お姫様舞踏会2
お姫様舞踏会2

 〜新世界から来た東洋の姫君〜(番外編)
作:kinsisyou
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ペ出港から暫くしてミッドランドの地も見えなくなり、辺り一面に水平線が拡がるようになった頃、初代駐日ミッドランド大使として赴任することになったリシャール。

 下級貴族扱いではあったが大富豪一族であったこともあり船旅も経験しており、その際最上級の客室でさえ暗く湿気が纏わりつき、食事も塩茹で肉と何処かかび臭いデザートに辟易した記憶があり、更に真水は貴重品であったためラム酒の水割りが毎回出てくる有様。最上級の持て成しでさえこうだったので、一般人が船に乗る苦痛は想像に難くない。

 僅か10日程の船旅であったが下船する頃にはすっかり滅入っていたことを思い出す。

 それがこの秩父丸はどうだろう。船内は常に心地好い温度に保たれ、内部は明るく清潔であり、客室は快適そのもの。自身が乗っているのは一等船室であったが、たまたま遭遇した船員に質問すると、部屋は等級により違いはあるものの、快適な温度に保たれているのは同じだと聞いて唖然とするのだった。

 因みに秩父丸の等級は当時の客船に従い一等、二等、そして三等ではなくツーリストと呼ぶクラスによる三等級制で、ツーリストとしているのは三等よりも上のクラスであることを意味していた。これは冬に入ると定期運行が出来なくなるので温暖な場所を観光するクルーズ目的での使用をも考慮しているためでもあるという。

 金属調の装飾や、アールデコという旧世界ではまだ知られていない新たな装飾様式に若干の違和感を覚えることを除けば、この客室は自室よりも豪華にさえ思えた。もうこの時点で旧世界と新世界の違いを体感してしまう。

 部屋に籠っていても退屈なので船内を歩き回ると、全てが圧倒的な光景として迫ってくる。何しろ帆船とは作りが全く異なるし、帆を張っている訳でもないのに比べ物にならないスピードで進んでいることも外を流れる景色から分かり、僅か二日というのは恐らくウソではないと確信するのであった。

「それにしても、何て大きな船なんだ。その上どう見ても鉄で出来てるし、煙突からは恐ろしい程の量の煙を吐いて進んでいるのは、まるで鋼鉄の宮殿というより鋼鉄のリヴァイアサンじゃないか。こんな物を作り出す日本てどんな国なんだよ」

 あの時映画で日本がどんな国なのかを見て分かっていたつもりだったが、実際に体験すると、全てが想像を絶しているように感じた。因みに、秩父丸にとってはこれでもまだ遅い方で、実際にはこの倍以上のスピードが出ると聞いて卒倒しそうになった。

 やがて陽が暮れて漆黒の帳が降りはじめる頃、。リシャールは一旦客室に戻りドレスコードに従い正装に着替える。その姿は18世紀欧州貴族のアビ・ア・ラ・フランセーズに近い。何で着替えるのかと言えば、この船で一夜しかない晩餐会のためである。

 通常は食堂の隣にあるラウンジで懇意になった船客と話をしながらその時を待つのだが、まだ少し時間があるのでリシャールはエントランス周辺を見てまわる。

「それにしても、本当に船なのだろうか?まるで宮殿正面玄関ホールのようだ。それは、こう言ってはギネビア様に失礼なのは承知の上で、グランドパレスのホールにも劣らない光の宮殿のようだ」

 エントランスは秩父丸でダイニングルームと並び最も豪華な空間の一つで、従来の暖色系と木調を排し、寒色系にシンプルモダンと金属調、アールデコを融合させた新たな表現様式を用いたことが特徴であった。そこへ枯山水模様を中心に和の伝統様式を巧みに織り込んでいるという。

 また、採光にも拘りガラスレリーフを多用、レリーフを通じて入ってくる光が作り出す幻想的な光景も、新時代の客船に相応しいとされた。

 斬新な内装は当時話題を呼び絶賛されると同時に、一部保守的な船客からは奇抜、洗練され過ぎているという批判もあったが。しかし、秩父丸は未来的な美しい外観とこの斬新な内装によって船の歴史にその名を残すことになる。

