鞭と髑髏
Peitsche und Totenkopf /隷姫姦禁指令

Female Trouble


第6章・暗黒の隘路(上) Der schmale Weg der Schwaerzung(3)

 城内の、日の当たる空間でしか生活したことのなかったクラリス姫にとって、ラナに導
かれて進む居城はまるで異世界だった。
 湖中に孤立する巨砦であるこの城は、何重もの多層構造になっていた。豪勢な近世の装
飾に彩られた内装の壁一枚向こうは、無骨な中世の石室や回廊が潜んでいる。逆に、質素
な古いたたずまいの床の下には、近代的なインフラがさりげなく埋設されてもいるのだっ
た。その全貌を熟知する者は、おそらく一人もいないだろう。
 まだ見習いだったラナが脱出に使える通路を知っていたのも、虫の知らせで危機の到来
を予感した先輩侍女が秘かに教えていたからだった。

 地下の階段を上がると、先導するラナは途中で隠し扉を開け、今の城内には誰も知る者
のない石畳の通路に入り込んだ。人が一人通るのがやっとの通路は、おそらく中世に兵士
を城壁沿いに配置するためのものだったのだろう。
 照明どころか明かりとりの窓一つ無い通路では、ラナの持ってきたランプが唯一の頼り
だった。人の通りも絶えてなかった無骨な石畳はひんやりと冷たく、ところどころ埃が積
もり、小動物や虫の死骸が落ちてはいたが、概して無機質で清浄な空間だった。

 闇の中を探りながら、二人の全裸の少女たちは不安を抱えながらも歩を進めた。何度か
正体のわからないものを素足で踏んづけたりもしたが、気にしてはいられなかった。

「ラナちゃん、どこかで服を探せないかしら?」
 非常時であることはわかっているが、クラリスはそう頼まずにはいられなかった。自分
が公女であることを埒外にしても、また、よしんば脱出に成功するかどうかもわからない
とは言え、このまま素っ裸でいるのはさすがにつらかったのだ。

 だが、ラナは言った。
「もうしわけありません、姫さま…」
 ラナも公女を裸のままでいさせることになったことを悔やんだ。だが、ひとけが極端に
少なくなった城内は、ほとんどの部屋が施錠され、ラナも勝手に入れる場所はなかった。
服どころか、リネン室すら入れず、シーツも手に入れられなかった。

 しばらく隠し通路は上に向かってあがっていたが、まもなく下に向かって降りていく方
が多くなった。訝しく思い始めたクラリスを、ラナが小さな扉に案内した。
 扉を開くと、そこには公女の想像もしなかった城の構造が広がっていた。ガタンガタン
ガタン…と巨大なからくりが轟音をたてて動いていた。城の上層はるかまで続く縦穴から、
底も見えない奈落にまで、縦になった円形のトンネルが連なった中を、4本の頑丈な鋼鉄
のケーブルが走っていた。
 轟音に思わず耳を塞ぎながら、クラリスはラナの掲げる灯りを頼りにあたりを見回した。
縦穴は直径が10メートルほどあり、壁は全て石造りだった。ケーブルはその中央にまっ
すぐ縦に張られ、4本のうち2本は上に、2本は下に向かって動いていた。
 そして、その2本のケーブルにはかなりの間隔をあけて、大きなバスタブほどのこれも
鋼鉄製のバケットが付けられていた。上に向かうケーブルのバケットには満々と水が満ち
ており、下に向かうバケットは逆さまになっていた。

「お城のうえにまで、みずうみの水をはこぶしかけです」
 ラナが説明した。
「ここは、しかけが壊れたときに、修理するための足場だそうです。わたしもここに来た
のは初めてですけど…」

 確かに、ケーブルと壁の間は数メートルもの距離があるが、ちょうどバケットの上下を
妨げない位置に、細い足場が鳥のくちばしのように伸びている。

「姫さま、このしかけに乗っていけば、お城のいちばん上にまで行けるんです」
 そう言ってランプを床に置き、ラナはクラリスを促すように見あげた。
 公女も事情を悟った。なるほど、今まで考えたこともなかったが、城の中庭にある噴水
も、こうして汲み上げられていたということが初めてわかった。この水汲みのバケットに
身を潜めていけば、あそこまで行くことができるわけである。

