淫曝 第4話

隠者


 馬小屋に戻った女は、ドレスを隠してあるワラ山に近づこうとし
た瞬間、男たちの野太い話声を耳にした。馬飼いたちだろうか。

「よぉ。なんでこんなワラ山ン中に女モンの服あんだよ」
「知るかって。ん、えらく手の込んだ仕立てだな」

 会話の内容に女は心臓が止まりそうなほどの衝撃を受けた。「ド
レスが見つけられた!」ドレスがなくては銀仮面を外すことはでき
ない。銀仮面を付けた裸体のままでも城に入ることができない。女
を「王女」と証明するものは「顔」。だがその顔には銀仮面が鈍く
輝き、裸体である以上、仮面を外すことはできない。どうすれば?
どうすればいいの?

「古着屋に売っても結構な値段になりそうだぜ」

(だめ!そんな事をしてはだめ)女は叫びたい気持ちを押さえ、対
処を考えた。早くしなくては男たちは女のドレスを売りにいってし
まう。「そうだわ」。女は慌てた自分を愚かしく思ってしまった。
「私は今仮面を付けている。つまり、この美しき肉体を取り引きに
使えばいいのよ」―女の最悪への一歩だった。

「私のドレスなの。返して下さらない?」

 女は馬飼いたちの前に姿を晒すと、相談するように話しかけた。
だが、馬飼いたちの顔をみて、女は後悔した。一人の馬飼いの顔は
あまりに下賤な風貌の上、顔中の至る処に潰瘍ができている。かゆ
いのか、彼はずっと顔を掻いており、ぶちゅぶちゅ黄色い液体が指
先を汚していた。もう一人も顔中に切り傷のある丸坊主で、目玉だ
けがぎょろぎょろと動き回っており、二人ともまっとうな性格を宿
しているとは思えなかったのだ。

「ほほぉう、あんた素っ裸じゃねぇか!しかも仮面!ぎゃは」

潰瘍の馬飼いが狂喜の笑顔を浮かべた。べろりと唇を舐める仕草が
あまりに露骨だ。女は仮面の下で嫌悪の表情を浮かべていた。(う
まく話を持って行かなくては。できれば、この男たちには犯された
くない)―どこか、危険な感じがするのだ。

「返すったってよ、この服がお前さんのだって証明できるか?」
「そ、それは…」
─できない。この格好で「王女」と名乗ることはできない。

「じゃぁ駄目だなぁ」

丸坊主が目玉をこぼれ落ちそうなほど引ん剥きながら喋る。馬飼い
たちにドレスを渡してくれそうな気配はなかった。女は下唇を噛み
拳をぎゅと握ると、覚悟を決めた。(ドレスを取り戻すためよ)と
自分に言い聞かせる。

「ドレスを返して下さるなら…私を好きにしていいわ」
   
「ほんとかぁ!?」

「ベロベロして、ぬちゅぬちゅってして、よがり泣かすぞ!!」

「……いいわ。その代わりドレスは返し…」

 女の言葉が終わらないうちに、潰瘍の馬飼いが素早く女の手に荒
縄を縛り付け、縄の一端を天井の滑車に掛けた。丸坊主はもう一端
を馬房を仕切る杭に結びつけた。二人とも息の合った電光石火の早
業だった。
 あっという間に、女は両手を頭上に掲げられ、足は爪先立ちとい
う不安定な格好で吊られた。かかとを降ろそうとすれば、手首の荒
縄が締め付けられ、悲鳴を上げたくなるほどの激痛が走る。―美し
き肉体を拘束するには、あまりに残酷で惨いやり方だった。
 
「いたたっ…」

 ぎしぎしと縄がきしむ。馬飼いたちは吊られた美体が苦悶する様
子をにたにたと眺めている。

「しっかしよ。こんな綺麗な身体になんで仮面被ってんだぁ?」

「ゲヘ、決まってんじゃん。醜い醜いブサイク顔なんだよ」

「み、醜いなど、無礼な!」

醜い―。王女としてのプライドがぐりりとえぐられたのだ。

「おい、『無礼な』なんて、随分と気位が高いなぁ」

「このドレスと、その言葉使い…。おまえひょっとして」

丸坊主がそういって、ごつごつとした手を銀仮面に伸ばした。

「やめて!」

拘束されている女の叫びは無意味だった。丸坊主の手は銀仮面の端
を掴むと、一気に仮面を取り去った。女は瞳をきつく閉じ、正体を
暴かれる恐怖に耐えた。だが、ほほをなぞる冷たい外気は女の心を
鉄ヤスリのごとく残酷に削っていく。

「ほへへへ!?」

「あんたは…」

銀仮面の下の素顔に、馬飼いたちは驚き、目玉を大きく見開いた。
柔らかな髪から額を抜けて、すうぅっと通った鼻筋、戦慄に震える
可憐な唇…。いつも高台のテラスから民草を見下ろしている大きな
瞳は長い睫の奧で、現実を拒絶しようとしている。
 
「王女さまだったとはな」

「戯れで、汚れる自分に酔ってみたいってやつか?」

「違うわっ!!」

全裸の王女の瞳がかっと開いた。

「本当の自分の価値を知りたかったのよ!」

「…価値ぃ?」

「…なるほどねぇ。王女であれば、貴族たちは黙っていても群がって
くる。だけどそれでは裸の自分の価値が分からないってか…」

潰瘍の馬飼いが呟くように、王女の心理を突く。

「…それだけ。それだけなの。お願いもう帰して」

王女と暴かれた女の口調は弱かった。だが、その表情には凛とした
気品が感じられ、王女に無道な事をすればどういう王家によって報
復が馬飼いにとられるか―その恐怖で馬飼いたちを怯えさせること
にも期待している風にも見える。 

「俺らぁよ。しがない馬飼いだからよ。王女様を抱くなんて畏れ多
いぜ。なぁ」

「そうだよなぁ。俺らが王女様に悪戯なんて、できやしねぇ」

だが、言葉とは裏腹に馬飼いたちの顔は淫猥に歪んでいる。なにか
危険なことを考えているのだ。下品な笑みを満面に浮かべた馬飼い
たちは、どうしたことか、王女を縛り付けた荒縄をぷつりと切る。

「身体の価値を確かめたいならよ。下賤の俺らより、もっと相応し
い人がいるだろうがな」

「そうよな。確かに」

「な、なにそれ…どういうこと?」

ワラ山の上に、裸体を投げだした王女は、馬飼いたちの不気味な思
考についていけず、ただ手首に残る無残な縄の痕をなでるばかりだ
った。 

(つづく)
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