 ラウンジに戻り寛いでいると、夕食を知らせるラッパが鳴り響き、ガラスレリーフで装飾された扉が開かれると、そこはリシャールにとって異空間そのもの。

「こ、こんなに開放的なダイニングルームなんて聞いたことない」

 秩父丸の一等ダイニングは三階吹き抜けになっており、この船で最も大きな空間であった。楕円のテーブルには白と青のテーブルクロスがひし形に掛けられ食器と純銀のカトラリー、ナプキンもセッティングされており、宮殿で行われる晩餐会と変わらなかった。

 係員に案内され指定のテーブルに着くと、見慣れないファッションの方々が相席となった。それは、所謂燕尾服やタキシードに振袖など、新世界の日本を象徴する正装であった。余談だが、燕尾服着用の場合タイは白、タキシードの場合は黒とされ、そして燕尾服の方が格上とされている。王皇族が出席なされる晩餐会では白が原則とされる。

 因みに今回燕尾服とタキシードの双方が見られるのは、敢えてドレスコードをガチガチに指定しないことでリラックスした雰囲気にしようという旧世界側への配慮でもあった。それは、ミッドランドでの舞踏会後でもあることに配慮して、船上晩餐会が格上と見做されかねないことが舞踏会に対して失礼あたるかもしれないという政治的配慮でもある。

 (それにしても、新世界のファッションは基本的にシンプルだよなあ。大使に赴任したら自分も新世界で何着か新調するか)

 などと考えているリシャール。そう、リシャールの言うように、新世界はシンプルが基本であったのは間違いない。

 食前酒の梅酒のソーダ割りで乾杯し、前菜が運ばれてくる頃にはすっかり相席となった皆さんと馴染んでいるリシャール。何気に視線移動で周囲を見回すと、ファッションで互いの出身が分かるのと同時に、互いが交流し合うようにテーブルの席をセッティングしているようだ。

 意外にもテーブルマナーに然程の違いはない点は新世界の皆さんの食事の光景を見てホッとしたが(姫様方も旧世界での振舞に違和感なかったし)、見たこともない料理の数々に食べ方に戸惑う面はあった。また、全体に味わいがあっさりしている傾向にあるのも印象的であった。

 特にデザートに関してはその見事さに驚く程で、アイスクリームもだがそれを更にキャンディーで作ったドームで被うというのは目を瞠った。因みにアイスクリームはサワークリームアイスとミントを少し利かせたソーダシャーベットをマーブル状にしたもので、秩父丸の名物でもある。

 さて、相席したのは旧世界に於いて資源調査をしていた日本企業の重役とその家族だという。家内制手工業が主流の旧世界に於いて企業がどのようなものかはよく分からなかったが、日本に於いてかなりの富豪であることだけは理解していた。

 話を聞くと、オランの森の奥に呪われた沼と呼ばれる巨大な黒い湖があり、調査の結果その正体は石油で、更に新世界ではあのような形で湧き出ている石油湖は前代未聞だという。因みに呪いの沼と言われていたのは、その沼地に落ちれば生きては戻れず、更に時折火の玉が見えることにあり、湖は巨大なクレーターのような場所にあることから落ちたら最後と言われ、それを証明するかのように過去に誤って落ちたと見られる動物の骨がそこかしこで見られた。そのため、あの周囲には山賊も近寄らない。

 後に巨大なカルデラ湖に石油由来の空気より重いガスが溜まり、その結果酸素濃度が極度に低いため、その周囲では酸欠になるためであり、時折火の玉が上がるのは何らかの要因で表層が少量浮き上がった際に引火するためだろうということが調査で明らかとなった。

 近くからは巨大ガス田も発見されており、皆さんは石油プラント建設にあたっての最終確認と交渉締結のためにオランに出向いてその帰りとのことであった。

 リシャールにとって、石油がどのような使い道があるのか理解できなかったが(ていうかこの秩父丸もその石油で動いているのだが)、日本にとってあの呪われた沼が重要なものであり、そして小国オランに日本との取引を通じて巨額のカネが入ってくることだけは容易に想像できた。確か、オランは程なくグランディアの保護国になる筈なので、オーロラ姫はトンデモな持参金と共に嫁ぐことになり、グランディアは石油取引によってこの先ミッドランドに匹敵する大国となるやもしれなかいと思うのだった。

