大和古伝、桜花姫ヨシノの物語

ムーンライズ


(12) 太陽の女神と闘神、姉弟神の心が繋がる時・・・

 やがて、闘神来るとの情報はアマテラスの耳にも入る事となった。
 ヨシノ姫救出に奔走するアマテラスの元に、老臣のオモイカネが大慌てで駆け込んでくる。
 「あ、アマテラスさまっ。一大事にございます〜っ。す、スサノオさまが高天ヶ原に来られましたぞっ。」
 その言葉に驚愕したアマテラスは、困惑の表情を浮かべて呟く。
 「なんですって!?どうしてスサノオが・・・こんな時に・・・」
 「それが、スサノオさまは禍神どもを残らず倒し、ヨシノ姫と侍女達を助けられたそうで。でもって、アマテラスさまと直々にお話がしたいと神宮に向っておられますじゃ。」
 「それは誠ですかっ、ヨシノ姫・・・スサノオ・・・」
 オモイカネの言葉は、アマテラスに喜びと困惑の両方をもたらした。
 ヨシノ姫救出は喜ぶべき事だ。しかし、救出した者がスサノオであるとなれば、アマテラスにとって由々しき事なのだ・・・
 アマテラスとスサノオ・・・2人の姉弟神の間にある確執・・・それがアマテラスの心を悩ませている。
 顔を曇らせるアマテラスに、オモイカネは配慮をもって尋ねる。
 「スサノオさまがヨシノ姫を助けたとの事は宜しいのですが・・・直接の話し合いは避けた方が懸命かと。いま高天ヶ原は混迷の極みでございます。要らぬ騒動があってはなりませぬゆえ・・・」
 最高神に気を使っての事だが、アマテラスはオモイカネの申し出を拒否した。
 「それはなりませんわ。スサノオは出入り禁止を破ってまでわらわに会おうとしているのです。追い返すような真似をすれば、余計に話が拗れましょうぞ。」
 アマテラスの言葉が終わるや否や、神宮の外でざわめきが起こった。
 神宮内に緊張が走る・・・スサノオがすぐ近くまで来たのだっ。
 堂々と歩み来る最強の闘神を前にして、神宮を護る衛兵が震えながら入場を拒んだ。
 「あ、あの・・・こ、これより先は何人も立ち入る事は許されて、お、おりませんので・・・ど、どうかお引き取りを・・・」
 そんな衛兵に構わず、スサノオは尚も歩んで来る。
 「姉貴と話がしてぇ、そこ退きな。」
 「いや、しかし、その・・・」
 「退けってンだよっ、ブチのめされてぇかっ。」
 凄まじい眼光で睨まれ、悲鳴を上げて逃げ出す衛兵達。
 そしてスサノオは、ヨシノ姫を抱き抱えながら悠然と屋敷の中に入って行った。
 神々が恐れ戦きながら見守る中、スサノオはドッカリと床に腰を下ろし、姉神に向って挨拶した。
 「よお姉貴、久しぶりじゃねえか。禍神どもに襲撃されたって聞いて心配したけど、姉貴が無事でなによりだぜ。」
 弟神の不作法な挨拶に、アマテラスは険しい表情で応えた。
 「相変わらずですわねスサノオ。今日は何の用で来ましたの?そなたには高天ヶ原の出入りを禁じたはずですが。」
 口調は穏やかだが、言葉は辛辣である。アマテラスの心境が穏やかでない証拠だ。
 「せっかく可愛い弟が見舞いに来たんだ、そんなに堅い事言うなよ。手ぶらじゃなンだから、土産も持ってきたぜ。」
 そう言うなり、腰に下げていた剣をアマテラスに投げ渡す。それは先程、禍神の戦闘魔獣を倒した剣であった。
 訝しげに剣を手にしたアマテラスが、驚愕の表情を浮かべた。
 「こ、これはっ・・・どこでこれをっ。」
 アマテラスの驚きようからして、剣が極めて重大な代物である事がわかる。しかしスサノオは剣に執着など微塵も示さずに説明した。
 「出雲の国で八つ首の大蛇を退治した時、大蛇の尻尾から出てきたのさ。大した剣じゃねえが、姉貴の守護剣くらいにゃなるだろ。受け取ってくれや。」
 アマテラスは暫く黙していたが、険しい表情を崩さずスサノオに言い寄った。
 「剣を献上してわらわの機嫌を直そうとの魂胆ですか?それで・・・わらわがそなたを許すとでも思っているのですかっ。そなたの罪は・・・剣一本で贖えるものではないのですよっ。」
 「もちろんだ、そんなナマクラ1つで姉貴に許してもらえるなんざ思っちゃいねえっ。」
 目を見開いたスサノオは、抱き抱えていたヨシノ姫をアマテラスに見せた。
 聖布の隙間から垣間見えるヨシノ姫の素顔・・・凄まじい陵辱で憔悴した桜花姫を見て、アマテラスは血相を変える。
 「よ、ヨシノ姫っ・・・なんという姿に・・・スサノオッ、ヨシノ姫をわらわに渡しなさいっ!!彼女を治してあげねばっ。」
 駆け寄るアマテラスであったが、スサノオは受け渡しを拒否した。
 「悪いが、いま姉貴にヨシノ姫を渡す事はできねえンだ。」
 「なんですって、どういう意味ですかっ。」
 「ヨシノ姫は姉貴の事が大好きなンだよ。姉貴も女ならわかるだろ、汚された自分の身体を大好きな奴に見られてしまうのが、どれだけ悲しいか・・・ヨシノ姫の気持ち、判ってやってくれ。」
 それは余りにも辛い事実であった。
 ヨシノ姫の身体は聖布で覆われて見えないが、彼女の身体は禍神達によって激しく汚されている。
 女にとって、汚された身体を見られるのは最も悲しい事なのだ・・・
 自分はヨシノ姫を救う事ができないと知ったアマテラスは、苦悩を浮かべてスサノオに尋ねる。
 「では、誰がヨシノ姫を治すと言うのです?この高天ヶ原の神々以外に治せる者などおりませんわ。」
 すると・・・姿勢を正したスサノオが、アマテラスに深々と頭を下げて叫んだ。
 「姉貴・・・一生の頼みだっ・・・この俺に・・・ヨシノ姫と侍女と巫女達の世話をさせてくれっ!!」
 その言葉はアマテラスに・・・そしてその場に居合わせた神々全てに大きな衝撃をもたらした。
 「スサノオさまが・・・頭を下げてる・・・う、うそだろ?」
 無骨で乱暴極まりないスサノオが、心を込めて頭を下げるとは、まさに前代未聞。
 そして、無敵の闘神が、か弱い婦女子の世話を嘆願するなど、天地が逆さになってもありえぬ事であった。
 懸命に頭を下げる弟を、アマテラスは激しく叱責した。
 「戯れ言もたいがいになさいっ!!戦う事しか能のないそなたが、ヨシノ姫の世話など出来よう筈がありませんわっ、身の程をわきまえなさいっ。」
 姉の厳しい言葉は、スサノオにとってどんな責め苦よりも辛いであろう。しかし動ずる事なく想いを訴える。
 「俺に女の世話は無理・・・そンな事は百も承知だ。だがよ、俺はやらなきゃならねえンだっ。それしか俺は姉貴に・・・そして、あの侍女の娘に・・・詫びる事はできねぇンだよっ!!」
 (あの侍女の娘)・・・スサノオが口にした(侍女)とは、今回禍神達にさらわれた侍女の事ではない。
 彼の過去における、重大な経緯に関わっている(侍女)の事だ。
 ただ、それを知るはスサノオとアマテラスの姉弟だけである。
 大和の頂点を治める姉弟神は、無言のまま互いの瞳を見つめ合っていた。
 瞬きすらせず姉を見つめる弟・・・その瞳は純粋で曇り無く、そして強き意志に満ち溢れていた。
 「・・・スサノオ・・・そなたは・・・」
 アマテラスはその瞳の中に、幼き日の弟の姿を垣間見たのであった・・・

