大和古伝、桜花姫ヨシノの物語

ムーンライズ


(15) 麗しの姫君よ、永遠に咲き誇れ・・・

 人々の喜びが極まる今、春の宴は盛大に開催されたのだった。
 侍女や巫女達が雅楽を奏でる中、祭壇で桜花の舞を踊るヨシノ姫。
 その麗しき姫君から桜色の光が放たれ、大和の国中に桜の開花をもたらした。
 咲き誇る桜花は、山に野原に咲き誇る。
 そして・・・全ての者に桜色の幸せを与えたのであった・・・

 桜の開花は、スサノオの住まう出雲の国にももたらされた。 
 出雲の国の小高い丘の上で、桜を愛でるスサノオの姿があった。
 高天ヶ原で輝く桜色の光を見つめ、感慨深げにスサノオは呟く。
 「苦労した甲斐があったぜ。これで無事、大和に春が訪れたってわけだ。」
 そのスサノオの顔は疲れでやつれている。一年の間、不眠不休で癒しと治療に力を費やしたためだ。
 だが彼の眼は大役をやり遂げた充実感に満たされており、傍らの優しき女性が労をねぎらうべく声をかけてきた。
 「お勤めご苦労さまですわスサノオさま。あなたのご活躍によって大和に喜びが取り戻されたのですわよ。」
 この優しい笑顔の女性こそ、スサノオの最愛の妻、クシナダ姫であった。
 かつてクシナダ姫は、八つ首の大蛇ヤマタノオロチに姉妹達を奪われ、自身も最後の生贄にされようとしていた。
 絶望に苛まれていたクシナダ姫を救ったのが、高天ヶ原を追放されていたスサノオだったのだ。
 クシナダ姫は、荒々しい闘神の中に優しさを見出し、恩人であるスサノオに身も心も全て捧げた。
 乱暴者のスサノオを、姉以外で受け入れてくれた者はクシナダ姫が初めてであった。
 クシナダ姫は逞しい闘神によって絶望から救われ、スサノオは優しき姫君によって悲しみから救われた・・・
 2人は恋に落ち、睦み合い、そして夫婦の契りを交わしたのだった。
 ヨシノ姫達の救済において、妻であるクシナダ姫の内助の功があったのは言うまでもない。
 スサノオは、自分とヨシノ姫達に慈愛をもって尽くしてくれた妻に感謝を述べた。
 「クシナダ・・・ヨシノ姫達の救済は、お前の助けがなけりゃ絶対にできなかった事だ。ありがとうよ。」
 顔を紅くして呟く夫に、クシナダ姫は微笑みながら酒の酌をした。
 「まあ、スサノオさまともあろう方が、そんな水臭い事を仰ってはいけませんわ。夫を手助けするのは妻として当然の事ですから。」
 杯の酒を軽く呑んだスサノオも、屈託ない笑顔を浮かべている。スサノオ夫妻の見つめる先には、小さくて可愛い女の子が明るくはしゃいでいた。
 「わーいっ♪父さま〜、母さま〜、桜のお花がいっぱーい。すごくきれーい♪」
 「おぉい、そんなに走ったら転んじまうぞ〜。」
 「はーい♪」
 とっても元気でお転婆な女の子は、スサノオとクシナダ姫の愛の結晶である愛娘のスセリ姫だった。
 母クシナダ姫の美しさと、父スサノオの勇猛さ(!?)を受け継ぐおてんば姫・・・
 彼女は、後に夫となる大国主命(オオクニヌシノミコト)との破天荒な愛劇の物語を彩る姫君として、大和の伝説で語られる事となる。
 スサノオは、はしゃぐスセリ姫を見つめながら寂しそうに呟いた。
 「今ごろ、ヨシノ姫達も姉貴と一緒にはしゃいでるンだろうなあ・・・」
 そんな気持ちを察したクシナダ姫は、クスッと笑いながら夫に寄り添う。
 「今なら、アマテラスさまも神々もスサノオさまを歓迎してくださいますわよ。高天ヶ原へ出向かれてもよろしいのに。」
 「いや・・・行っても迷惑かけちまうだけだし、俺なんか出る幕じゃねえさ。俺はお前とスセリと花見ができりゃ、それで満足さ。」
 哀愁漂う夫の横顔を、クシナダ姫は切ない想いで見つめる。
 まだスサノオは、神々に、姉神アマテラスに許されていないのだろうか・・・?
 夫の罪が償われる事、それがクシナダ姫の願いでもあった。
 ヨシノ姫達を送り出してから、高天ヶ原より何の返答も無い。願いは叶わないのか・・・とあきらめかけていた、その時である。