 この時、既に一部の石油プラントが試掘稼働はしていたのだが、これを機に旧世界で初めての近代的な工業設備が本格的に稼働することになる。更に、オランでは近い内に旧世界初の発電所も建設され、その交渉も締結したばかりだという。

 因みに旧世界では石油よりも石炭や泥炭の方が重要資源であった。

 他にも新旧世界の話題で意見交換しながら、楽しい夕食となった。他にも新世界側の乗客には主に政府開発援助でオランに新旧のハブとなるインフラ建設のために派遣される予定の企業のトップが顔を並べており、まさに錚々たる面々であった。その内、ミッドランドもこうした支援に頼ることになるのかもしれないとリシャールは密かに思った。その意味で、こういった形で企業関係者と繋がりを持つのはミッドランドにとっても長期的に見れば国益になるだろうと考えるのであった。

 夕食後、意気投合したこともありバーラウンジで更に呑み明かしている内に夜が更けていく。



 気が付けば陽が上ると共に新たな一日が始まった。一睡もしてなかったが、新世界の船に乗った興奮でそんなことも忘れていた。その間、これまでの船旅と異なり船旅とは思えない程快適な朝であり、無論リシャールにとっては初めての体験である。乗船した際、早起きの乗客はモーニングサービスがあると言われたのを思い出し、シャワーを浴びた後で普段着に着替え早速そのモーニングサービスを受けることにした。暫くすると花のような甘い香りとともにモーニングサービスが運ばれてきた。その内容にまた驚くリシャール。

「ホントに船なのだろうか。船でこんな朝食は見たことがない」

 花の香りの紅茶に、スコーンと呼ぶ堅く焼いたパンとコーンブレッドにジャムとクリーム、バターが添えられ、更に果物まで。旧世界では果物は贅沢品で、まさかこれが朝食から供されることに驚きを禁じ得ない。貴族の家でも果物が朝から供されることなどまずない。パンは食感からして大麦を主に雑穀が混ぜられているのが分かり、この点は大国らしからぬとやや意外であったが、大麦とは思えない程美味しい。

 因みに日本皇国では小麦より大麦が主流で、パンも大麦に雑穀や胚芽米の粉が混ぜられていることも多い。小麦パンもあるのはあるが少数派であった。小麦と比べ栄養面で非常に優秀であり、貴賤に関わりなく供されていることを後にリシャールは知った。

 その間、船内放送で互いの世界を繋ぐ門を通過し、新世界に入ったことが告げられた。朝食後、そう聞いてプロムナードに出て周囲を眺めるリシャール。だが、その海は旧世界と大して変わらない。しかし、その中にあって旧世界と違う点を見つけて新世界に来たのだと感慨に浸る。それは、周囲に見える帆を張っていない船の数々であった。どれも鉄の船であり、遠目に見てもやはり大きい。

「遂に、私は新世界に来たのだ」

 

 翌日の朝、朝食後にアナウンスに従い客室から窓を見遣ると、そこには見たことのない景色が拡がっていた。間もなく入港する博多港であるが、その博多でさえ日本皇国では一地方に過ぎないらしい。自身の住んでいた世界を基準にするなら、何もかもが規格外であった。

 まるで宮殿や城郭のような高層建築がここからでも見えるし、港の桟橋は鉄製か何かなのは間違いなく、その上を継ぎ目なく舗装している。一体どんな石畳を使っているというのか。そして、どんな風にすればそのようなことが可能なのか。更に港が近付くにつれ、旧世界では考えられないような大型船が数多く停泊しており、更に既に国交を結んでいる旧世界の帆船が停泊しているのも見える。見たことのない機械仕掛けのようなものが忙しなく動き回り、更に港で働いていると思しき人にも上半身裸のような姿の者は一人もいない。その様子だけでも想像を絶する超大国であることを感じ取る。

 入港後、下船して検疫や入国審査を受けた後、出迎えの黒塗り馬なし馬車に乗り、今日は博多の国鉄ホテルに一泊することとなった。因みに鉄道依存度が非常に高い日本皇国では、鉄道の主要駅は国の玄関口を兼ねていることも多いため、来賓などのために国鉄がホテルも運営しており、国鉄ホテルは世界でもトップクラスの格付けを誇ることでも知られていた。博多国鉄ホテルはその後旧世界にとっての新世界の玄関口として旧世界から屈指の利用率を誇るようになる。

