クレール光の伝説ミッドランド編
第1話
どこまでも続く深い山道。二頭の馬が落ちかけた陽射しと競争するかのように峠道を下っ
ていた。
「まずいな。こんな山の中で日が暮れちまったら、一歩も進めないぜ」
大柄な男がもう一人にぼやくように言う。
もう一人の小柄な男はそれには応えず馬に鞭をくれる。
「まあ、その時は二人で毛布にでもくるまって寝てもいいんだがね」
「ごめんだね!黙って馬を走らせろよ!」
「・・・おおこわ!」
少年とも見える小柄な男はもう一人の男を一喝した。
やがて、日が完全に山の陰に消えようとしたとき、前方に集落の灯があらわれた。
小さな村ではあったが、それでも、小さな宿屋があるにはあった。街道筋に当たるのだ
ろう、宿はそれなりににぎわっていた。
宿帳には二人の名前が書き込まれた
大男の名前はブライトそして、小柄な男の名はエル・クレール・ノアール。
「お部屋は一つでいいんですね?」
「ああ、もちろんだ」
「ふざけるなよ!二部屋だ!男と一緒の部屋なんてごめんだ!ボクは女なんだからね!」
「へ?」
宿屋の主人がいぶかしそうにエルの顔をのぞき込んだ。
エルと名乗る少女はショートカットではあるが輝くばかりの白銀の髪、瑠璃色の瞳の持ち
主。顔立ちにも品があり、まるで王室直属の親衛隊でもあるかのような立派な軍服姿。そ
れ相応の身分であることがわかる。しかし、そのスレンダーな体型は、一見美少年とも見
える。
もう一方のブライトと名乗る大柄な男は、無精髭を生やし、よれよれの軍服を、あちこ
ち手直しして着ているといったお世辞にも立派とは言えない身なり。
「お代はお先にお願いしたいのですが・・・」
脱走兵、あるいは誘拐とでも思ったのか、主人は再びいぶかしげに二人を見つめながら
言った。
「あいにく持ち合わせはこれだけだが」
エルが胸ポケットから輝くばかりの大きな金貨を主人に見せる。
「へ?そ、そんな大金!滅相もない!」
「おいおい!ご主人こいつは少しばかり世間知らずなんでね。俺が払うから」
「へ、へい」
主人はブライトから手渡された相場にあった宿賃をもらうと、二人を部屋に案内した。
「ご亭主ここに温泉はあるのか?」
部屋にはいるとエルは主人に小声で訪ねた。
「へへえ・・・自慢の温泉ですじゃごゆっくり・・・」
「・・・・ふう・・・・」
けしてこぎれいとは言えないモノの、この宿には温泉が湧き出ていた。毎日のように城
の湧き出る湯に浸かっていたエルは、旅の毎日に、からだ一つ満足に洗えずにいた。
暖かい湯に浸かると、心が洗われていくような気がする。
「姉様も母様も生きておられるのだろうか・・・」
エルの頭の中をあの数カ月前の悪夢のような惨劇が駆けめぐった。
エル・クレール・ノアール。そうこの少女の本当の名はクレール・ハーン。
−−−−オーク達に犯されあえぐクラリスの姿・そして焼け落ちたハーンの城−−−−−
ほとんどの兵も民も死に絶え、長い歴史を誇ったハーン公国が滅亡するのを目のあたりに
したクレールは、わずかに生き残った人々にその財産を分け与え、地震によって崩壊した
洞窟を掘り返したが、そこには死体一つ残ってはいなかった。
死体が残っていないということは、どこかへと連れ去られたに違いない。そして、クレ
ールは一人旅に出たのである。
エル・クレール・ノアールと名を変えて・・・。
「こらからどうしよう・・・・」
ブライトの前では精一杯虚勢を張っているクレールだったが、一人きりになると不安が
よぎった。
その時、湯煙の向こう側から下卑た男たちの声が響いてきた・・・。
「お、いるぜ!いるぜ!」
「へへへ・・・本当だ!こいつはたまらねえ!」