 ーーーシャン・・・シャン・・・シャン・・・

 スサノオ達の前に、桜色の光と共に桜花姫が現れたのだった!!
 壮麗な雅楽を奏でる侍女や巫女達と共に現れたヨシノ姫が、恭しくスサノオ夫婦に一礼した。
 「スサノオさま、クシナダさま。これより桜花の舞を御二方に披露いたしますわ。」
 驚いたスサノオはキョトンとした顔で尋ねる。
 「おいおい、お前達は高天ヶ原で桜花の舞を踊ってるンじゃなかったのか?」
 「はい、高天ヶ原での舞は終わりまして、スサノオさまにも舞を披露なさいとアマテラスさまが仰いましたの。今頃スサノオさまは寂しくお酒呑んでるだろうからって。」
 「やれやれ、姉貴も余計な気をつかってくれるよ、まったく・・・」
 呆れるスサノオだったが、姉の気使いは何よりもうれしかった。ゆっくり腰を据えてヨシノ姫の舞を鑑賞する事にした。
 雅楽の鳴り響く中、ヨシノ姫は可憐に舞踊る・・・
 その優しさあふれる笑顔は、全ての者を幸せにする・・・
 そして、憂いていたスサノオは、桜花姫の舞に奇跡を見た!!
 「あ・・・あれは・・・まさかっ!?」
 驚愕したスサノオが、杯を落してヨシノ姫を凝視する。ヨシノ姫の顔に、かつてスサノオの過ちで命を落とした侍女の顔が浮かんでいたのだ。
 その喜びと幸せあふれる笑顔・・・それには闘神への怒りも憎しみも全くない。侍女は、ヨシノ姫の身体を借りてスサノオに語りかける。
 (・・・スサノオさま・・・あなたの罪は償われました・・・ありがとう、女の子達を救ってくれて・・・)
 そして幻のように侍女は消え、元のヨシノ姫に戻った。舞を終えたヨシノ姫は、愛と優しさを込めて礼をする。
 闘神を苛んでいた深き罪は消え果て、全ては報われたのだった・・・
 「あ・・・あはは・・・俺・・・許してもらえたのか・・・」
 闘神スサノオは泣いた、罪を許された事に・・・そして全てが報われた事に・・・
 夫の喜ぶ姿に、クシナダ姫も感涙を流して喜ぶ。
 「・・・よかったですわ・・・これで、スサノオさまの悲しみはなくなりましたわ。」
 「ああ、よかった・・・ほんとによかった・・・」
 抱きあうスサノオ夫妻を見ていたヨシノ姫は、眼を潤ませて呟いた。
 「スサノオさま、これで全てが償われたのですね。」
 喜びは侍女や巫女達も同じだった。皆、スサノオの献身的救済によって救われていたからだ。
 そんなヨシノ姫の前に、可愛いお転婆姫さまが駆け寄ってくる。
 「ヨシノ姉さまぁ〜、一緒に踊りましょう♪」
 「まあ、スセリちゃん。踊りましょうね。」
 手を取り合って踊る2人の姫君・・・それは微笑ましく愛らしい。
 クシナダ姫もスサノオの手を取り、姫君達の舞に加わる。でも闘神に舞は(無理かも)しれない。
 「ささ、スサノオさまもご一緒に。はい♪」
 「いや、あのお〜、お、俺、舞なんてできねえってば。」
 ぎこちなく踊るスサノオも嬉しそうだ。
 ヨシノ姫は、春の良き日を麗しの舞で飾る。
 「桜の花よ、桜花姫ヨシノの名において命じます。人々に幸せをもたらしたまえ。」
 こうして出雲の国は、春の幸せに包まれるのであった・・・

 その後、闘神として恐れられていたスサノオは、多くの人々に尊敬される偉大な神となり、大和の国を悪から守り続けたのであった。
 そして・・・桜花姫ヨシノは、春を司る姫君として人々を魅了し続けた。
 桜花姫の舞は一年に一度、桜花咲く最も華やかな季節に披露される。開花の時は僅か10日間であるが、桜の花は盛大に、そして可憐に咲き誇る。
 ヨシノ姫は控えめな性格であったため、大いなる活躍があったにも関わらず、大和の伝説の中に名を残してはいない。
 ただ・・・大和の国の山深き地に(吉野)と呼ばれる桜の聖地がある。
 吉野の名が、麗しき桜花の姫君の名に由来している・・・のかは定かでない。
 今でも、桜の花は多くの人々に幸せを与え続ける。
 心静かに桜花を見れば、その姿を見ることができるだろう。美しく可憐な姫君の姿を・・・
 その姫君の名は・・・桜花姫ヨシノ・・・

 大和古伝、桜花姫ヨシノの物語
 お・わ・り♪


 ※(ヨシノ姫とアマノウズメの外伝が・・・あるかも?)



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