バラステア戦記

第4話

009




(王立孤児院)

 リュウは、姫の誕生パーティの日に会った星の精霊のことが忘れられなかった。
(あんな美しい女がいるとは)
孤児院にも勿論女はいる。リュウやスーチェンといつも行動を共にしているルルもなかな
か可愛らしい顔つきをしているのだが、お互い幼い時から知っているのでなかなかそんな
意識は感じられなかった。
(これが恋というものか)
リュウはリンスのことばかり考えるようになっていた。あの日結局姫の顔を拝むことの出
来なかったスーチェンは、相もかわらず女の尻ばかり追いかけている。
「全く男というのはだめな生き物ですね・・・厳粛に神に祈りを捧げるということが出来
ないのでしょうか・・・」
一人修行に励むルルであった。
 そんな孤児院にも噂が流れてきていた。バラステア軍が今にも攻め込んでくるという噂
である。リュウとスーチェンはまだ19だが、バラステアと戦うためにアイルランガ王軍
への入隊を志望し、アリア小隊への入隊が決まっていた。
「あなた達がいなくなると寂しくなりますね」
院長のシェラは、孤児達の母代わりである。まだ若いが夫をやはり戦争で無くして未亡人
となり、尼僧となってこの孤児院へ来た。
「院長、俺達はバラステアと戦う為に訓練してきた。この国をきっと守ってみせる」
「これを持って行ってください」
ルルはリュウとスーチェンに小さな袋を手渡した。
「癒しの魔法をかけたお守りです。きっと二人を守ってくれます」
「ありがとう、ルル」
他にも多くの孤児達が二人の出発を見守った。ルルは二人の無事を神に祈った。
(どうかあの二人に神のご加護を)

アリアの小隊は常に戦争に備えての訓練を怠らなかった。小隊の中にはアリアと共に数々
の国でバラステアと戦い、破れて流れて来た者もいる。アリアは、もしアイルランガがバ
ラステアと開戦した場合にまともに相手ができるのは自分の小隊だけではないか、と考え
ていた。バラステアからの使者が来た今でこそアイルランガ軍は訓練を開始したが、その
中で実戦を経験したのはアリア小隊だけであり、百戦錬磨の将軍が揃っているバラステア
軍相手におそらく3日ともたないのではないか、と考えざるを得ない。もし勝機があると
すれば、それは奇襲しかない。アイルランガ王国は大陸でも有数の山脈に囲まれており、
まさに天然の要害ともいうべき地の利がある。バラステアが今までアイルランガ侵攻にふ
みきらなかった理由の一つである。なれない山道を進軍してくるバラステア軍に奇襲をか
け、粉砕するしかない。しかし少ないアリア小隊だけではそれすら実行できないであろう。
 アリアは、最近入隊してきた二人の若者に目をつけていた。リュウという男はまだ若い
が剣の腕前は一級である。スーチェンという男も身のこなしといいその腕力といいなかな
かのものである。
「若造、私が相手をしよう」
隊員同士で訓練をしているリュウにアリアが呼びかけた。
「はい隊長。お願いいたします」
(いくら強いと言っても女なんかに負けるかよ)
アリアは剣を構えると、猛然とリュウに襲いかかった。
(早い!)
アリアの攻撃をリュウはかわすだけで精一杯だった。次から次へと攻撃を繰り出してくる。
「どうした若造!防ぐだけでは敵は倒せぬ」
「わかってますよっ」
リュウはアリアの剣を思い切り払うと、その懐へ飛び込もうとした。・・が
「ぐうっ」
アリアの膝蹴りがリュウの下あごにヒットする。
「甘いな。剣技だけでは戦はできん」
「くっ・・参った」
剣を鼻先に突きつけられ、リュウは降参するしかなかった。
(くそ・・この人本当に女か?)
「くくく・・・だらしない奴だなあ」
それを見ていたスーチェンが遠慮もなく大声で笑う。
「おい、あんたの相手はこのアタシだ」
「ああ?」
アリア小隊の副長・レイラだった。レイラはアリアと共に各国を転戦したやはり歴戦の戦
士であり、諜報活動が主な役割であった。すぐれた拳法家であり、アリアが最も信頼して
いる部下の一人である。
「おい、俺は手加減しないっすよ」
「大口をたたくのはいいから早くかかってきな」
強気なスーチェンであったが、いざレイラと組打ちを始めるといとも簡単にねじ伏せられ
た。
「けっ。おまえも同じだろうが」
「むう・・・」
「あはははは。まあボウヤ達は戦いのセンスはあるよ。でもアタシ達に勝のはまだ10年
先だ。」
二人は何も言い返せない。

ある夜、アリアはレイラとスーチェンを呼び出した。
「レイラ、仕事よ。スーチェンと二人でバラステアに潜入してほしいの」
アリアにはバラステア軍の軍事情報が必要であった。軍の実数、軍備、率いてる将軍は誰
か?現在何処に駐屯しているのかなど。
「わかりました。明朝たちます」
「げげっ、マジですか?俺も?」
「文句を言わない。これは命令よ?」
王軍はあてにできない。アリアはここでも自分をたよりにするしかなかった。今まで数々
の国を流れてきたが、アリアはもしアイルランガが降伏もしくは戦争に破れて陥落したな
ら、自分も運命を共にすると決めていた。大陸にはもはやバラステアの相手を出来る国は
ない。軍はあてにできなくても、この天然の要害に囲まれたバラステアだけが最後の砦な
のである。  



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