鞭と髑髏
Peitsche und Totenkopf /隷姫姦禁指令

Female Trouble

4・無情な劫罰 Die Gnadenlose Bestrafung(後)

 ようやく拘束を外されたものの、力を失った四肢をだらりとさせたまま、クラリスの身
体はどさりっ、と石畳に崩れ落ちた。鞭と蝋燭で全身をくまなくいたぶり尽くされた無垢
だった公女の裸身は、今や乗馬鞭のミミズ腫れと、そして熱蝋による低温火傷とで、赤黒
く斑に染まっていた。
 無意識に自らを殺し、無機物となって、この責め苦を忍ぼうとするクラリス姫は、しか
しなおも幼くも艶めかしい少女の青い肉体を否応もなく晒している。焦点の定まらないそ
の青い瞳は、虚ろに宙を泳いでいた。繊細な栗色の髪は、ぐっしょりと汗で濡れて練絹の
ように艶めいていた。

 涙にむせぶ声が混じる喘ぎ声は、まるで救いを求める殉教者のように、必死で息を呑み
込もうとしていた。

『…魔女』

 クラリスの脳裏に、その言葉がぽつんと浮かんだ。だが、その言葉が何を指すのかは自
分でも判然としない。この残虐な拷問吏を演じる美貌の女将校への憎しみがその言葉を生
んだのか、それとも、想像もつかなかった拷問をその身に受けた我が身を魔女狩りの犠牲
者になぞらえたのか。いたいけな公女自身にも、わからなかった。

 ふと見ると、ヘルガの姿がなかった。牢の扉も僅かに開いたままで、漆黒の廊下から冷
たい風が流れ込んできている。鍵を開けたままで、ヘルガ少佐はどこかに行ってしまった
らしい。

 一瞬、脱出の機会を公女も考え、目を見開いた。だが、すぐにその目は濁ってしまった。
 この地下牢の扉の向こうに足を踏み出したところで、どこに逃れることができるだろう?
この城は占領され、外部に通じる橋は一本しかない。それに、ここが居城であるとはい
え、クラリス自身ここに幽閉される数日前まで、こんな地下の階層に足を踏み入れたこと
すらなかったのだ。迷宮のような城の地下を、灯りもなくさまよったところで、脱出は不
可能であろう。ましてや、今のクラリスは親衛隊美女の苛酷な責め苦に全身を痛めつけら
れたばかりで、立ち上がることすら覚束なかったのだから。

 再び目を閉じかけたクラリスの耳に、何かが遠くから聞こえてきた。何か、もがいてい
る声のようにも聞こえる。そしてやがて、わずか二日にして聞き慣れてしまった、あのヘ
ルガ少佐の軍靴のヒールの音。
 床に突っ伏したまま、それでも反射的に身を固くしたクラリスが顔を上げたとたん、公
女は信じられないものをそのスカイブルーの瞳に焼き付けてしまった。

 親衛隊高級将校ヘルルーガ・イルムガルト・デア・フォーゲルヴェヒター特務少佐が、
相変わらず眼鏡の底に視線を沈めたまま、その真っ赤な唇に歪んだ笑みを貼り付けて、囚
われの公女を見下ろしていたのは、いつもの出で立ちと大差は無い。だが、その手にして
いたのはあの乗馬鞭でも、さっきまで使っていた深紅の蝋燭でもなかった。
 闇の中に、何かが蹲っていた。その何かが、妙にくぐもった唸り声を漏らしている。
 明らかに生きものであるその「モノ」に繋いでいた革紐が、ヘルガが乗馬鞭の代わりに
手にしていた物だった。それを親衛隊美女はぐっと力を込めて、地下牢の灯りの射す場所
まで引っぱり出したのだった。

 それは、大きな黒犬だった。
 闇に溶けるような黒一色の大型犬は、口枷を嵌められていたために吠えられないように
なっていたが、それでも喉に響くような吠え声が漏れてくるのは、その犬が異常に興奮し
ていたせいだった。目は血走り、耳をピンと立て、短い尻尾を振り、せわしなく脚をジタ
バタさせている。枷の嵌った口元からは、はみ出た犬歯から涎がだらだらと流れ落ちてい
た。そして異様な前傾姿勢をとっていて、今にも襲いかかってきそうな風情である。

 その真っ黒いボクサー犬の姿を見た途端、クラリス姫は思わず叫んでいた。

「…カール!カールっ!!」

 その犬は、公女がまだ幼い頃から大公家に飼われ、クラリス以外の人間には決してなつ
くことの無かった忠犬だった。外見は獰猛だが実際はおとなしく、しかもすでに老犬の域
に入っているはずの大型犬は、しかし今は全く違った姿を見せていた。
 いつもの緩慢な動作とはうってかわり、まるで野生の猛獣のように激しく、荒々しく、
我を忘れたようにのたうっている。
 見なれた愛犬の異様な変容に、クラリスは凄まじい恐怖を覚え、背筋に冷たいものが走
った。