 腕白で乱暴で、そのくせ泣き虫で寂しがり屋で、いつも自分を慕ってくれた弟スサノオ・・・
 (・・・おれ、ねーちゃんのことが大好きだぜ。ねーちゃんをイジメる奴がいたら、おれがブッとばしてやるよ♪)
 アマテラスも、キラキラ瞳を輝かせて笑う弟が大好きだった・・・

 あの純朴な瞳は、今も全く変わっていない。
 だが、戦いしか能のない弟に、ヨシノ姫の世話を委ねて良いものかと、アマテラスは激しく迷っていた。
 スサノオがお姫様の看病するのは、巨大な大怪獣が小さな子猫の看病をすると言っているのと同じなのだ。
 できるできない以前の問題である。強大な破壊力を持つ闘神が、僅かでも力の加減を誤れば、姫君の・・・女の子達の仄かな身体は粉微塵に散ってしまうだろう・・・
 それを承知の上で、スサノオはヨシノ姫の看病を願い出たのだ。
 アマテラスは苦悩したが・・・その迷いを打ち消したのは、ヨシノ姫の汚れない願いであった。
 「・・・アマテラスさま・・・どうか・・・私たちの事を、スサノオさまにお任せくださいませ・・・お願いいたします・・・」
 ヨシノ姫は、スサノオを心から信じているのだ。
 根負けしたかのように、アマテラスは口を開いた。
 「わかりました。ではスサノオ、最高神アマテラスとしてそなたに命じます、ヨシノ姫を・・・そして侍女と巫女達を皆、元の汚れ無き姿に戻しなさい。」
 最高神の勅命が闘神に下された。
 スサノオは嬉々とした表情を浮かべ、感謝を述べる。
 「すまねえ姉貴っ、恩にきるぜ。俺の一命にかけても、必ずヨシノ姫達を元に戻してみせるっ。」
 「恩にきる必要はありませんわ、わらわはヨシノ姫の願いを叶えたのですから。」
 辛辣な言葉は変わらないが、その口調には優しさが宿っている。
 スサノオは満足げに頷いた。
 「わかってるよ。じゃあ後の事は任せたぜ姉貴。」
 ヨシノ姫を抱いたスサノオは、破壊された高天ヶ原の復興を姉に託し、神宮を出た・・・




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