黄金の日輪*白銀の月2〜陰陽の寵賜〜
 第6話/梟罪

Female Trouble


 粗末な仮設寝台のそばに追い立てられた王女姉妹は、ただ立ちつくすばかりだった。今
にも倒れてしまいそうなクレアを、アンヌが抱きかかえて支えるしかなかった。

「さあ、ここには我らをはじめ、神の教えを奉じる神官の面々、そしてアーヴェンデール
の民が顔をそろえておりますぞ、クレア王女、アンヌ将軍。我々全てが、この結婚の立会
人。はたして女同士で夫婦の営みができるのかどうか、寡聞にして我々は知りませんでし
たな。さっそく見せていただきましょうか」

 クレアの身の震えが激しくなった。歯の根が合わずカチカチと震えるのが、アンヌの耳
に奇妙に大きく響いたのは、自分も微かに震えていたせいだった。

「いかがなされた?これでちゃんと証が立ったなら、我らも何の異議もござらぬ。諸手を
あげてこの婚姻を祝福させていただきましょう。神もまた、女同士でも子ができると知れ
ば、戒律も変わるに相違ない。さ、早くしてくだされ」

 すました顔で要求する隣国の使者の顔を、人々が憎悪をもって睨みつけたが、恥知らず
の邪悪な鉄面皮には、何らの痛痒も感じていないようだった。

「さあ、何をためらっておられるのかお二方、みな待ちかねておりますぞ。…おお、そう
かそうか、なるほどそうであった」
 涼しい顔で、使者がしゃあしゃあと言ってのける。
「夫婦の営みには、この場所はあまりふさわしい場所とはいえませんな。何より、雰囲気
がよろしくない。これでは気分も良からぬでしょうな。では…」

 そう言って使者が何やら配下に目配せすると、その男が身を屈めて傍に近づき、金属製
の容器…香炉を床に置き、すばやく火を付けた。

「…芳しいアロマを焚いて、心地よい気分でなされよ」

 だがそれは、濃厚な麝香をベースにし、おそらくは何らかの麻薬も配合してある、超強
力な媚薬。冬眠中の熊ですら発情するほどに強烈なものだった。

 その効き目はたちまち現れた。

「お姉さま、私…!」
 最初にクレアが、立っていられなくなって崩れ落ちた。

 それを支えようとしたアンヌの腕も、力が入らない。それどころか、クレアを抱えた腕
全体がすでに凄まじく敏感になっていた。
「ああうっ、クレア…!」

 姉の腕に抱きとめられたクレアの全身も、むき出しの粘膜のようになっている。
「もう、ダメ…!」

「さあさあ、腰元たち、ご主人様がたが困っているではないか。早く楽にしてさしあげた
らよかろう」
 ほくそ笑みながら、使者たちが王女付きの侍女たちに声をかける。その意味はおのずと
明らかだった。

 全員が沈痛な面持ちで、侍女たちは王女たちの傍に駆け寄った。そして、衣擦れだけで
我慢できないくらいになっていた姉妹の身体から、服を丁寧に脱がせていった。

 艶やかなサテン地のローブを留めるプラチナのリボンの列が一本一本外され、その下に
当てられていたストマッカーはレースの絹地で美しく胸を魅惑的に強調していたが、これ
も留めリボンを解かれる。そして何枚も重ね着されてふわりと円形に広がっていた純白の
ペティコートを脱がされていく。
 クレアの白いウェディングドレスは全て外され、シュミーズとドロワーズ、そしてアン
ダーのペティコートとストッキングにガラスの靴、そしてその上に胸を整えウエストを締
めるコルセットと、スカートのふくらみを支えるパニエの姿になった。鯨のヒゲ製の二つ
の着装物を外し、そして、罪人の徴ですらある下着姿にされただけに飽きたらず、クレア
はそのまま全ての衣類を脱がされてしまった。

 男装のアンヌも同様に、細身な軍服のジャケットも、その下の華々しい刺繍のヴェスト
も脱がされる。コルセットを改造したガードルを外され、軍靴とキュロット、白い絹靴下
を脱がせた下は、まさしく一人の女性の体格。
 それをさらに明らかにさせるために、最後に残ったシュミーズとドロワーズを脱がされ
ると、妹以上に女らしい裸身が外気に晒された。

 全裸の姉妹はあまりの羞恥に胸と秘所を手で覆わざるを得なかったが、それもムダな抵
抗でしかなかった。
 生まれたままの姿になった王女たちをこのまま晒し者にしたいと思う侍女は一人もいな
い。いるはずがない。だが、彼女たちに選択の余地はなく、そのまま離れるしかなかった。