「カールっ、カール、どうしたのっ?!…あなたたち、カールに何をしたのっ!??」

 キッと視線を上げた公女に、老犬は充血した目玉を向け、口枷の隙間から漏れる吠え声
を漏らすばかりである。
「ぐおっ、ぐおおっ、…ぐううおうっ!」

「…帝国軍の新薬実験の被験者になってくれたこの子に、ご褒美をあげようと思ってね」
 ヘルガ少佐が無表情にそう言うと、猛犬の口枷のベルトを外した。滝のように濁った涎
が溢れて床にこぼれ落ちると同時に、凄まじい咆哮が轟き、地下牢の内部に反響した。

「バウッ!バウウッ!!バウバウッ!バウッバウウウウウ!!バウバウバウ!!!!!」

 唾液を撒き散らしながら鋭い犬歯を剥き出しにして、長年守ってきた主に吠えかかる老
犬の変貌ぶりに、クラリスは言葉もなく恐怖に凍りついた。
 公女が幼い頃は精悍だった猛犬ではあったが、近年はすっかり日がな一日寝ていること
が多くなって穏やかになっていた。
 その愛犬が我を忘れ、忠誠を寄せていた飼い主を見分けることもできないほど昂奮して、
野生に返ってしまっている姿は、あまりにも異常としか思えなかった。

「苛酷な戦場では、兵士の抑圧された潜在能力を引き出すために、興奮剤は有効な手段な
のよ」
 放っておけば滅茶苦茶に暴れ出しそうな猛犬を、首紐を引いて制御する親衛隊美女が唇
を歪めて笑う。
「…でも、ちょっと効き目がありすぎたみたいねえ、うふふふふふ…」

 その言葉に、愛犬が薬物を投与されて無理矢理に発情させられていることを、クラリス
は悟った。そして、ヘルガが言った「ご褒美」の意味に気づいたのと、暴れ出しそうな猛
犬の股間に屹立する陽根が公女の視野に入ったのはほぼ同時だった。

「……いや…いやあ……いや、いや、いやいやあああああああああっっっっっっ!!」

 おぞましい恐怖に全身を硬直させて、その端正なかんばせを歪ませたクラリスが、文字
通りに絹を引き裂くがごとき甲高い悲鳴をあげた。そして、拷問に力を失っていた四肢を
必死で動かし、這って逃げようとする。
 だが、あまりの恐怖に下半身の力が再び抜けてしまい、ほとんどその場から移動するこ
とはできない。腰を抜かしている自分を無様だと思いながら、公女は迫り来る獣欲の塊に
再び絶望の悲鳴を発した。

「いやあああっ!やめてカール!やめてえ!お願い、私がわからないのっ?カールうっっ
っ!!!」

「がうっ!ばううっ!!!ばうがうばううばうばうっっ!!」
 クラリスの哀願にも、欲望に猛り狂った大型犬は全く言うことをきかず、ボクサー犬独
特の前傾姿勢をさらに強め、股間の男根を振り回して暴れるばかり。

「あらあら、久しぶりに若返って、メスと交尾したくてたまらないみたいねえ、この犬」
 透明なほどに冷たい響きの声で、ヘルガ少佐が屈み込んで、吠える猛犬の首輪に触れた。

「やめてっ!後生だからそれだけはっっ!!」
 涙にむせびながら、公女は必死で人間の尊厳すら失いかねない危機を避けようと、無益
に懇願する。

「ダメよ、飼い犬の世話をするのは、飼い主の義務よ。ちゃんと、欲望の処理もしておあ
げなさい」
 その言葉にさらに泣き叫ぶクラリスに、ヘルガは声を潜めて言った。
「それとも、『秘密』を教えてくれるのかしら?」

 はっとしたクラリスが顔を上げた。
「そ、それは…」

「はい、時間切れ」
 一瞬の逡巡をあざ笑うかのように、ヘルガは公女の返事を聞く気もなく、いきなり吠え
る黒犬の首輪から、革紐の金具を外してしまった。
 いましめを解かれたカールは、野犬同然に凄まじい勢いで、倒れ込んだままの飼い主の
裸身に向かって突進していった。

「きゃあああああああああああああああっっ!きあああああああああああっっっっっっ!!
」

 黒い猛獣に飛びかかられ、激しく打ち倒されたクラリスは、さらに甲高い悲鳴をあげ続
け、必死で身を守ろうとのたうち回った。だが薬で昂奮した猛犬の勢いには抗うこともで
きない。
 全身を煮えたぎらせた黒犬の体温が、滑らかな黒い毛皮ごしにクラリスの素肌に伝わっ
てくる。流れ落ちる犬の涎が、背中に、肩に、乳房にとあたり構わず降り注がれる。激し
い息遣いが、破鐘のようにクラリスの耳に響く。
 全てが生理的な嫌悪感となって、高貴な16歳の美少女の全身を塗りつぶしていった。

