魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


第2話 琥珀の風 part13
Simon


「――で、仕事をサボってたっぷり遊んだ上に、アリーシャ姫の言いつけも奇麗
に忘れて――なんとその後さらに、道端で一服!」


滔々と、流れるように捲し立てられているのは――悪意によって徹底的に脚色さ
れた、最低の侍女の罪状


「――咎めようとした俺らに反抗して喚き散らすわ、それでも連れ帰ろうとした
ら、不貞寝をするわ――」

――いやもう、可愛い顔して、とんでもないタマですよ

申し開きをする気力もなく、ただ項垂れる少女――まるで雨に濡れた小動物のよ
うな惨めったらしさだ
涙と共に生気をも絞り尽くしたのか、元々華奢だったその身体が、いっそう小さ
く見える

そんなユーデリカを見下ろしながら、しかしファズの眉は不満げに顰められてい
た

――困ったな…もう少し愉しみたかったのだが……





――10代のころから、有り余る金に物を言わせて女たちを貪ってきたファズだ
ったが、単純なセックスは飽きるのも早かった――そして

――壊すだけなら、クズでもできる

そのことに気がつくのも早かった――様々な手法で壊され――闇に沈められた肉
塊は、膨大な数に上ったが……

何より――壊れた女は、もうファズのことなど見ようとはしない
プライドの高い彼にとって、それはけして認められることではなかった

やがて――彼が女たちを相手に、複雑なルールに縛られた淫猥な遊戯を仕掛け、
それを愉しむようになるのは必然の流れだった

遊戯は次第に大掛かりになり――そのために彼はさらに莫大な金を、強大な権力
を求め――女たちにとって不幸なことに、彼には天才的とも言える商才と魅力的
な容姿が備わっていた
そうして手に入れた潤沢な資金と人脈、爽やか且つ巧みな弁舌は、程なくして彼
を貴族議員にまで押し上げた

――より愉しい遊戯のために――次の次の遊戯のために――

「――為政者としては冷徹だが、その人となりは義を重んじ、情に厚い――」

そう評される為に費やされた金が、平民の一家が優に50年は遊んで暮らせるほ
どの額であることなど、いったい何人が知っているというのだろうか――そして、
そこまでしなければ隠せない腐臭に、誰が気づいているのだろうか


そして遂に一月前――


ファズはミスランで最も美しい駒を手に入れ――最も淫靡な遊戯の幕を開けたの
だ





――もう少し持つと思ったのだが……

「――仕方がないな――ローロ、その外国人はお前に任せる――3人ほど使って」

――2日以内につれて来い

「畏まりました、旦那様」

「旦那様、こいつはどうなさいますか?」

――フム

「そうだな……活け造りにして、アリーシャと新しい客人に供する……か」

ユーデリカとは、ずいぶん仲がいいと聞いた――さぞ喜んで……――――いや

「――いや、待てローロ」

「は? 何でしょう?」

頭の中で、新しい筋書きを組み立てる――

――そう……これならば

「マドゥ、アリーシャをここへ――ローロは、例の蜜油を――それからバダンと
ギニー、お前たちは――」

ファズの命に従って、男たちが動く

ユーデリカも壁際まで下がらされて――その手は背中で腕を組むような形に縛り
上げられる
虚ろな目は、もはや自分がどうなろうと、構わないようにも見えた

だが――

マドゥに連れられたアリーシャ姫の姿に、その瞳の奥が揺れたのを、ファズの目
は見逃さなかった

――やはりな

壊れてしまえば、楽になれる――大方、無意識にそんな打算を働かせたのだろう
――そんなところも、主とよく似ている

「旦那様、お持ちしました」

繊細な彫刻が施された小振りな壷の中には、トロリとした蜂蜜色の――

「姫――これはアリーシャ姫のために、遠くファーゴより取り寄せた蜜油です」

タプン――立ち上るのは、どこか薬物めいた甘ったるい香り――

かの地では、金と同じ目方で取引されているという、秘薬中の秘薬



――愚かで可愛いユーデリカ

――これからお前に、本当の限界というものを教えてやろうよ……





――楽しみにしているがいい……


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