 全裸にされたクレアとアンヌは、力無く藁の寝台の上で力無くへたり込んだ。
 公衆の面前で全裸に剥かれたことへの、身を焼くほどの羞恥。
 媚香の効果を受けて、弾けそうなほどに疼く肉体。
 その両方にさいなまれて、姉妹は悶え苦しみ、必死になって自分を押さえ込もうとして
いる。その自分たちを見ている、目、目、目。
 その瞳に宿る、様々な感情。

 高貴な存在が辱められていることに対する、嘆き、あるいは嘲り。
「こんな恥辱が加えられるなんて、神に慈悲はないのかしら」
「王女さまっていったって、結局はただの人と同じよね」

 統治者として君臨していた者が地にまみれていることに対する、憤り、あるいは快哉。
「王女ともあろうお方に、こんな仕打ちを加えるなんて、おかしいわよ」
「いつも偉そうにしてる罰が当たったのよ。王族なんていざとなれば生け贄と変わらない
わ」

 そして、可憐な美姉妹が淫らな行為を強制されようとしていることへの、義憤、あるい
は愉悦。
「なんて残酷なことをさせるの。こんなこと、見た者にもきっと報いが来る」
「王女の姉妹が晒し者にされるなんて、めったに見られない見せ物だわ」

 このアーヴェンデールを政治的に攻略しようと今まで煮え湯を飲まされ続けていた各国
の使者たちは、一人の例外もなく、加虐的な悦楽に浸りきっていた。そして更なる破滅へ
の転落を聖なる姉妹が演じる事を期待していた。

 人々の負の感情のよどみが、やがて嵐のようにこの広場いっぱいに充満していくのを、
クレアもアンヌも感じていた。その中心で、二人はなすすべもなく、性の欲望に溺れてい
くしかなかった。

「お姉さま…たすけて…」

 クレアのその言葉は、もちろん今のこの状況から逃れたいという意味だったろう。しか
し、その紅潮した顔と潤んだ瞳からは、別の意味…この屈辱の中で沸き上がる情欲を静め
てほしい、という意味も読みとれた。なぜなら、アンヌもまた、淫虐の謀略にかかった自
分を呪いながらも、今の自分の身体の中で燃える熱情を否定できなかったから。

「クレア、…ごめんね」

 その謝罪の言葉を以前にもあの迷宮で聞いたことを思い出したクレアは、奇妙に嬉しか
った。それは、姉がいかに自分の事を想っていてくれているかのあかしだから。

 クレアはアンヌの胸に身を寄せた。その華奢な妹の身体を、アンヌはそっと腕の中に抱
えた。
 邪悪な使者たちの一角からは野卑な歓声が飛んだ。市民の一部からも、似たような声が
飛んだ事は否定できない。しかし、人々の大多数からは、嘆きとも、諦めともつかない息
が漏れた。

 あの漆黒の地の底での秘め事を、今は多くの人々の目の前で、そして神々もしろしめす
光の中で行わなくてはならない恥辱に、死にたいほどの苦痛を感じると同時に、沸き上が
ってくる目くるめくような倒錯の予感に、姉妹は震えていた。神の直視を遮るような満天
の雲も、あまり救いにはならなかった。

「…罰が当たったのね。シーマの庇護をいい事に、神々の目を盗んで姉妹で愛しあってし
まった、その報いが下ったのね」

「…クレア、どんなことになっても、…たとえ人々に石もて逐われることになっても、絶
対にわたしがいっしょにいるわ…」

 口づけをした姉妹が、シーツの中に倒れ込んだ瞬間、多くの人が目を伏せた。すでに媚
香の効果で全身に汗を浮かべ、淫蜜に秘所を濡らしていた姉妹は、まるで溶け合うように
裸身を密着させた。

「ほほう、花婿がとうとう花嫁を組み敷いたぞ。これからどうするのか、じっくり拝見だ」

 下卑た使者の無礼な口調も、姉妹にはすでに、被虐の悦びを増幅させるものでしかなか
った。
 媚香に加え、無数の目に視姦されながらの愛撫に、クレアもアンヌもいつも以上に感じ
てしまう。そんな自分をあさましく思う心も、やがて快感の波に洗い流され、ますます悦
楽にのめり込んでいく。クレアもアンヌもいっしょに、全身をくねらせながら情熱的に抱
きあった。
 千に近い人数が集まっているにも関わらず、静まりかえった広場に、くちゃくちゃと汗
と愛液に濡れた姉妹の肉体が擦れあう音が響く。