 欲望に支配されたカールは、いきり立った肉棒をメスの胎内にねじり込み、精をぶちま
けることばかりに焦っていた。倒れたクラリスの背後からのしかかる体勢になることに成
功すると、駆り立てられるかのようにいきなり腰をカクカクと機械人形のように使い始め
た。
 だが、異類である人間の少女が相手ではあまりに勝手が違いすぎたらしい。黒犬は勃起
した肉棒の狙いをなかなか定められず、空しく先端を公女の白い双臀に何度もぶつけるば
かりだった。その度ごとに灼熱の焼きごてを当てられるかのような感覚に襲われ、クラリ
スはパニックに陥った。

「いやあああ、いやあああああ、助けて、やめて、やめてえええっ!!ひあああああああ
っっっ!!」
 獣姦の背徳感に、恐怖にとらわれて抗い続けるクラリスに、黒犬は飽くこともなくのし
かかったまま挑み続ける。その様子を、なぜかヘルガは無言で無表情のまま見つめていた。
だが、そんな女将校のことなど、飼い犬に強姦されそうになっている公女には気にかける
余裕すらなかった。

「お願い…神様…」
 三角木馬と蝋燭の拷問で苛まれたばかりのクラリス姫には、すでに猛犬の獣欲に逆らう
余力は残っていなかった。ついに手足の力を失ったうつぶせのクラリスに、ボクサー犬は
完璧な交尾の体勢を作り上げた。
 さんざんに嬲られて腫れあがっていたクラリスの秘所に、犬の男根の先端が押し当てら
れた…。
『私、…犬に犯される…。もう、ほんとうに何もかも…。お父さま、お母さま、ごめんな
さい…もう、私は……。ごめんね、ラナちゃん…』
 絶望と諦観の入り混じった、悲痛な表情を浮かべるクラリスは、今、その飼い犬に犯さ
れようとしていた。

 その時。

「−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−………ンンンンンンンン!!!!!!」

 何が起こったのか、クラリスにはわからなかった。
 世界が崩壊するかのような、凄まじい轟音が、狭い地下牢の中の空気を極限まで揺らし
た。衝撃で耳が一瞬聞こえなくなった。

 振り仰いだクラリスの顔に、熱い液体が降りかかったのが感じられた。そしてクラリス
の目には、ヘルガ少佐が愛用の新式ダブルアクションの優雅な拳銃を向けている姿が見え
たのである。
 そしてその銃口からは、微かに硝煙が立ちのぼっていた。

 それを目にしたと同時に、クラリスは背中がひどく重くなったのを感じた。熱いものが
さらに広がっていくのを感じた。

「……っ、カール!!」
 思わず叫んだクラリスが、力を振りしぼって上半身を起こし、今自分を凌辱しようとし
ていた愛犬に顔を向けた。

 大型の真っ黒いボクサー犬は、その眉間を正確に撃ち抜かれていた。血走っていた目は
すでに生気をなくし、力を失った口から、だらりと長い舌が垂れていた。クラリスが感じ
ていた熱いものとは、飛び散った愛犬の血と脳漿だったのである。

「………きゃあああっっ!!きゃあああああっっっ!!!きゃああああああああああああ
あっっっ!!」

 気高い公女は、もう耐えられなかった。愛犬に犯されそうになった恐怖と、その愛犬を
一瞬で殺された悲哀に引き裂かれたクラリス姫は、ただひたすら絶叫するばかりだった。
 狂ってしまいそうな自分を、しかしクラリスはなぜか自覚すらしながら、現実感から遊
離したこの状況に泣き叫んだ。愛犬の死骸からはなおもドクドクと熱い血が流れていた。
その血飛沫で上半身を真っ赤に染めて、公女は我が身を呪い、愛犬の撃ち抜かれた頭部を
胸に抱いたまま、悲鳴を絶望の地下に響かせ続けていた。

「…」

 親衛隊特務将校であるヘルガ少佐は、しかし身じろぎもせずに見つめていた。
 自分で獣姦をけしかけておきながら、結局自分で犬を射殺したのは、気まぐれだった。
だが同時に、寸前まで貞操を犬に奪われそうになりながらも、その犬の死を嘆くクラリス
姫を見つめるうちに、ヘルガは自分自身に違和感を感じだしていた。

 だが、その感情のゆらぎは、やはりあの眼鏡の陰に隠したままだった。
 




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