 そのホテルでさえ、リシャールには宮殿に泊まりに来たのではないかという錯覚さえ覚えた程であった。その途中、この服装は目立つのか、周囲の物珍しそうな視線が少し痛かったが。このホテルで最上級のスイートルームに案内され、窓からその様子を見回すだけでも頭がクラクラしそうだった。

 高層建築が林立するのはまさに摩天楼と呼ぶに相応しい光景。道路には馬が牽く荷車の姿も見えるが、馬もいないのに機械仕掛けで走っている、所謂馬なし馬車も数多く見掛ける辺りが旧世界と大きく違い、人々の服装はシンプルなデザインながらも洗練されて機能的に見えた。更に圧巻だったのは、鉄の轍が敷かれた上を走る、何と形容したらいいのだろうか、引切り無しに行き交う鉄製のヘビ。特に一際高い橋を走っている銀色のヘビが印象的であった。後にそれは鉄道と呼び、更に銀色のそれは新幹線と呼ぶ開業したばかりの主要都市を短時間で結ぶ高速鉄道であることを知った。そう、映画で見たあの光景は、誇張ではなかったのである。

「はあ、こりゃ凄い。そう思ってると急に眠くなってきた……」

 何しろ驚きと興奮の連続で出港から入港までほぼ二日間寝ていなかったのだ。驚き疲れて眠気に襲われたとしても無理はない。リシャールは着替えもせずにベッドに倒れ込んでしまった。



 翌日、朝食を済ませた所へ政府関係者と称する女性が出迎えに来た。シンプルな背広姿であるが、多分この新世界では広範に用いられる標準的な服なのだろうと思った。言われるまま博多駅に向かうと、新幹線に乗ってもらうという。もしかして、映画で見た、あの超高速の鉄のヘビに乗るっての!?内心ビビっているリシャール。因みに現在時刻は午前9時。昼までには京都に到着し、そのまま御所へと向かって信任状捧呈式を執り行うことまで説明された。要はこの国の陛下に挨拶に行くということなのだが、確かここから京都まで600qは離れてなかったっけ!?旧世界だとどんなに馬車を急がせても二週間は見なければいけない距離が朝に出発して昼前には到着って、映画を見ていて分かってはいても思考が混乱するリシャール。

 博多駅に入り、在来線乗場を通り抜けて新幹線乗場へ。その間、忙しなく行き交う人々に目を配るリシャールであったが、自分の世界以上に多様性に溢れたファッションに驚かされてしまう。因みにこの時代、日本皇国では和装洋装が混交としており、和装に二重回しと呼んでいた西洋伝来のコートとカンカン帽の典型的な和洋折衷ファッションもよく見られた時代である。

 さて、乗場に向かうと程なく全長566m、18両編成の新幹線が入線してきた。低く地を這うようなシルエット、空気をも切り裂くかのようなスピード感溢れるシャープなノーズ、鉄道車両は箱形という常識を打ち破る航空機を思わせる曲面構成の車体。当時、ここまで未来的でダイタンなフォルムは最早鉄道車両の域を超えていた。

 外装は、シルバーへブルーのラインを主にライムグリーンの細いラインと黒をアクセントにした、未来感とスピード感を強調するシンプルなデザインである。

 そんな新幹線の最後尾の1号車の乗車する。X0系は通常18両編成で、最速にして最上級のひかり号は西方面を基準に1号車が最上級の一等パーラーカー、2〜3号車が一等車、4〜6号車が二等車、7号車から18号車が三等車となり、9号車と10号車に車掌室と身障者利用も想定した多目的室が設けられ、11号車には軽食等が買える車販コーナー、奇数号車にはオシメも替えられる授乳コーナーもあった。また、1号車、3号車、5号車、8号車、11号車、14号車には電話室も設けられている。因みに18号車は足元が狭くなるため快適性に劣るので他の三等車より運賃が1割安いのだが、意外にも満席になる率は高かった。尚、新幹線は限られた主要駅にしか停まらないひかり号から各駅のかがやき号まで、超高速走行による安全性確保に鑑み全席指定である。

 当時最上級クラスの列車では高確率で設けられていた食堂車は敢えて設定しなかった。というのも東京-西鹿児島間1300q余を最速だと5時間半程度で走り抜ける新幹線では回転効率が悪過ぎるとして設けられず、替わりに軽食や駅弁で妥協してもらうことにしたのである。また、超高速移動こそが新幹線に於ける最大のサービスであることを主張する意味もあった。

