといっしょに おふろにはいりたいな」
「それは……この辺りでは」

「…どうして……帰らないの?」

「リンス様! 帰るだなんて…あそこは……」
「ユウナは、ずうっと難しい顔をしてるもの」
「あそこは、あまりにも……どうか、ユウナの我侭をお聞き届けくださいますよう――」

「ユウナ!」

リンスは勢いよく振り向くと、ユウナの目を真正面から見つめた

「…リンス…様?」

「知ってるもの いつもユウナが悲しそうな顔をするのは、あたしのせいだって」
「違います! 私はただ、自分が不甲斐なくて…だから何度も…」

「ユウナ あたしはユウナが大好きだよ」

リンスの瞳が潤んでいる 唇が震えながら囁きを紡ぐ
ユウナの胸を疑念が掠めた

――リンス様…いつもと違う…違いすぎる……まさか

「ユウナといっしょにいたいよ でも…ユウナが泣くのは、いやだよ」

「リンス様…まさか…」

――治ら…れた…の?

ずっと待っていたはずなのに
そのときユウナを襲ったのは困惑と恐怖だった

何も言えず硬直してしまったユウナに、リンスは困ったような微笑を浮かべた

「おねがいユウナ 今日は、一緒に寝てくれる?」

――頷かなければ…喜ばなければ…抱きしめて、おめでとうございますって…

「ユウナ…お願い…」

――だめだ

――私がしてきたことを…知られた…リンス様に叱られてしまう……

――リンス様の為に……全てをそのためにしてきた筈だった

――違う…

――リンス様の為に……そう言って、自分を赦してきた

――リンス様はゆるしてくれない しかられる 

「ユウナ…?」

――すてられる はなれたくない

――わたしは……した

――わたしはわるいことをした

――わたしはリンスさまにわるいことをした

――たくさんたくさんしタ

――ゴメんなさいリンスさま


「ユウナ!…ユウナ、ごめんなさい」


――すてないでくださイ きたナイわたしヲステないでくダサい


「もう言わないから だから…」


視線を宙にさ迷わせてガタガタと震えるユウナを、リンスが小さな身体をいっぱいに使って抱きしめる。

「…赦してくれないよね 今更謝っても…だめだよね」

――ユルシテクレナイ…アヤマッテモ……ダメ…

「ユウナ…ユウナはあたしに、どうしてほしい?」

「…汚れて欲しい? 死んで欲しい? …それとも」

――ソレトモ…?


「………汚したい? 殺したい?」

――りんすサマヲ…ヨゴス?…

――ワカンナイケド…ナンダカ…トッテモイイキブン…

「………ユウナになら…いいから…」

「もう…ユウナだけだから…」

ユウナの手が

「…ユウナが護ってくれたから…」

ゆっくりと

「あたし…怖かったの…みんなが…」

あがり

「だから…ユウナに…逃げたの」

リンスの

「ごめんなさい…でもね、ユウナ あたし…」

首に…

「ユウナが好き」



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