荒ぶる欲望の果てに
第一話:
神光寺雅
「ほんとうだ、こんなところにお社があるとは誰も知らなかった」
「だまっていろ、気づかれたらまずいだろうが」
「へいへい」
俺は妙にはしゃぐ小汚い男を押さえて、木陰に隠れた。
馬車がやっと通れるくらいの山道。その果てに、その社はあった。
「キャテイのいうのはほんとだったんだ」
社の入り口には兵士が二人立っていた。こんな山の中に兵士がいること自体がおかしい。中はよほど大事な物が隠されてるのか。あるいは・・。
話は一月前にさかのぼる。
山の中の小屋でセレナ姫と遭遇し、命からがら逃げ延びた俺だった。
幸い行き倒れになった俺を、手当てしてくれた者がいる。
山のきこりのおやじと、一人娘のキャテイだ。
俺の素性などいっさい聞かず、献身的に治療してくれた。おかげで俺は生き延びたのだ。きこりのおやじは自分の後釜が欲しかったらしい。よく言えば娘の婿だ。
娘の器量は悪くなかったが、俺とて、この山の中で一生すごすなどまっぴらだ。
だが、助けてもらった恩義には報いねばならない。
しかたなく、きこりの手伝いをしばらくすることになった。もとより体力には自信があった。力仕事なら誰にも負けない。俺は恩義に報いながらも、抜け出すチャンスを狙っていた。
しばらくして、娘のキャテイからこの奥に王室専用のお社があると、寝物語に聞いた。先日王室の馬車がお社に向ったとも。
「姫様が来てるに違いない、お社は王族の婚礼があると、姫があの社にこもって清めの儀式を行うそうだから」
こんな山の中では、なにも刺激的なことなどありはしない。キャテイには顔も見たことのない高貴な姫様が乗る馬車を見るのも初めてだったろうし、おもわず俺に話してしまったのだろう。
だが・・・
姫様がこの奥の社にいる。それは・・あのときのセレナ姫ではないのか。
俺は姫の姿が、ぬくもりがよみがえった。
あのとき果たせなかった欲望が、再びよみがえってきたのだ。
それとなくお社のことをキャテイから聞き出していた。
そんなとき、おかしな男が現れた。何でもこの辺りに住んでいたが、しばらく姿を消していたのだという。その物乞いのような男が現れて、キャテイにちょっかいを出していたのだ。
ぼろ一枚をかぶっただけで、ちかよるだけで臭ってきそうな小汚い男。
鼻も低く、目だけはぎょろりとしていて 黄ばんだ前歯が出っ張っている。
いくら山の中で男手がないといってもこんな男では、きこりのおやじも、キャテイも相手にするはずもない。
しかたなく、きこりのおやじは俺に追い払うように頼んできた。
妙にすばしっこく、ワル知恵の働く男で、キャテイの身を心配してのことだ。
俺にはチャンスだった。
小汚い男を追い払うために、きこりの仕事はしなくても良くなった。なにより追い払うためにここからいなくなっても、それは恩義にははずれない。
キャテイには少しばかり未練があったが。俺はいつまでもここにいる気にはなれなかったのだ。
ワル知恵にはワル知恵。俺はまもなく小汚い鼠を捕まえた。
いや、俺だって一人ではなにもできない、とりあえず手下の一人もいないといろいろと都合が悪い。
とくに、目の前のお社に潜入するためには必要だ。
俺は鼠にお社の話をして、仲間にすることにしたのだ。
俺の思いもかけない話しに、このエロ鼠はあっさりと仲間になることを承諾したのだった。
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