 乗り込み案内されたのはパーラーカーに1室だけ設けられている区分室と呼ばれる4人掛けの個室であった。皇国新幹線で個室はパーラーカーと多目的室2つを合わせ3つだけである。パーラーカーはこの区分室と開放室と呼ぶ左右2人掛けが8列で僅か20名しか乗れない。それも当然で、先頭車両は全長の約半分がシャープなノーズで占められ客室スペースは狭く、それ故の収益性を補う目的で少数の乗客のために最上級の客席とすることが当初から決まっていた。20名くらいだったら一人辺りのスペースも十分だし、運賃に至っては三等の4倍もするとしても乗る人はいるだろうという目算は大当たりどころか、ひかり号で真っ先に予約が埋まるのもパーラーカーであった。次いで埋まるのが18号車の1割引三等席である。因みに区分室は一部屋での利用となるので一人利用でも必ず4席分取られ、一席辺りでも三等の4.5倍。それでもなかなか切符が取れない。

 世界有数の飛行機王国でもある日本皇国に於いて、海外からは今更高速鉄道かよと嗤う向きもあったが、利用客は予想に反して非常に多く、世界初の高速鉄道は大成功を収めた。寧ろ500q前後ならば飛行機よりも便利であることも判明している。何しろ飛行機と違い鉄道はすぐに乗れる上、駅と都市のアクセスは基本的に近いため、都市部から離れて建設せざるをえない空港と比べると利便性には大きな差があった。

 さて、その新幹線の最上級の席である区分室に収まったリシャールは、とても緊張していた。程なく当人にとっては聞いたことのない発車ベルが鳴り響くと同時に、滑り出すように走り出した。それはまるで魔法の絨毯に乗っているかのようだったと、超高速にも関わらず快適な室内に驚きを隠せなかったとリシャールは後に証言している。

 走り出した際、改めて区分室を見回すと、それは新世界での表現様式による応接間なのだろうと思った。旧世界の宮殿や貴族の邸宅などと比べ非常にシンプルではあるが、決して安っぽくは見えない。

 走り出してからおよそ5分後、パーラーカー専属のサービス係によって小さなお皿に載せられた見慣れないものが飲み物と共に供された。それは、ナッツ風味のアイスクリームと生クリームを添えたスフレチーズケーキなのだが、当然旧世界には存在しない。他にもクッキーとナッツもサービスされるのと、セルフサービスでチーズとチョコレートに季節のジュースなどがパーラーカーでは用意されていた。

 当時スフレチーズケーキは非常に珍しかったが、後に日本ではチーズケーキというとこれが一般的となる。因みに世界的にはベイクドかレアが主流であったが、後に日本ブームなどでスフレチーズケーキも知名度を拡大、海外のパティシエの中にも作る人が出始めることに。

 飲み物はコーヒー、もしくは紅茶であった。

「あ、有り難く頂きます……」

 一口運んだリシャールは、その甘さとしょっぱさの絶妙なデュエットに驚き、これはその内ギネビア様にも是非とも食して頂きたい味だったと後に語っている。

 その間、意識しないとあっという間に景色が流れて行き、いつの間にか山間部に入っていた。で、リシャールはつい旧世界ならではの思考で、不安を口にしてしまった。

「あ、あのう、今どう見ても山間部にいるのですけど、山賊に襲われる心配はありませんか?」

 そう聞いて随行の女性職員は一瞬噴出しそうになるも思い直して不安を和らげるように、

「大丈夫ですわ。我が国に山賊はいませんから。寧ろ我が国では深夜の山道を女性が一人で歩いても平気ですし」

 その話に絶句するリシャール。森が深い山道は昼間でも屈強の男でさえ危険と言われてるのに、日本では深夜の山道を女性が一人で歩いても大丈夫だなんて。これはカルチャーショックの最たるものであろう。

 その時ふと窓に顔を近付けると、やはり想像を絶するスピードで走っているのが分かって不安になる。

「や、やはり新幹線はとても速いですね……我が世界なら馬車でどんなに急いでも二週間は掛かる距離をたった2時間半ですしねえ……」

「そう仰ると思いましたわ。でも、これだけの速さで走っても振動をあまり感じないので、徐々に不安も和らいできますわ。それを可能とした物の一つが、旧世界から産出される神鉄で作られたレールのお蔭なのです」

