お姫様舞踏会2(第7-2話)
お姫様舞踏会2

 〜新世界から来た東洋の姫君〜
作:kinsisyou

リムジンが門を出たところで最初のグループの馬車と遭遇する。多分貴族の一団だろう。案の定、何事かとこちらを見ている。まあ無理もない。と、ここで綾奈姫がその先まで続く馬車の大行列を見て驚く。
「まあ、あんなに先まで馬車が見えるなんて。聞きしに勝る光景だわ」
 一行を乗せたリムジンは港方面に行った飛鳥姫たちとは逆の方に走っており、多少は混雑も緩和されているかと思ったがそれは甘かった。晩餐会までしばらく時間があるので退屈凌ぎにとのんびり散策と行こうかとしたのだが、これだけ好奇の視線にさらされれば退屈どころではなさそうだ。
「こ、これはまあ、私も読みが甘かったですねえ……。この先は所謂貴族街と申しまして、美しい邸宅が点在する我がミッドランドでも屈指の美しい景色をお見せしようと思ったのですが、これだけ馬車が埋め尽くしていては無意味でございました……」
 リシャールもこれは失敗かと思った。そんな落ち込み気味のリシャールの様子に有璃紗姫が慰めの声をかける。
「こんなこともありますわ。私たちとしてはそのお心遣いだけでありがたく存じます」
 あくまで心優しい姫君たち。そう言われるとリシャールも恐縮してしまう。これってやっぱりマイナスポイントだよね、と。
「そういえばこのクルマはあまりガタゴトといった揺れとか突き上げが来ないのですねえ」
 リシャールがふと走り出して不意に思ったことだった。馬車と違ってクルマは石畳の上でもそんなに突き上げはこない。
「それこそが自動車の最大の取り柄でしょうか」
 有璃紗姫が誇らしげに語る。因みにこのリムジンは有璃紗姫の所有だ。もともとが飛行機を乗りこなす身でありメカニズムには詳しい。このため乗っているリムジンには当時の最先端技術が惜しげもなく注ぎ込まれているのだ。
 あまり突き上げなどがこない理由は、馬車と比べて厚みの大きなタイヤと当時はまだ採用例の少ない四輪独立懸架にあるといってもいいだろう。
 前輪にダブルウィッシュボーン、後輪にオフセット等速ジョイントを用いた改良スイングアクスルを組み合わせたこの四輪独立懸架は当時の最先端を行くハイメカニズムであり、当時は高級車でも後輪は固定車軸が主流だった中にあって抜群の乗り心地と安定したハンドリングと走行特性を誇った。特に改良スイングアクスルは改良の名の通り、これまでのスイングアクスルの欠点であったジャッキアップ現象を完全に解消しており、このリムジンを250km/hを超える速度での走行を可能にし、また急ハンドルでの横転の可能性を大幅に減少させた。
 その一方で内部は王族や貴族の乗る馬車を彷彿とさせる豪華さ。床には分厚い西陣織のカーペットが敷詰められ、天井には同じく西陣織のシルク、シートや側面の内張には水牛の革が二重に張られ、チーク材の飾り羽目板や家具が内部を一層豪華に彩る。だからであろうか、リシャールでも乗り込んでしばらくすると違和感が消えたのだろう。

