王女戴姦 第5話

隠者


 ルデロ・メルビレン率いる私設傭兵隊「ウロボロス」がアリゾンに入ってから4日
が過ぎた。傭兵達は、兵舎を与えられ、その中で隊長の命令が下るの待ってい
る。
彼らは武装解除する風もなく、食事や入浴も常に交代で済ませていた。
「入城しているウロボロスはルデロ公を含め全部で36人。12人ずつの3班に分
かれて、夜も最低1班が警戒してます。彼らの武器は主として槍で本数からいっ
て36人中32人が槍を装備しています。隊長のルデロ公を始めとする4人が長剣
を獲物としておりますが、ルデロを除く3人はそれぞれ1班を率いている指揮官ク
ラスと推測されます…」
アリゾン王国親衛隊の士官ウーリが、上官であるファーレンハイトに現状を報告し
た。ウーリはメモなどは一切持っていない。全ての情報を自分の頭の中に叩き込
んでいるのだ。彼はこの抜群の記憶力をファーレンハイトに買われ、兵卒から親衛
隊の仕官に抜擢された。齢は既に50を超え、頭に白髪が交じっている。若き親
衛隊長ファーレンハイトとは親子ほどの年の開きがある。
「そうか…」
ルデロの斬撃を受け止めたファーハイトの右手にはまだ少し痛みが残っていた。
(ルデロとウロボロス……つくづく変わった連中だ)
ファーレンハイトは思う。 ルデロが来る前、ファーレンハイトに対し国王ガザンが
「ルデロ公はいきなり斬りかかってくるかもしれんぞ」
と言った時は、「信じられん」と思った。しかし、ルデロは本当に殺気を込めた長剣
を振りかざした。あの時、ファーレンハイトがいなければ、ガザンは殺されなくと
も、
相当の傷を負っていたはずだ。ガザンは冗談で流してしまったが、ルデロとガザン
に、何か通じるものがあるというのか?「殺す」「殺される」というやりとりをあん
な
に簡単に冗談にしてしまえるものだろうか?
 ─戦場の経験は少ないファーレンハイトは「私にはそんなやりとりは出来ない」
と確信している。もし私が国王なら、あの場でルデロを処刑した。王としての存在
を脅かす者は消去する。まして冗談で国王を殺すなど、言語道断。
そう、私が国王なら……あぁ…右手が痛む。
そして、その隊長の部下たちは「客」として王国のもてなしを受けているのにもか
かわらず、「警戒」しているという。何を警戒しているのだ?奴等は一瞬足りとも気
を緩めることはないのだろうか?ルデロを含め、ウロボロスの連中に安息の地は
ないのか?大陸最強の傭兵という称号の代償は、実に鋭く、そして脆く、危うい
・…。

「…それと王妃様のことなのですが」
ウーリの報告には続きがあった。ファーレンハイトは時々物思いにふける癖がある。
それを承知しているウーリは息子を見るような目で優しく待つ。「ファーレンハイト
は
武道家というよりも思索家だ」とウーリは思う。体付きもほっそりとし、華奢であ
る。
何より彫刻のような顔立ちである。街中を歩いていたら、詩人か絵描きの類と思わ
れるだろう。
「…あぁ。なんだ?デルフィナ様がどうかしたか?」
ファーレンハイトの眼の焦点が中空から、ウーリに合せられた。そのタイミングを見
計
らい老士官は報告を再開する。
「はい。どうもここ2日ばかり、深夜に王宮からお出かけになっているようです」
「どこへ?」
「分かりません。実はお出かけになっているかどうかも不明です。ただ…」
「ただ何だ?」
「侍女たちが申すには、寝室に鍵をお掛けになり、その後は何度呼んでも返事がな
いそうで。テラスから王妃様が抜け出すのを見た者もおります」
「分からんな?抜け出して何をしてるというのだ」
「申し訳ありません。私どもでは分かりかねます」
確かにウーリでは分からないだろう。王妃、王女の寝室へ通じる回廊は国王を除く
男はまったく出入りができない。そのため、いかに国王を守る親衛隊とはいえ、王
妃、王女の問題となると、侍女たちの話を聞くしかないのだ。情報が曖昧になるのも
仕方がない。
「国王の耳には?」
「いえ何も。連日、ルデロ公と宴を繰り返し、泥酔されておりますので、政務自体が
滞っていると大臣たちがボヤいております」
「よし。国王には私の方で情報を収集した後にご報告申し上げる。お前たちはルデ
ロ公とウロボロスの監視を怠るな」
「分かりました」
ウーリは軽く敬礼をし、部屋を出ていった。

 王妃デルフィナの不審な行動は、これまでに一度もなかったことだ。
(ルデロ…ウロボロス…王妃…何かが動いているのか?)
判断するにも情報が少なすぎる。
(あいつを使うか…)
ファーレンハイトが指を鳴らす。すると、石造の天井の隙間から人影が現れ、音も無
く大理石の床に着地した。
「お呼びでしょうか。ファーレンハイト様」
跪いた影は薄手の黒衣を密着させるように纏っている。いかに布を纏っているとは
いえ、フォルムの滑らかさや胸の膨らみは隠しようがない。影は女だ。無駄な肉が
削ぎ落とされ、理想的な体のラインを強調するような黒衣のいでたちは却って艶め
かしくもみえる。
「あぁ。話は聞いていたな。本意ではないが、デルフィナ様を探れ」
「承知いたしました」
「気を付けろよ。シュレイ。奴が絡んでいるかもしれん」
「はい。では」
ファーレンハイトはこの時、はっきりとルデロことを「奴」といった。信頼している
ウーリの前ですら「ルデロ公」と呼んでいたことを考えると、シュレイという女性と
ファーレン
ハイトの間には、強固な信用関係が成り立っているのだろう。
シュレイと呼ばれた影は跪いたままの格好で、再び天井の隙間に消えた。



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