『騎士で武士な僕と皇女様』(3)

小さい人間


     
その後、晩餐会やら夜の夜会など忙しなく公務と言っていい行事をすませる。皇族にとっては日常の食事ですら公務なのだ。大勢の衆目に囲まれ、プライベートなどない……。
 そんなウップンを晴らせる唯一のプライベート……深夜。
 高貴な恋人たちは夜会を抜け出し。庭で、厠で、そしてベットの上で行為を行い、思い思いの恋を語らう時間。
 僕は皇女様の専属騎士だ……夜会でもお側を離れるわけにはいかない。これは皇女様に悪い虫を近寄らせないのにも役に立った。
  
 最も、この世界に来た当初は余所者で、しかも行き成り貴族である騎士になった男を、社交の場は認めなかった。
 僕の本当の出自を知っているのは皇女様とその筆頭侍従、その父でもある将軍バトル=ロビン伯爵とアングリア皇国、皇リュール二世のみであった。
 僕の身のふりに関しては、日本での僕の血筋が参考になった。現代日本で平民とは言え、これでも一応武士の子孫だ。つまりこの世界では騎士、貴族の血筋になる。その上、平和な日本の高校では受験で使えないからと相手にもされなかった無駄知識が、ここでは非常に役に立つらしかった。
 
あれから二年の間に結構な業績を上げ。さらに皇女様直伝のアングリア式作法の御蔭で、だいぶこの集まりにも溶け込めるようになった。
 
 何と言っても、先ず苦戦したのがこの国の読み書きの暗記であった。しかし、たったひと月足らずで皇女様の公務を手伝えるまでになったのは不思議としか言えない。
 
この国の現状なども、皇女様と共に視察して回り、現代日本で社会科のみ学年一位だった僕の提案で、灌漑工事や水路建設、高速街道や市内の厠設置、それを利用した農業手法や衛生面での改革など多岐にわたった。
 民への労役をいぶかしむ声が各貴族や他の騎士から上がったが、皇女様の推進の御蔭で実現できた。
 もともと、交易で富を得ていたアングリア皇は貧富格差がひどかった。西洋の中世並の衛生管理や経済知識では、ただ金があるだけで宝の持ち腐れになる。
 町では平然と奴隷市場に美女が並び、しかも生活に困った親が進んで娘を市にやっている現状……皇女様は改革の必要性を強く感じておられた。
そこで"黒髪の騎士"が提案したのはインフレ整備による民間への資本の投下であった。
 その結果、富裕層と中間層が多く生まれ税も同じ比率なのに増大し、需要が増えたためより多くの交易が持たされることになる。
 技術もそれに比例し、その国はより強大になるのである。
 教会を利用した教育制度も整えられた。 たった二年でアングリア皇の国力は四十倍に跳ね上がったのだから、半端じゃない。
 その動きに敏感に反応したのが隣国、マーシア公国とその主家筋で北方に位置する王朝、ヨークであった。
 
 二カ国連名でアングリア皇への経済封鎖を試みたのもそんな時であった。
 生産力が飛躍的に躍進した現在、あまりアングリア皇を苦しめる効果は期待できないが、あからさまな挑戦に黙っていては他国にも侮られることになる。
 そしてそれは、交易の富によって成り立つ国土の狭いアングリア皇にとって絶対に避けなければならない事態……国際的信用の損失を意味する。
 
 アングリア皇は経済封鎖令と同時に両国に対し宣戦布告をした。
 
 傭兵制が中心のメルカトル大陸で、軍事力は総動員数……どれだけの戦力がより早く集められるかが勝負であった。
 マーシア公国は一万、ヨーク朝は大国なので二万〜三万の動員数を誇った。対するアングリア皇国は珍しく、常備軍を保有していた。
 地上軍は陸軍一万五千と近衛軍五千、水兵一万。
 経済分野でいくら成功しても、戦争で負ければすべて灰になる。僕がこの国の騎士として、皇女様の武士として、貴族たちに認められるためには戦争で勝つという実績が必要だった。
 皇女様もすべてを察していたのか、僕に戦うチャンスをくれた。
 僕はこの戦争の作戦参謀長に抜擢されていた。


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