 そんな遣り取りが車内で交わされている中、所謂貴族街に入った一行。貴族街といってもそこは貴族のこと。広大な緑の大地が広がり、絢爛豪華な豪邸が点在している場所をひた走る。何とも牧歌的な光景。しかし、それが舞踏会に向かう馬車のおかげで多少なりとも損なわれていた。それにしても何故ここを走っているのか。そこは接待役を任されたリシャールならではの計算があった。
「実は……見せたいものがあるのですよ」
 少し奥まった場所へと走っていくリムジン。石畳の田舎道に流線型の優美なシルエットが映える。走り去るリムジンを舞踏会に向かう馬車から身を乗り出して見ている貴族の皆様。
 馬車で埋め尽くされた幹線道を途中左に逸れる細道へと入っていく。貴族街には様々な商店が立ち並び、船着場の商店街と同じく賑わっていた。こちらはどちらかっというと洒落た感じの店が多い。中でも一際目立つ感じの店が一軒。店というよりどちらかというとちょっとしたホテルといった趣の建物だ。
「あっ、ここで停めていただけますか?」
 と、リシャールがこの店に入るようにと指示した。本来馬車が停まるためのスペースはかなり広く、何台かの馬車が休んでいる。と、店の人が出てきて一瞬自動車に目を丸くするも、そこは商売なのですぐさま駐車スペースに誘導する。そして、降りてきた一行の中にリシャールを見つけ駆け寄る店員。
「おおお、こ、これはリシャールさま、よくぞお越しくださいました」
 普通なら元気にしてたかと挨拶を交わすところだが、今回は意味合いが違うので自分ではなく後方の方々に挨拶してくれと視線で促す。いくら下級貴族のリシャールといえども貴族とはいえ元来が商売人の家系なのでその辺は心得ている、というか勉強のことはあまりうるさく言われなかったかわりにこうした商売のイロハについては両親ともども非常に厳しかった賜物であると言える。
「ようこそ、お越しくださいました」
 と、恭しく挨拶する店員。
「彼女たちは異国の地からやってきた高貴な方々だから丁重に頼むよ」
「畏まりました、リシャールさま」
 店員に案内され、店内に入る一行。その様子を見て目を丸くする二人。
「まあ、ここは酒屋兼レストランですか」
 静けさ漂う落ち着いた内装に、店の奥に見える酒樽、非常に高い、恐らくは特注の木製の豪華な棚にズラリと並ぶお酒のボトルの数々、何処からともなく漂う品のよさを伺わせる料理の香りに綾奈姫は目を奪われる。
 と、ここでリシャールが誇らしげに答える。
「ここは我が自慢のバー兼レストランであり、我が家で作られているお酒も販売しているのですよ。ここで気取らず寛いでいただきたかったのです」
 そう、ここはフルア家直営のバー兼レストランで、五階建ての石造り建築は貴族の邸宅を思わせる荘厳さを漂わせる。二階から上はホテルを兼ねていて、このミッドランドを訪れた諸外国の高官や貴族などが主な顧客である。
「まあ、お心遣い感謝致しますわ」
 と、リシャールに頭を下げる有璃紗姫。
「そ、そんな、姫君から頭を下げられるだなんて、そんな大したことでは……」
 まさか、高貴な姫君から頭を下げられるだなんてと戸惑うリシャール。挨拶や感謝のため頭を下げるのは日本では身分を問わず普通のことだが、この辺が文化の違いなのだろう。

