王女戴姦 第一話・1

隠者


ランデバルト大陸の西方、アイゼリアの地に立つアリゾン王国デルクローゼ城─。
城の背に「アイゼリアの泪」と呼ばれるレルン湖を抱えるデルクローゼ城は、初老の国王ガザンが護る、調和のとれた美しい城である。
湖面に映える白亜の城とともに、アリゾンの民が誇らしげに語ってやまないのが、ガザンの愛娘リリア王女と、その継母にあたる若き王妃デルフィナであった。
 リリア王女は今年で17歳を迎える。ガザンがもう60に手が届くほどであるから、その愛情たるや、実にたっぷりと注がれ、彼女はその美しさと相俟って、誰からも慕われる心の穏かな少女として成長してきた。
リリアの美しさには蔭がない。流れるような亜麻色の髪、大きな双眸、すうっと通った鼻筋。きゅっと結ばれた桃色の唇に王家の威厳と気高い気品が感じられるものの、決して厭味はない。王女という位よりもリリア自身の魅力に惹かれる者も多く、昨年、開かれた舞踏会では、リリアの心を射止めようと、実に50を超える貴族の子弟がアリゾンはおろかランデルハルド大陸中から集まり、デルクローゼ城は大変な賑わいとなった。
 一方、王妃デルフィナもまた美しい女性である。彼女はリリアの本当の母親ではない。リリアの母メリル王妃はもともと病気がちな体質もあり、リリア出産直後に死亡していた。デルフィナ自身は元々、アリゾンの隣国ミスエバで、宮廷付きのハープ演奏者として活躍していたのをガザンが「是非に」と招聘したのである。当時でまだ20を少し越したばかりの若さ、才気溢れる知的さに加え、男好きのする魅惑的な顔立ちをしていたことで、ガザンとデルフィナは3年前、とうとう肉体関係を持ってしまった。周囲の反対の声も多かったが結局、ガザンは「けじめ」としてデルフィナを後妻に迎えていた。元々は貴族の出身といわれ、高等教育を受けていたデルフィナは宮廷生活にもすぐになじみ、立派に王妃の役目を果たしていた。
   今日もまたデルクローゼ城にデルフィナの奏でる美しい調べが響き渡る─。
「デルフィナ。いつになく澄み通った音色だな」
王の間の長椅子にゆったりと身を横たえたガザンは、傍らでハープをつま弾くデルフィナに話し掛けた。
「そうでしょうか?」
デルフィナの軽やかで繊細な指先は止まることがない。
「あぁ。何か嬉しいことでもあるのか」
ガザンの目は王妃の指から透き通るような二の腕、大きく開いた胸元へと移動する。
それに気付いたデルフィナは、わざと前に屈むようにし、胸の奥を覗かせるように弦を弾いた。ガザンはこの若き王妃の肉体の虜だ。夜な夜なガザンの十指によって艶めかしい痴態を描くデルフィナからは、妖しい牝の匂いが漂うようであった。
「今日、兄が、来ますから」
「おぉ。そうだったな。何年ぶりの再会だ?」
「私がアリゾンに招かれる直前にあったのが最後ですから、ちょうど4年になります」
「そんなになるか…。うむ。それは確かに嬉しいだろう」
「ええ。兄を招いて頂き、ありがとうございます」
「いやいや。ルデロ公とは一度会わねばと思っていたからな」
─デルフィナの兄ルデロ・メルビレンは傭兵として、数々の戦績をたてており、ランデバルドでは名の知られた存在である。「無慈悲無道の殺戮者」とも噂されるが、ガザンも若いころは「アリゾンの鷹」と怖れられた軍人であり、戦争とは理屈や正義で語れないことを十分知っていた。私設の傭兵隊を率いランデバルド大陸中を東奔西走するルデロには、かねてより興味の湧く対象だった。だが、ルデロとデルフィナが兄妹であるというのはつい最近になってデルフィナの口から知ったことである。「それならば」とガザンはルデロに書簡を送り、アリゾン国へ招いたのだった。
  「昼過ぎには到着するそうだ。もうハープはいいから準備しなさい」
デルフィナはにっこりと微笑むと「はい」と返事をして、指を止めた。この時、デルフィナは何かを思い出したように、ふっと哀気な表情を浮かべた。ガザン自身は単に肉親との再会を喜ぶ光景にしか見えなかったが、ルデロ・メルビレンの来訪は、デルクローゼの 城に悲劇をもたらすことを予告しているかのようであった。

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