黄金の日輪*白銀の月
 第1話.帰還

Female Trouble


 夕陽が沈みかけた西の城門に、時ならぬ歓声があがった。アーヴェンデールの街を東
西に走る大通りを、人々が口々に何ごとかを言い交わしながら走っていくのが、城楼の
窓からも見える。

 この国を統べる務めを担う聖王女、クレア・ボーソレイユ・デル・サン・アーヴェン
デール姫もまた、はじかれたように窓辺に駆け出し、夕陽の沈む西に顔を向けた。窓を
開けたとたんに吹き込む秋の冷たい風に、その美しく長い、ウェーブのかかった金色の
滑らかな髪が激しくなびくのも気にかけず、不安と喜びを織り交ぜた表情を浮かべて、
わずか16歳の可憐なプリンセスは、バルコニーに立ちつくした。
 寒風にさらされるクレア姫の肩にケープを懸けようとする侍女にも気がつかず、王女
は身じろぎもせずに城門を見つめる。そのアーチの下を最愛の人がくぐり、帰還してく
るのを、クレアはただひたすら待ち続けていた。

 城門に集まった人々は、一瞬静まりかえった。
 銀色の鱗のような鎖帷子を装備した白馬の上に座る甲冑の騎士。その姿がくすんで見
えるのは、逆光になった西日のせいばかりではなかった。戦馬と同じ銀色の鎧も兜も、
全てがどす黒い血にまみれ、赤銅色に染まっていた。さらに銀の下地を隠しているのは、
強烈な火炎に焼け焦げた煤。鎧の連結部はあちこちが砕け、へこみ、引き裂かれていた。
凄惨な闘いをその姿から感じ取って息をのんだ人々は、その背後から従者たちが牽いて
きた荷車を見て、さらに驚愕した。
 荷車の上に鎖で縛りつけられていたのは、三人がかりでも抱えられそうもないほどの、
巨大な爬虫類の血の滴る生首だったのだ。

「…ゴデスカルクだあ!」
 どこかで子供が叫んだ。その声に、群衆から静かなざわめきが少しずつ沸き上がって
いった。
 西の山脈に巣くい、何年もこの国の人々の生活を脅かしてきた邪竜ゴデスカルクの名
は、そのまま、それに刃向かうことの無力さを象徴するものだった。その恐怖の存在が、
いまやただの死骸になって運ばれてきたのだ。

 人々が歓喜を破裂させようとした、その臨界点に、騎士が動いた。
 騎士は、その頭をすっぽりと覆う兜をゆっくり外した。その下から現れたのは、目の
覚めるようなプラチナブロンドのストレートヘアをなびかせた、まだ少女といってもよ
いほどに若く凛々しい、端正な美女の顔だった。
 銀色の髪以外は聖王女クレアとよく似た女騎士が、齢19ながらこの国を支える将軍
にして王女の実姉、アンヌ・クレセント・デル・サン・アーヴェンデール護国卿であり、
その名誉と義務を果たすために、国家の安寧を脅かすドラゴンをまさに命懸けで屠って
きたことを、人々は悟った。

 姫将軍アンヌが、満面の笑みを浮かべて、腰の長剣を引き抜き、天にかざす。ドラゴ
ンの血を吸って魔力を帯びた大剣は、鈍い燐光を発して人々を照らし出した。
 それを合図に、群衆が一斉に大歓声をあげた。勝利と栄光をたたえる頌歌が続いて響
きはじめ、その歌声は城門からだんだんと街全体にと広がっていった。

 市民の歌声は、王宮にも届いた。
「お姉さま…」
 クレアは、そっとつぶやく。愛する姉の無事の帰還を確信し、王女はその瞳に涙を浮
かべた。

 威風堂々と王城に向かうアンヌと、そのあとに続く戦利品を取り囲む人の群に、アー
ヴェンデールの街全体がうねった。華麗な王宮の大礼門に到着すると、姫将軍は城楼を
振りあおいだ。その視線の先の最上階に近いバルコニーに、鮮やかな純白のドレスをは
ためかした聖王女の姿があった。
 すべては、この、何ものにも代えがたい存在である王女のために。その身のすべてを
捧げ尽くすべき聖なる妹を、アンヌは心穏やかに見つめた。

(つづく)
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