 店員の誘導で、奥の仕切板で小部屋風に設えられた席に案内される。
「じゃあ、早速だけどオススメの酒や料理を頼むよ」
 リシャールがウエイターに注文するが、敢えてメニューを見て注文しなかったのは、まずこの店自慢の料理やお酒を知ってほしかったからであった。それに、店に任せたほうが何となくカッコイイし、接待役としての演出にもなる。
 注文からすぐにやってきたのはお酒の数々と、更に採れ立ての果物ジュース、そして山盛りフルーツのバスケットと各種チーズにナッツ類であった。フルア家はワインを作っている関係上、果樹園も経営しており、最近ではブドウのみならず柑橘類やメロン、ナッツなどの栽培も始め、こちらもグランドパレスに卸している。また、長男の嫁の家系はチーズやバターなどの乳製品作りで知られる下級貴族であり、そのためここでもそのチーズを扱っていて、そのチーズは上質でユミレーヌ王家にも度々納品していた。
 互いにコネを使って自らの事業を拡大できるという思惑もあっての政略結婚であったことは間違いない。
 リシャールに薦められるままお酒やチーズ、フルーツに手を伸ばしていく皆さん。
「私のほうはこのメロンのジュースを頂きますわ」
 と言って若菜はお酒をとらず果物ジュースに手を伸ばす。
「おや、若菜さんはお酒を飲まれないのですか?」
 お酒に手を出さないことを不思議に思うリシャールに対して有璃紗姫がフォローを入れる。
「リシャール様、運転を担当する者はお酒は厳禁でございまして、我が国では警察に捕まって運転している者がお酒を飲んでいることが発覚すれば何年も牢屋に入ることになりますわ。乗り物を運転する場合、お酒は思考が鈍って大変危険ですし、そのために多くの方の命が奪われているのです。それとも、ミッドランドでは馬車の御者が飲んでいても捕まらないのですか?もしそうなら我々としましては旧世界で安心して馬車にも乗れませんわ」
 最後は神妙な表情の有璃紗姫。その様子にドキリとなるリシャール。
「わ、我がミッドランドでは特に咎められることはないのですが……」
「それなら貴方からギネビア姫に進言してはどうかしら?これから先、馬車の御者は馬車を操る場合は飲んではいけないと」
 綾奈姫も有璃紗姫に同調する形で進言する。特に自動車の普及している新世界では飲酒運転は以ての外であり、特に日本では数値に関係なくアルコールが検出されれば即刻免許取消(しかも5年間受験資格を失うという厳しさ)、更に3年以上25年以下の懲役か、もしくは500万円以上の罰金という破格の厳しさであった。
「う〜ん、そこまで真剣に仰るのであれば、ギネビア姫に進言してみましょう。ただ、私の店を始めとしてアルコール関係の店は軒並み反対するかもしれませんが、それは覚悟の上で進めてみたいと思います」
「それならこう言えばいい。貴方がたは、人一人の人生を狂わせる行為に加担したいのですか?と。誇り高い貴方がただからこそこの先も素晴らしい恵みを残すために率先して御者の飲酒に反対すべきであると。事態が深刻化し、それこそお酒を完全に飲めなくなる事態になることこそ避けるべきであり、先人たちから受け継いできたこの偉大なる恵みをこの先の子々孫々に伝えていくためにも絶対必要な法律であると。御者の飲酒禁止はお酒を守るためでもあるのです、と言うべきでしょうね」
 こういった提案を即興で思いつくのが綾奈姫のスゴイところだが、陸軍の総司令官として時々刻々と変化する戦況に対応する中で磨かれた能力なのだろう。
 説得力ある提案に、すっかり飲み込まれフリーズしているリシャール。場が凍り付いてしまったことに気付き、苦笑いの綾奈姫。
「ごめんごめん、こんな場で言うべきことじゃなかったわね。ささ、せっかくこんないい場所に案内してもらったんだから楽しみましょう」
 再び和気藹々の状態に戻り、お酒と採れ立ての果物やチーズなどを楽しむ。
「まあ、青いお酒だなんて珍しい……」 
 有璃紗姫は青いお酒がかなり珍しかったようだ。
「それは、私の生まれた年に収穫したブドウで作ったお酒で、その名もリシャール・ド・フルアと言います。我がフルア家では代々男子が生まれるとその年に収穫したブドウで作られたワインをもとにして新たなブランドを開発していく伝統があります。そして21年目の今年、初めて出荷されたばかりのお酒でして、私同様これから熟成していかねばなりません」
 そう、フルア家では代々男子が誕生するたびに一族の名を冠した新たなお酒の開発が始まる。こうした一族の名を冠した新たなお酒の誕生は20年前後、熟成の度合いによっては30年前後に一度という極めて稀なイベントなのだ。このリシャール・ド・フルアは青ブドウという極めて珍しい品種から作られた逸品で、青く澄んだ液体と甘く柔らかな口当たり、それでいてドンと重くのしかかるような手応えから評判は上々だという。リシャールの当面の課題は、そんなお酒に名前負けしない立派な跡取りとなることであった。家督は長男が継ぐとはいえ、次男といえどもフルア家の恥となるような真似などしてはならないのは当然であろう。
 早速その希少なお酒を一口いただく有璃紗姫。飲み干した瞬間、頬がほんのりと紅く染まる。
「まあ、素晴らしいお酒ですわね。宜しければお土産に何本か買いたいのですがいかがでしょうか?」
 何と、早速このお酒を買いたいという有璃紗姫。自分の名を冠したお酒を、それも外国王室の姫君が購入する。お酒を造っている家系にとってこれ以上名誉なことはあるまい。因みに一族の名を冠したお酒はフルア・ブランドと呼ばれており値段も高い。