「血を分けた姉妹が、まるでさかりのついた犬のように絡みあっておるとは、なんともお
ぞましいものじゃな」
 自分たちが哀れな姉妹を追いやっておきながら、いけしゃあしゃあと使者の一人が嗤っ
た。

「しかし、こうなってはアーヴェンデールの聖なる姫君も、場末の見せ物小屋で踊る浮か
れ女以下というものだ。こんな淫乱を国家の元首に戴くなど、果たしてこの国の者たちは
どう思うのかな。ふははは…」

「さよう、我々の手を煩わせずとも、国民の方が願い下げであろうよ。もうおしまいだな」

「おお、見よ見よ、姉妹であそこまでなさるか。秘所を摺り合わせ始めたわい」

 クレアの右脚を持ち上げ、アンヌが自分の秘所をクレアの花弁に押し当てた。そしてそ
のまま、腰を使って刺激を加え始めた。快感に喘ぐ姉妹の声が、広場中に聞こえだした。
心ある人々が耳を塞ぎ、目を閉じる。

「おい、あれはもう使っておるのであろうな?」
 使者の一人が、傍らの魔術師風の男に聞く。

「ご心配なく。最初から一部始終を『記録』してございます」
 そう言って男が手に掲げたのは、ブゥゥーーーンン…と微かなうなりをあげている漆黒
の宝珠だった。魔力によって映像を記録する能力がある。

「これを動かぬ証拠として、法王だけでなく、各国の王室にも複製して送りつけてやろう。
あの姉妹はこれで破滅だ」
 そう呟いた使者の言葉に、他の使者たちもニヤニヤ笑って応える。

 そんな企みも知らず、姉妹はますます悶え狂い、嬌声をあげて淫楽を貪っていた。

「いやっ、いやあお姉さまあっ、こんな…こんなところで私…いや、イッちゃうなんてい
やあっ!」

「ごめんねクレア、…私も、でも、もう止まらないの、許してぇっ!」

 アーヴェンデールを統べ、臣民の敬愛を受けていた聖姉妹が、血の繋がった姉妹で、女
同士で、公衆の面前でまぐわりあうという、獣にも劣る痴態を繰り広げる光景に、人々の
心に絶望と、失望と、そして軽蔑と嫌悪の情すらも漂いつつあった。
 情欲に溺れつつも、聡明な姉妹は敏感にその空気を感じ取っていた。だが、それも今や
どうしようもない。この後の悲劇的な結末を確信しながら、クレアもアンヌも互いに固く
抱きしめあうしかなかった。

「…どうやらこのままならうまくいきそうだ。我々が告発などしなくても、市民があの姉
妹を見捨て、糾弾することだろうよ」

「そのようだな。あの寝台代わりの藁束が、そのまま火あぶりの用を為すかな?女同士の
見せ物を演じた姉妹が、怒り狂った市民の手でそのまま生きながらの火刑にかけられる、
か。実におもしろい趣向だな、ひひひひ…」
 おぞましい悪意に満ちた者たちの嗜虐的な意図。

 だが、痛々しいほどに熱く愛しあう姉妹の姿に、やがて人々は不思議な感覚をおぼえ始
めた。戒律にも人倫にももとるあさましい行為。しかしそれは、この世のものとは思えな
いほどにあまりに美しかった。
 人々は思い起こした。
 処女を守護する女神が、美しい侍女と戯れながら水浴する姿を見てしまった狩人が、神
罰で鹿に変えられて野獣に貪り食われた神話を。

 神々も女同士で愛しあい、それを汚した者に神罰が下った。
 ましてや、王女姉妹はこの国のために結婚を演じたのが、各国の使者たちの奸計に陥ち
てしまった結果、こうして恥辱に耐えているのだ。
 人々は、この王女たちの姿を、いつしか美しいと思った。
 生まれたままの姿で、愛欲に溺れる姉妹の姿を、美しいと感じた。

「いやあ、イッちゃう!離さないでお姉さま、お姉さまぁっ!」

「わたしも、イクぅっ!クレア、わたしの、クレアぁっ!!」

 姉妹は同時に、絶頂に達した。そしてそのまま、崩れ落ちるように藁の寝台に倒れ伏し
た。
 息を詰めていた人々から、安堵にも諦めにも似た溜息が漏れた。

「…ふん、とうとう気をやりおったわ。あさましい女どもめ」

「おもしろい見せ物だったが、本当に面白いのはこれからだ。あの姉妹の始末をつけた後
で、我らのうちどの国がこのアーヴェンデールをものにするか…がな。ははははは…」

「はははは…」

 勝ち誇った使者たちの笑い声が響いた。
 その瞬間。
 鐘が鳴った。



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