 そう聞いて驚くリシャール。新幹線が走っている二本の鉄路は、旧世界の神鉄によって出来ていることをたった今知ったのだった。神鉄と言えば、オリハルコン、アダマンタイトと並ぶ旧世界三大金属と言われ、その内比較的産出量の多い神鉄は鎧や武器の材料として広範に用いられている。それをまさか鉄路に用いるとは。神鉄で作られたレールは別名110sレールと言い、これは1m辺りの重さなのだが、これが重い程基本的にハードな走行条件にも耐えられる他、列車の乗心地も向上する。尚、神鉄は重い上に新世界の技術でも加工が難しく(旧世界で武具以外に基本的に需要がないのはこのため。例えばこれで農具を作ったり調理器具を作ったりする程のメリットがない)、110sレールを作れるのは世界で日本に2社、旭陽に1社しかない。

 更に女性職員は続ける。

「他にも、この車体の外殻は旧世界のアダマンタイトと新世界のアルミニウムの合金である超々々ジュラルミンなくしては誕生しませんでしたわ。貴方の住む世界は、これ程までに我が世界に多大な貢献をなさったのです」

 その言葉には間違いなく旧世界に対する敬意が含まれていた。

 それまで使われていた超々ジュラルミンは亜鉛を混ぜていたのだが、この亜鉛が弱点となって溶接が事実上不可能で、接着工法かリベット工法しか使えなかった。そこへ、超々ジュラルミン並の強度を持ち、尚且つ溶接性に優れたジュラルミンが欲しい。ということで、旧世界との交流が深まるにつれ調査団からも新世界にはない鉱物発見の報告が相次いだ。

 様々な金属との合成の結果、オリハルコンが最も良好な成績を示した。だが、オリハルコンは旧世界でも大変稀少な金属であり、これを大々的に新世界へと輸出するのは多くの産出国が難色を示した。そんな折、オリハルコンと比べやや強度は落ちるが、アダマンタイトを合成すると、超々ジュラルミンより30%も強度が増すことが分かった。アダマンタイトも産出量は比較的多いもののやはり加工が難しく、武具以外には需要がなかったため輸出許可が下りたことで超々々ジュラルミンが誕生した。加えて溶接性も高く、尤も、アルミ系の溶接自体難易度が高いのだが、更に加工も超々ジュラルミンと比べ難易度が高くなるため製品化には高度な技術が要求されるという問題もあったものの、超々々ジュラルミンの誕生によってX0系実用化の目途が立ったと言っても過言ではなかった。因みに値段は超々ジュラルミンの約1.2倍であったという。

 因みにX0系の外殻には押出成型を多用し、接合にはシールドアーク溶接の他、構造接着剤とレーザー溶接なども使われた。余談だが、ジュラルミンが強度を得るためには熱処理が必須で、当時鉄道車両が入る程の大型電気炉を持っているのは航空機メーカーしかなく、中島飛行機や三菱などが一部製作も含め担当している。

 話を聞いていると、技術的なことはよく分からないが、これ程までに旧世界の素材が貢献しているとは思っていなかったので驚きを隠せないリシャール。

 そんな新幹線は、現在最高速度335q/hに到達(一部の便は340q/h)。最高速度付近になるとややビビリのような振動が気になるが、意識してなければ気にならないレベルに抑えられていた。

 そして、2時間半の乗車はあっという間に過ぎ、気が付けば京都に到着。馬車なら早くても二週間掛かる距離が、僅か2時間半。リシャールにとっては瞬間移動にも等しい感覚だろう。そして、日本皇国の皇都に降り立ったのだと思うと緊張する。これから皇国の国家元首へ挨拶のため京都御所へと向かうのだ。

 京都駅に降り立つと、随行した女性職員の他にも数名が同行することになり、用意された自動車に乗って向かう。自動車の方が馬車より乗心地が好いのは旧世界で経験済みであったが、馬車と比べるとまだ乗り慣れない。だが、これから先、新世界では自動車に乗る機会も多いんだろうなと思うリシャール。