「し、しかし……実はこれ、1本50万ミッド(ミッドランドの通貨として勝手に解釈させていただきました)もする代物でして、大丈夫なのですか?」
 非常に高価なお酒なので相手の懐具合を心配するリシャール。このリシャールは今も現役のマイスターである父親を始めとした経験豊かなマイスターの厳しい鑑定眼にも適ったばかりかその出来は歴代でも最高らしく、青いお酒という物珍しさもありこの値段で販売しても売れる、というよりそれだけの価値があると判断したのであった。
「1ミッド=1円ですから、1本50万円ですか。ならもし在庫に問題がなければ100本ほど……」
 100本……つまり5000万円である。これにはさすがのリシャールもぶったまげ。
「だ、だ、大丈夫なのですか?有璃紗姫。お金のほうは……」
 ついいらぬ心配をしてしまう。いきなりお酒一種類に5000万ミッドにも及ぶ注文なんて、グランドパレスでもまずあり得ない額だ。
「5000万円くらいどうってことないですわ。実はこの先ミッドランドに我が国から船が来ますので、そのために注文しましたの。お金より在庫のほうが気になりますがいかがでしょうか?」
 それだけの注文をポンと言ってのける王室のスケールの大きさに冷静さを失いそうになるが、そこは商売人として、奥で店員と在庫で問題ないか聞く。すると、在庫にまったく問題はないという。そして、100本ほど注文が入ったというと、店員が倒れる音がこちらからも聞こえた。
「まあ、何があったのでしょう」
 実はあまりの額に卒倒しているとも、そしてその原因が自分にあるとも知らずにお酒を楽しんでいる有璃紗姫。
「それにしてもこのチーズもなかなかイケるわね」
 奥での騒動も何処吹く風、とばかりにお酒の席でチーズを堪能している綾奈姫。チーズは西洋社会でも旧世界でも主食として様々な料理に使われるのみならずそれ自体デザートとしても重要であった。なのでフルコースが終わり、締め括りにコーヒーか紅茶へビスケットなどと一緒に出されることが多い。
 店の奥で注文を受けたその額にぶったまげるなど一悶着のあと、料理が運ばれてきた。多分リシャールから今日は晩餐会だからなどと口添えでもあったに違いない、全体に量は控えめで且つ見た目もあっさりした感じの料理が目立つ。それでいてエレガントさを感じるのはやはり貴族階級が経営しているお店だからかもしれない。
「まあ、どれも食べてしまうのが勿体無いくらいエレガントな盛り付けですわね。でも、遠慮なくいただきましょう」
 そう言って有璃紗姫は生牡蠣に手をつける。胡椒と辛口のお酒が使われているのだろう、少しピリリとした食感が大人の味といった感じである。優雅な所作から、普段こういった料理を食べ慣れていることが伺える。やはりその辺はお姫様といったところか。
「なかなか新鮮な牡蠣ですわ」
 綾奈姫のほうも生ハムを使った盛り合わせを堪能している。
「これはワインと一緒に頂くのにもってこいの料理だわ」
 その他にも何品か料理を味わい、お酒とともに満足の様子の皆さん。表情を見てここに連れて来て正解だったとリシャールは思った。実は多くの貴族と接してボロが出るのを嫌ったのと、やはり自分の庭というのは気楽なものだから、姫君たちが外出したいと申し出たのはある意味リシャールにとっても好都合だった。その上でこうして満足してもらって接待役としては役得であろう。
「私はお酒はなくともこの料理の数々と果物ジュースでも満足ですわ。お酒の飲めない方でも楽しめると思いますわよ」
 と、若菜からも意外な一言。案外この感想は商売に活かせるかもしれないとリシャールは思った。これからはお酒が飲めない者でも遠慮なく立ち寄れる店作りを目指そうかと。やはり商売人の家系である。
 この後はここで販売されているお酒を色々と物色し、リシャール自身が薦める銘柄と合わせて購入し、またチーズも色々と購入した。先ほどのリシャールを除いても購入額は合計で3000万円。やはりお酒に高級銘柄が多かったせいであろう。チーズのほうも所謂丸ごと買いなのとこちらも高価な銘柄が多く、やはり500万円はした。無論、全て自分たちだけで捌けるはずもない。送り先は京都御所であり、後で持ち帰るのだ。全て富嶽の待つ空港まで送り届けてくれるという。因みにこの場合は輸送料がかかるが、一括で3000万円もの買い物をしてくれたことに対するサービスか、輸送料は無料だという。確かに店からすればとんだ上得意様であり、太客だ。
 
 そして店を去り際、店員がリシャールに耳打ちした。
「リシャール様、これはまたとんでもない太客を捕まえましたな。日本皇国の姫君が食事をされたとなればこちらにとってもいい宣伝になりますよ、へっへっへ……」
「私もまさか、ここでこれだけお金を使ってくれるとは思ってもいなかったよ」

 取り敢えず、堅苦しさから逃れたいだけだったとはいえ有璃紗姫たちに同行し、更に自分の店に招待してこれだけ喜ばれた上に今日一日の売り上げが彼女たちだけで8000万円である。接待役冥利に尽きるとはこのことであろう。接待そのものはこの時点では大成功とみていい。

 しかし……それと引き換えに飛鳥姫の裸は拝めないわけで、リシャールにとっては一体どちらが得だったのであろうかという永遠に決着のつかない疑問が残ることになるのだが……。


 9話へ。

次のページへ/前のページへ/MENUへ

★お姫様舞踏会シリーズダウンロード販売中★
[お姫様倶楽部] の【お姫様舞踏会WIN】 [お姫様倶楽部] の【お姫様舞踏会CGCollection+(DL版)】 [お姫様倶楽部] の【お姫様舞踏会オフライン版】