淫らの森の美女(第1話)


『麗樺女子学院静の森のバレエスタジオ』 そう書かれた看板が木立の中に埋もれるよう
に建っていた。都会の喧噪とは無縁のこの高原の地に、ミッションスクール麗樺(れいか)
女子学院のバレエスタジオはあった。
古くからバレエ専門の学科があることで知られたこの学院に、星川春菜が25歳という若
さで就任したのはこの春からだった。すでに国外のバレエ団でいくつかの客演をこなし、
若くして名プリマの名を得ようとしていた春菜が、いくら名門とはえ、学園の講師という
地位に甘んじたのは、家庭の事情だったといわれる。
 それに夢見る若きバレリーナ達の指導という仕事に、春菜は生き甲斐さえ見つけだして
いた。
 秋に迫った公演で、バレエ学科のメンバーは『眠りの森の美女』を踊る。もちろん主役
のオーロラを踊るのは春菜であるが、もうひとりダブルキャストでプリマを選出しなけれ
ばならなかった。そのために選りすぐられた4人の高等部(一般の短大に当たる)の学生
達がこの静の森のスタジオで、一週間の合宿に入っていた。
春川れな、美杉琴慧、香山桜子、高坂美春のいずれも高等部2年、19歳の少女たちだ。
レッスンはもちろん厳しい物であったが、厳格な学院のしきたりから離れ、彼女たちも自
由な雰囲気を楽しんでいるようだった。
 だが、そんな少女たちの夢や希望を奪い去る悪魔達がすぐそこに迫っていようとは、神
ならぬ身の知る由もない。



 彼女たちの麗しき姿態を食い入るように見つめる四人の獣たちの目があった。
 周りを林に囲まれ道に面していないレッスン場の窓は自然光を取り入れるため大きく作
られている。獣たちはその窓からのぞこんで
涎をたらし、股間を大きく膨らませているのだ。彼らはここから二つほど山を越えた刑
務所に収容されていた凶悪犯達だ。追っ手の目をくらませるため山の中を逃げてきて偶然
このスタジオへとたどり着いたのだ。
「お、おいとんでもねえ掘り出しモンに出あっち待ったぜ」
「務所じゃあ夢にもお目にかかれなかったべっぴんさん達があんな薄布一枚で・・・」
耕太という大男が薄汚れたズボンの前を開けて、脹れあがった物をしごきはじめようとす
る。
「あにき!とびこんでやっちまいましょうぜ」耕太は兄貴と呼ばれたでっぷりと太った男
に言う。そういいながら今にも身を乗り出し、窓をこじ開けようとする仕草をする。
「あわてるんじゃねえ」
「しかしあにきい!おいらたまらねえよ」
まるで餓えた餓鬼のようにせっつく耕太に男は落ち着きはらって制止する。
「中に誰がいるともかぎらねえ。この家の周りをよく調べるんだ」
「そうそう・・・巧くいけばここにしばらく隠れていられるかも知れねえからな」
小振りで、頭の禿げた中年ぐらいの男が耕太の肩を叩いた。鰻平と呼ばれるその男の言葉
にうなずくと耕太もうなずき、家の周りを調べだした。
スタジオには出口は二つしかない。正面玄関と勝手口だ。耕太が忍び込もうとした窓は、
防犯もかねて、はめ殺しの固定窓になっていた。男達は勝手口に回る、そこは家庭的な調
理場があり、食堂もかねていた。ここを押さえるのは男達にとって重要だった。まずは食
料がある、それにいくら相手が少女たちだけとはいえ、ここには包丁などの刃物もあるか
らだ。
 男達は音を忍ばせて中へ入った。
「おい、思ったより食料があるじゃないか」中に入り冷蔵庫をのぞいた耕太がはしゃいだ。
そのとき、足音がちかずいてきた。
「かくれろ」
男達は、食堂の入り口に身を潜ませた。入ってくるののがいればすぐにでも取り押さえら
れるようにだ。
「あ〜っかったるいなあ」
高坂美春はメンバーの中ではあまり今回の話に乗り気ではなかった。本人の希望は芸能界
であり、厳しいバレエのレッスンには辟易していた。学院では、専用の校章の入った藤色
のレオタードを着ることを義務づけられているが、美春はピンク色のカットもきつめのレ
オタードを着ていた。全ての面で他のメンバーより浮いている存在だったがもともと才能
があるためか、全てが黙認されていたのである。
 今回も小休憩に入ったので、トイレに行くといってレッスン場を出たのだ。
「のどが渇いちゃった・・・」
食堂の前まで来ると急にのどの渇きを覚えた。たしか、スポーツドリンクがあったはず。
そう自分で相づちを打ち、音を忍ばせて食堂へと入っていった。
 それが地獄への入り口とも知らずに。

次のページへ MENUへ