「な?」
クレールは突然のことに胸を隠して後ずさりした。女性専用だとばかり思っていた温泉
に二人の男が飛び込んできたのだ。
「へへへ・・・たまらねえなあこんなべっぴんさんは初めてだぜ」
湯の中に飛び込んできた男たちは、どちらも下卑た風体の輩だった。このあたりで山越え
の荷車を押す強力(ごうりき)を生業としているのだが、それは名ばかり。押した荷車の
荷は盗むは、女が乗っていれば犯すはといった悪行を働いている。
たまたま、下の酒場でクレールが風呂に向かうのを知って、襲いかかったのである。
「な、なにをする・・・無礼な」
クレールは精一杯の声で暴漢をなじるのだが、その声には迫力の一かけらも感じられな
い。
男たちは、濁った湯の中でさえ白く輝くクレールの裸身に興奮し、襲いかかった。
「や、やめろ!やめてええ!」
「やめてえか、女らしい悲鳴を上げるじゃねえか」
力仕事で鍛えた男の力には抗すべくもないのか。あるいは、妙にでっぷりと太った男た
ちの毛無垢じゃらの身体に怯えきったのだろう。クレールは苦もなく捕らえられ、白い肌
に男たちの垢まみれの手が這い回った。
「ほんとに白い肌だぜ、ぴちぴちと手触りもバツグンだ・・・けっこうおっぱいなんか膨
らんでるぜ」
「細いだけかと思ったら、腰から尻のあたりなんかなかなかいい肉付きをしてやがる」
「ひ!・・・・」
まるで獣のような男たちの手がクレールの乳房を、お尻を這い回る。そのおぞましさに
クレールは小さく悲鳴を上げただけで身動き一つできない。それをいいことに、男たちは
自分の膨れ上がった肉棒を、クレールに握らせたり、股間に押しつけたりしていやらしい
笑い声を上げる。
やがて、男たちの手が股間へと進入してきた。
「ひいっ!きゃああ」
そのとき。
「うぐっ!」
突然、男たちが小さく悲鳴を上げると吹っ飛んだ。
「ブライト!」
「ばかやろ〜!お前はなんでいつもいつも手間をかけさせるんだよ!」
相棒?のブライトが服のまま飛び込んできてクレールの危機を救った。
「・・・・・・・」
「こんなとこで一人で湯浴みなんかすればこうなるにきまってるだろ!何で俺に言わない
んだ!」
クレールはブライトの剣幕に押し黙っていたが、やがて・・・。
「ブライトだって!覗くじゃないか!だから言わなかったの!」
そういうとブライトを押しのけて湯を出る。そして、そそくさと服を着て部屋へと戻っ
てしまった。
「あたし、厭な子になっちゃったな・・・」
部屋に戻るとクレールは服のままベットに寝そべり、埃だらけの天井を見上げながら呟
いた。
本当は男たちに触られた体中をシャボンで洗い落としたかった。そして、ブライトに礼
を言いたかった。
クレールがブライトと出会ったのは旅に出て間もない時期だった。もともと、毎日温泉
に入る習慣だったクレールだが、旅に出ると勝手は違った。しばらくは峠越えが続き、人
家さえお目にかかることはなかった。
たまたま通りかかった泉で、絶えきれずに水浴びをしていると、何処からあらわれたの
か、盗賊達に取り囲まれ、犯されそうになったところを助けてくれたのがブライトだった。
それ以来、二人は一緒に旅を続けている。互いに素性は話さないようにしているのだが、
クレールの素性はそことなく知れ渡ってしまった。それでも、ブライトは変わることなく、
付き合ってくれる、よい旅の道連れではあった。
「水浴びを覗いたり、お尻に触ったりしなければ」・・・の話であるが。
「ブライトのばか!」
クレールはつぶやいた。
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