「わかりました、参りましょう」
 クラリスはこの忠実な幼い侍女の手をしっかり握った。そして、下からゴトゴトと上が
ってくるバケットを見下ろした。目も眩むような高さに、そしてぎりぎり二人が入れるか
という程度のバケットの大きさに、さすがに足元が震えたが、そんなことも言っていられ
ない。幸い、水をたっぷり汲んだバケットの上昇速度はゆっくりしたもので、乗り移るタ
イミングははかりやすかった。

 クラリス姫とラナは片手をつなぎ、足場の先端に並んだ。そして、下から上がってくる
バケットが迫ってくるのを待ち受け、その中に向かって身を躍らせた。
 1、2メートル強の落下で、二人の少女はドボンっっと大きな水しぶきを上げてバケッ
トの中に飛び込んだ。勢いでバケットが大きく揺れ、ケーブルが切れるかと思うほどにギ
シギシと軋んだ。飛び込んだ二人は、はずみで転落しないように、水の中に潜るようにし
て身を屈め、揺れが収まるのを待った。

 幸い、ケーブルが切れることもバケットがひっくり返ることもなく、間もなく揺れは収
まり、上昇していく仕掛けの振動が水の中にも伝わった。公女と侍女は、やっと水の中か
ら顔を出し、ギリギリ上がっていくケーブルを見あげてほっと安堵した。

「いちばん上に、この水をひっくり返してためておく水そうがあるんだそうです。水はそ
こからポンプと水道管であちこちに送ってるって言われました」
 ラナが説明した。
「そこの水そうに飛び込めば、中庭はすぐそばなんです」

 その説明にクラリスは頷いた。だが、その先は…。

 刻一刻と揺れながら上昇するバケットに、二人とも不安げに上を見やった。スピードが
ゆっくりなので、果たしていつ最上部に着くのかも見当がつかない。飛び込むためにラン
プを置いてきてしまったので、灯りは何もなく、振り仰いだ上も何も見えなかった。

 さらに、初夏の雪融け水で増水した湖の水は、身を切るように冷たい。全裸の二人には
拷問だったが、考えてみれば服を着ていたところで同じ事だろう。二人はバケットの底に
お尻をつけ、膝を抱え、顔だけ水面に出した体勢で身を縮めたが、身体の震えは増すばか
りだった。

「ラナちゃん、こっちに来て」
 クラリスが声をかけた。

「…は、はい」
 声を頼りに、少女は公女に近づいた。尊い姫君としてクラリスを敬愛していたラナは、
どうしても遠慮してしまう。さっき飛び込むときに公女が手を握ってくれたことさえ、畏
れ多く思ってしまっていた。

「こうすると、少しは温かいと思うわ」
 そう言って、クラリスはラナを抱き寄せて、全身の肌を密着させた。
 想像もしていなかった厚遇を受け、ラナは息を呑んで身をこわばらせてしまった。だが、
クラリスの柔らかな肌と、ふっくらと豊かな乳房に顔を埋めるうちに、心臓の鼓動が早く
なり、全身が火照ってくるのがわかった。
 クラリスも、幼い少女の小さな身体を抱きしめ、その肩を撫でながら、暖かな気持ちに
癒されていた。

 二人を乗せたバケットは、やがて最上部に近づいていた。幸運なことに、明かりとりの
窓か何かがあるらしく、真上にかすかに光が見えた。冷たい水に全身がかじかんでしまっ
ていたが、一歩間違えたら奈落の底に真っ逆さまに転落しかねない。ラナもクラリスも闇
に目を凝らし、バケットが汲んだ水を貯める水槽に飛び込む瞬間を待った。

 突然、二人の乗ったバケットが大きく傾いだ。はっと悟った二人が、その方向に向かっ
てドンッとバケットの底を蹴り、かすかに闇に浮かぶ水面に向かって跳んだ。
 ケーブルを走らせる天井の滑車を越えると、バケットは一気に逆さになって、中の水を
一気にぶちませた。その水を受けとめる水槽に、水と、そして二人の美しい脱走者が転が
り落ちた。逆さまのバケットは何事もなかったようにゴトゴトと下に降りていった。

 大きなプールのような水槽は、ラナには足が届かないほど深かった。上下感覚を失って
溺れそうになったラナは、ふと脳裏に昨日の水責めの拷問を思い出して死を覚悟したが、
すぐにその手を掴む者があった。クラリスがラナを引き上げ、そして二人は奥の水べりか
らようやく上がることができた。

「だいじょうぶ、ラナちゃん?」
 クラリスがそっと声をかけた。

「はい、平気です」
 ラナは気丈に振るまい、笑顔を見せた。


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