「こ、これが、京都御所……」

 あの時映画でも見たが、こうして実際に見てみると、簡素な様式にも関わらずグランドパレスも斯くやという威厳を放っている。こんな建物は見たことがない。そして、旧世界とは異なる構造に戸惑いつつもいよいよ陛下の目前に来た。この幕の一枚先には、日本皇国を統べる皇帝がおられる。そう考えるだけで緊張がピークに達する中、式に臨むリシャール。因みに日本皇国に於いて各国大使などの信任状捧呈式は紫宸殿と呼ばれる建物で行われる。その紫宸殿には今、簾と呼ぶ幕が降りている。

「陛下。駐日ミッドランド大使、リシャール・ド・フルア様が到着致しました」

「うむ、通すがよい」

 女性の声だが、その声には明らかに人々を畏怖させる重厚感があった。程なく、幕が上がると、そこには玉座に座しておられる日本皇国の現皇帝、今上将臣の御姿があった。また、日本皇国は立憲君主制国家なので、国家元首は政府の輔弼に従うという慣習に基き、信任状が政府の助言に基いて受け容れられていることを象徴するため、陛下の右側には(この場合、右とは向かって右である)外務大臣である元栖川璃緒名が陪席していた。

(え、映画でも御姿を拝見したが、実際に見ると迫力あるなあ。その威厳はギネビア様にも劣らない)

「こ、この程は、初代駐日ミッドランド大使として赴任致しました、リシャール・ド・フルアでございます。そして、こちらが我がミッドランドの信任状でございます、どうぞ、御捧呈下さいませ」

 そう言って、将臣陛下に両手で信任状を捧呈する。そのリシャールは手が震えていた。余談だが、信任状はフランス語で書かれるのが慣例ではあるものの、場合によっては派遣国の公用語で書かれていることもあり、日本皇国はフランス語と日本語を併記しているし、旭陽帝国も同様であった。そして、ミッドランドの信任状も自国語である。また、その信任状にはギネビア・ラ・ユミレーヌの署名が入っていた。 

 そして、リシャールから信任状を捧呈された陛下は勅語を掛ける。

「そなたが初代駐日ミッドランド大使、リシャール・ド・フルアであるか。旧世界から遠路遥々御足労お掛けした。して、ここまでの旅で不快なことはなかったか?」

「い、いいえ、さ、さすがは新世界と申しますか、貴国の巨大客船に、新幹線という鉄製のヘビ、素晴らしい旅でございました」

 その返答には外交辞令的な面もあったが、少なくともリシャールにとって旧世界の常識を覆す程に快適なのは偽らざる感想であった。しかし、新幹線を鉄のヘビと言った瞬間、陛下と璃緒名姫を除く他に陪席していた政府関係者が一瞬怪訝な顔をしたが、陛下もそれを察してか視線で注意を促すと平素の顔に戻る。要は旧世界から来ている以上鉄のヘビと称したのは仕方ないからそこは寛容に接しろと視線で言っていた訳で。長身なのもあって近寄りがたい威厳に満ちている陛下であったが、この辺は普段は御優しく意図的なものでない限り寛容な陛下の面目躍如といったところか。

 一通り儀式が終わると、陛下は柔和な表情を見せ、緊張に極みにあったリシャールにとってはそれが幾分救いとなった。

 しかし、初代駐日ミッドランド大使として、海外に、ていうか新世界に於けるミッドランドの顔となるリシャールの責任は重大である。何しろリシャールの一挙手一投足がミッドランドのその後の運命をも左右しかねないのだ。

 

 その後、迎賓館で午餐会となり日本政府関係者や各界の著名人、重要人物と顔合わせ。翌日から大使として業務を開始。前以て到着していた職員およそ50名が不慣れなリシャールを様々な面で補佐してくれる。恐らくはギネビア姫自ら人選なさったのであろう、優秀な職員ばかり。

 その御心遣いを思うだけでもリシャールは時折内心弱気になりそうなこともあったが、初代大使として全身全霊を尽くす所存であった。人を見る目には定評のあるギネビア姫に指名された以上、これはもう一層奮励努力と共に任を全うするしかないじゃないか。

 尚、大使館としての正式な開館は1ヶ月後のことである。その時は開館式を執り行う予定だ。

 

 異世界での仕事と生活には不安も一杯であったが、これは無理もない。何しろ生活環境が大きく異なるのだから。


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