黄金の日輪*白銀の月2〜陰陽の寵賜〜
 第3話/思惑

Female Trouble


 街の大通りに面した酒場での女性たちの会話。

「いや、まったく驚いたわ。祭のさなかに王家からの布告というから、いったい何事かと
思ったら」

「なんとそれが、クレアさまのご婚姻の発表とは!しかも!」

「そのご婚姻のお相手、つまり花婿さまが…あのアンヌさま!」

「高札を読んだ者全員が、ビックリ仰天でしたわ。女同士で、しかも姉妹でご結婚なんて、
前代未聞ですもの!」

「クレアさまに婚姻を求めに来ていた各国の使節の顔ったらありませんでしたわね」

「でもでも、そんなことがいったい出来るんですの?女同士の結婚なんて認められはしま
せんでしょ?」

「律法で禁じられてるし、ましてや血を分けられた実の姉妹!これって近親相姦の罪にな
るんじゃ?なんてけがらわしいこと!」

「だいたい、婚姻を認める神殿が、こんな背徳なことを容認するはずありませんわよね〜。
神への冒涜ですもの」

「ところが、神官長さまはすでにお二人の婚姻を神の名の下にお認めになると言明された
と言うのですよ!法律上も問題ないようにできるとか」

「まあ、なんてこと?どうなっているのかしら?まさか本気で姉妹で…???」

「やれやれ、お客さんがた、姫さまたちのお考えがま〜だわかりませんかね?」

「…どういうことですの?」

「よく聞きなさいよお嬢さんがた。女同士で、しかも実の姉妹で普通の意味の結婚が出来
ないことなんか、あの聡明な姫さまたちにわからないことがあるもんかね」

「それはそうよねえ…」

「それをあえて、堂々と公表なされたんですよ。しかも、各国の使節がクレアさまとの婚
姻を申し込もうと待ちかまえていたその出鼻にね。これは、政治的なお芝居に決まってま
すよ」

「お芝居ですって?」

「そう。クレアさまがどこの国の王族と結婚されようが、このアーヴェンデールはその結
婚相手の国に隷属する羽目になるでしょ?そうなれば、この豊かなアーヴェンデールを巡
って各国が争いを始めることは目に見えていますよ。そうならないためにも、姫さまたち
はこの国の独立を何より考えておられる」

「それはそうよねえ。税も安いし、物も豊かだし、活気があるけど、ここがどこかの支配
下に入れば…」

「あたしらだって、この国によその連中が我が物顔で入り込んできたら、おっかなくって
商売あがったりですわ」

「それが今度のご姉妹での結婚とどういう?」

「関係大ありですよ。つまり、クレアさまは、全ての政略結婚を拒否する、ということを
公表されたってこと。たとえ女同士であろうと、姉妹の間柄であろうと、結婚の事実さえ
あれば結婚を強要されることはなくなりますからね。誰とも、どことも手は結ばない、と
いう意志を明らかにしたってわけですねェ」

「でもでも、それならそうと言えばいいだけでしょ?」

「話してすまない連中が多いから、ああして懲りもせず何度も使節がまかりこして、うち
の王様と結婚して〜結婚して〜と言いつのるわけでしょう?姫さまが未婚である限り、ど
こも聞き入れやしませんよ。それに、未婚を通すと宣言したところで、どこまでも未婚で
ある以上、結婚する目は残っちゃうわけだから、やっぱりだれも諦めないでしょ」

「なるほど、そうよねえ…」

「しかも、今のままならクレアさまはあくまで王女であって『女王代理』でしかないけれ
ど、ご結婚すれば正式に女王に即位できますでしょ?一国の元首として堂々と渡り合える
し、家臣団をたぶらかしてご意志を曲げさせるようなまねをされる余地も無くなるってわ
け」

「だから、今回の結婚を?」

「そう、しかも女同士の、姉妹でのご結婚という、およそ最もあり得ない結婚を通すこと
で、逆に明確な意思表示になると言うわけですよ」

「だから、神殿も法曹も、今回のご結婚をお認めなさったのですね」

「…姫さまたちは、結婚という人並みの女の喜びを捨てて、この国に殉じてくださるわけ
ですよ。あたしもね、最初は驚きましたよ。でもね、そのお心を察するに、なんともおか
わいそうで…、ねえ」

「この国の住人としては複雑だわ。国の安全は何にも代え難いけれど、姫さまたちにもお
幸せになってほしいのに」

「その通りですよ。わたしらとしては、姫さまたちのお心を汲んで、このお芝居を楽しく
盛り上げてさしあげるしかないでしょう。祭の中日に行われる結婚式は、盛大に祝福しま
しょうや!」

「そうとわかれば納得よ。みんなにも教えてあげなくちゃ」

「それにね…あんまり大きな声では言えないけど、…どうです、よしんばあのご姉妹が、
ホントの意味でご夫婦だったとしても、ねえ、決して悪くはないと…思いません?」

「…そうかもね。とってもお綺麗なお二人ですもの。絵になるわ〜」

「…(ぽ〜)」

*

 街中が王女姉妹の結婚式の話題にもちきりだった。その様子に、シーマと王女たちは会
心の笑みを浮かべていた。

「うふふ〜、ほ〜らね。案ずるより産むが易し、でしょ?」
 腕を組んで胸を張りながら、シーマが王女たちに言った。

「こんなにうまくいくとは思いませんでしたね、シーマ」

 寝所のベッドに姉妹並んで座りながら、手を取り合って寄り添うクレアとアンヌの前で、
シーマは自慢げに笑った。

「まあね。世の中で一番かしこいのは、ごく普通の市井の人々ってことよ。でも、さすが
にこの結婚がお芝居どころか、本気の恋愛を成就させていることには気づかなかったよう
ね、くくっ」
 シーマが含み笑いを漏らしながら、杖を構える。
「さて、さっそく結婚式の準備に取りかかりましょうか。最高にハデに挙行して、各国に
アピールしなきゃね」

 そう言って歩み去っていくシーマを、王女姉妹は見送った。寝所にただ二人残されたク
レアとアンヌは、自分たちの結婚するという事実を、まだ実感できていないような顔で見
つめ合った。

「こんなこと…こんなこと、絶対に夢の中だけだと思ってました…」

「うん。でも、これでわたしたちは永遠にいっしょ。クレア、ずっと守ってあげる…」

「お姉さま…私も…永遠に…」



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