魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜


第2話 琥珀の風 part10
Simon


「――ねぇ、ユウナぁ」

宿の2階の部屋から、窓に肘をついて通りをぼんやりと眺めながら

「きょうも、また、きてくれなかったね」

夕日にリンス様の髪が朱金に煌く――その目はどこか寂しげで

「きっとお仕事が忙しいんですよ」

「でも――」

「……と、言いたいところなんですが」

――ぴょこん

「やはり、そうも言ってられませんね」

最初は気のせいだと思った
でも、あのときにはっきり分かった

ユーデリカからは――嗅ぎ慣れた匂いがした

「――少し、調べてまいります」

「気をつけてね?」

手がかりは、ユーデリカという名前(これはおそらく本名だろう)――半月――
お屋敷――――そして『アリ……』
まずは、ここ一月の大きな動きから調べてみよう
この街では北方の民は珍しいが、いないわけじゃない
この白い肌に酒精の助けがあれば――

「まだそうと決まったわけではありませんが――鍵は掛けておいてくださいね」

――行って参ります



私は宿を出ると――波止場へと足を向けた










――もう…間に合わないかも

爪が食い込むほど手を握って、怖い考えを振り払う

――いつの間に――いつからだろう――

でも怖い――怖いのだ
アタシはこんな、小娘でしかないのに…

「ユーディ…?」

「はい、アリーシャ様」

「いつになったら、あなたのお友達を連れてきてくれるの?」

――楽しみにしてるのに

その笑顔に、喉が引きつる

――アリーシャ様! アタシはそんな約束はしていません!

「――それが……ここ何日か会えなくて――きっともう、この街から発っている
と思いますけど」

「そんなこないわ――まだクチャン通りの宿に泊まっているのでしょう?」

「!! ど、どうしてそれを!?」

今度こそ押え切れなかった――アタシは誰にもそのことを話していないのだから
会いに行くときも、わざと遠回りをして、道筋も毎回変えて――だからファズだ
って、何も言って………………ファズ…?

ファズの唇だけを歪める蛇のような嘲笑が、意識の隅を掠める
――所詮は小娘の浅知恵だと

「ユーデリカに聞いたのよ――ユーデリカが友達を呼びたいって――その方がア
リーシャも嬉しいだろうって――――あら?」

――身体は汚されても、心だけは――ユーディ、あなたが護ってね――

そう誓ったはずなのに――また……アタシの手は届かなかったの?

「へんねぇ?――でも、アリーシャのためなら、ユーデリカはきっとお願いを聞
いてくれるわ――そうでしょう? ユーディ」

そうです――アリーシャ様のためでしたら、ユーデリカはどんなことでもいたし
ます――けれど!

「――こんなの……こんなの、酷すぎます…!」

悔し涙が頬を伝う

「あぁ、ごめんなさい、ユーディ 泣かないで」

――アリーシャ様――心が壊れていても、この方はやはり、こんなにも――アタ
シの大切なアリーシャ様なのだ

「なんでもありません、アリーシャ様――いえ、そうですね……アタシの勘違い
だったみたいです」

――ゴメンナサイりんすチャン――ゴメンナサイゆうなサン――ゴメンナサイゴ
メンナサイ

「――明日会ったときに……誘ってみますね」

――ゴメンナサイゴメンナサイ――――ソレイジョウ、ワラウナ! ファズ!!

――逃げて欲しい――だめ! アタシが逆らえば、アリーシャ様が壊れる――フ
ァズが見逃すはずがない――

――アタシは……地獄ニ堕チル

「とってもいい人たちですから、アリーシャ様もきっと好きになると思いますよ」





――誰か…アタシを――コロシ…テ……


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