バラステア戦記

第柔三話

009


アイルランガの要塞・ソードロックは、10万のバラステア軍により完全に包囲されてい
た。数日にわたり両軍の激しい攻防戦が続いていたが、バラステア軍がいかに攻め立てて
もソード・ロックは一向にひるむ様子はなかった。だがクレファーはまったく余裕の表情
である。
「よし。今度はこちらから奇襲を仕掛ける。今夜出撃だ」
アリアは得意とする奇襲攻撃でバラステア軍 を混乱させる作戦にでた。
その夜、アリアは突如として要塞の門を開き、バラステア陣地に突撃した。
「狙うは敵将・クレファー只1人!他の者には目をくれるな!」
アリアに続き、リュウとスーチェンの小隊も出撃した。夜の闇にまぎれたアイルランガ軍
は、疾風のごとくバラステア陣地へ切り込んだ。バラステア軍も勿論夜襲に備えはしてあ
るが、奇襲攻撃を得意とするアリアはその警備もかいくぐってクレファーの本陣へ突入す
る。
「おおおお!」
「ぐわっ」
アリアが大剣を振り回すと、夜の闇にバラステア兵の血しぶきが上がる。アリアはバラス
テア陣内を縦横無尽に駆け回り、敵兵をなぎ倒しながらクレファーの姿を捜した。
「将軍に遅れるな!」
リュウとスーチェンもそれに続く。ソードロックで鍛え上げられた二人は、自らの小隊を
統率しながら、アリアを援護した。
「クレファー、出てこい!男ならあたしと勝負しろ!」
ドラゴン・マスターと聞こえの高クレファー・ロロイを討ち取ればバラステア軍の志気は
一気に落ちるであろう。アイルランガ軍はバラステア軍の主力部隊をうち破ってバラ・シ
ティへと進軍することができる。
「おおおおっ!」
リュウも次々に敵兵を倒していく。バラステア兵は数人掛かりでリュウを倒しにかかるが、
リュウは数人同時に相手をしても余裕で攻撃をはねのけると、鎧をも切り裂く強烈な一閃
を次々と繰り出していく。そしてクレファーの姿を捜して駒を飛ばす。
(捜すのは黒い鎧の男だ)
噂ではドラゴンを召還する恐ろしい魔法を使うというが、一体どのような男なのか。

ふと、アリアの前の敵兵が一斉に引きばじめる。そしてアリア達を遠巻きにするように陣
替えをはじめた。
(これは・・・!?)
周りを見回すと、アリア達はかなり敵陣深くまで切り込んできている。バラステア兵たち
の動きは、とても夜中に奇襲攻撃を受けた部隊とは思えない統率力を見せている。
(計られたか・・・!?)
気が付いた時にはアリア達は周りを幾重にもバラステア兵によって囲まれた状態であった。
クレファーはアリアの奇襲をうけたように見せかけ、逆に取り囲んでしまったのだ。
「しまった・・・この奇襲は読まれていたようだ」
「将軍・・・どうする!?」
リュウとスーチェンは流石に動揺している。
「アリア・レンハルト!」
アリア達を取り囲むバラステア兵の中から漆黒の鎧を身につけた男が進みでてきた。
「おまえたちは包囲されている。おとなしく降伏しなければ皆殺しにするぞ」
男は無表情のまま冷たく言い放った。アリア達の部隊にますます動揺が広がる。
(あれは・・・敵将クレファー!)
アリアはクレファーの方に向き直ると叫んだ。
「クレファー・ロロイ!あたしと一騎打ちをしろ!帝国一の将軍と呼ばれる者が女相手に
逃げるような真似はするまいな」
「ふん・・・よかろう」
クレファーは剣を抜いた。黒く不気味な光を放つ大剣である。騎馬に跨り、剣を一振りす
ると剣先から異様な黒い炎が立ち上る。
(何・・・!?魔法剣か・・・・!!)
剣の使い手であるアリアもリュウも魔法剣を見るのは初めてであった。魔法剣は剣の腕も
魔法の技量も相当のレベルでなければ使うことはできない。それだけでもクレファーがと
てつもない相手であることが読みとれる。
「ゆくぞ!」
アリアはクレファーに向かって突進する。二人の将軍は剣を振りかぶり、お互いに強烈な
一撃を繰り出す。剣と剣が激しくぶつかり合う。
(これは・・・なんと美しい)
クレファーはアリアの顔を間近で見つめると、不覚にも一瞬その美しさに目を奪われた。
(噂にきく辺境の英雄・アリアがこんなに美しい女将軍であったとは・・・)
「隙有り!」
アリアが大剣とは思えない素早い剣さばきを繰り出す。アリアの美しさに見とれたクレフ
ァーはそれをよけきれなかった。
「ぐっ」
クレファーの脇腹にアリアの剣が一撃をあたえた。浅いあたりだが、血が吹き出してクレ
ファーは馬からすべり落ちた。
(もらった)
アリアがとどめの一撃を馬上から繰り出すが、クレファーはそれをなんとか防ぐ。
刹那、クレファーの目に不気味な光が宿る。
(!?)
「はああああああっ!」
クレファーの目が怪しい光を放つ!アリアはその光をまともに受けてしまった。
(この感触は・・・!?)
アリアは一瞬にして意識を失った。剣を落とし、馬に身をまかせるようにうなだれてしま
った。
「将軍!」
それを見たリュウとスーチェンがアリアにかけよる。傷を負ったクレファーもその場を引
いた。
「将軍!どうした!しっかりしてくれ!」
リュウが必死に呼びかけるがアリアは目を覚まさない。完全に意識を失ってしまっている。
「スーチェン、ここはソードロックへ退却だ。敵の一番手薄なところを一気に駆け抜ける
ぞ」
「よし。おまえは将軍を抱えて馬を走らせろ。俺が援護する」
アイルランガ軍は退却を開始したが、包囲しているバラステア軍の前に散々に打ちのめさ
れた。リュウとスーチェンは奮戦したがバラステア軍の囲みを突破するまでにはいつの間
にか離ればなれになっていた。
朝日が上るころ、スーチェンはわずかな生き残りとソードロックに帰還した。散々な負け
であった。リュウとアリアは行方不明であった。


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