魔戦姫伝説異聞〜白兎之章〜
第2話 琥珀の風 part6
Simon
アタシの前で、悠然とグラスを揺らす男――ファズ…
――――カ…リリ…
爪が床に食い込む――もし、憎悪で人が殺せるなら――
目蓋を伏せて、その想いを押し隠す
どうせばれているのに――くだらない芝居
苦い唾が湧いてくる
「お前はアレの侍女だろウ? あまり勝手をしてはいけないヨ」
「申し訳ございません――旦那…様」
いけない――少し語尾が震えた
定められた筋書き――優しいご主人様と、奥方付きの忠実な侍女
筋書きに従っていれば――今夜はもう許してもらえるんだから
――アタシハチュウジツナチュウジツナジジョ……!
我慢しろ! アタシ!
ファズが哂う――アタシの下手糞な演技に
喉までこみ上げてきたモノを、強引に飲み込んで――
「旦那様――ユーデリカは、下がらせていただいてもよろしゅうございますカ?」
貴様と同じ空気など――ジジョチュウジツナチュウジツナ――1分1秒と我慢で
き――ガマンシロアタシイイ!
「そう…だナ――」
たっぷりと間をとってから
「アレはまだ、悲しみが癒えていない――うちの者にも気にかけるよう命じては
あるガ――」
――お前がよく慰めておやり
きさまらが気にかけ…だと!――今度は何をしたというの!
――アタシがもっと早く帰っていれば…!
「――お前がいなかったから、余計に寂しかったようだゾ」
――! 分かっていて…掻き毟るか!
「…申し訳ございません――以後……注意いたしますのデ――」
下がろうとしたアタシに、重ねて声を掛けてくる
「ところでユーデリカ――今日はいったい、どこに行っていたんだイ?」
ザッ――っと血の気が引く
――ずいぶん楽しいことがあったようだが?
「――散策の途中で…つい…景色に見惚れておりましタ…」
大丈夫――戯れに声を掛けてきただけ
そうだろうか?――この男が油断のならないことなど、お前は知り尽くしている
だろう?
相反する思考が渦を巻く
その根底に流れるのは――恐怖――――アタシは、この男が怖い
憎悪を掻き立てていないと、呼吸すら侭ならないほどに――
――フフッ
この男は蛇だ――人間のはずがない!
「もうよい――下がりなさいユーデリカ」
「……はい――失礼いたしまス」
屈辱感に、涙がこみ上げて――これ以上……この男を悦ばせたくない!
アタシは壊れかけたプライドをかき集めて――侍女としてファズの元を辞した
――クックック……
まったく、楽しませてくれる
やはりあの娘を一緒に連れてきたのは正解だったな
ファズ=ラーナンダ――内政・外交に辣腕を振るい、ミスランを実質的に支配す
る大貴族の一人…だが――
「マドゥ――マドゥは居らぬカ」
「――お呼びでしょうカ、旦那様」
暗い男――それがその、中肉中背の男の印象だった
「ユーデリカが親しくなったという外国人のこと、詳しく聞かせてもらおうカ」
「畏まりましタ――」
ククク……
ユーデリカ――お前が護らなければならない相手が、また増えたな
分かっているのか?
お前の手は弱く――お前が思うより、遥かに――短い
もうすぐ、嵐が来るぞ
そのとき――お前が何を見せてくれるのか
――楽しみだよ……
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