クレール光の伝説(第一話)1



神聖ギュネイ帝国の元に統治される北の小国ハーンは、緑の野山に囲まれた小さな盆地にあった。ここ何代か平穏無事な歴史を刻んできた。唯一の話題といえば、国王が未開の地にあるという小国の姫ヒデガルドを王妃に迎えたこと。その王妃ヒルデガルドの美しさは、近隣に並ぶものなしともっぱらのうわさ、また、その美しさは、双子の姫君誕生の後も衰えるどころかますます磨きがかかったともいわれた。
 ヒルデガルドの二人の姫君。姉クラリスと妹クレール、年頃を迎えた二人には次々と求婚の誘いが引く手あまただった。

 空には雲一つ無いうららかな春の日より、宮廷の馬車が別邸へと向かっていた。
「ほんとうにあなたはお祝いの席にはでないおつもり?」
「・・・ボクはああいう場所は苦手だ」
 一人の貴婦人と近衛兵が馬車の中で、会話を交わしている。
「・・・またそんな格好で、おかあさまが悲しみますわ」
「・・・・そんなこと・・・・」
 貴婦人は姉のクラリス姫、近衛兵かと思われたのは妹のクレール姫だ。今日は、義理の妹フローラの誕生日の祝いの日なのだ。17歳になったフローラは、これからお城の公式の場にも出るようになる。いわばそのお披露目もかねているのだ。とはいえ、まだ内輪のみのお披露目ということで、王妃ではなく、二人の姫が出席することになった。
「・・・あなただってこうして着飾れば私よりもっと・・・」
「・・・姉さんにはかなわないよ・・・」
 クレールが姉に言葉を返す。さらさらと輝く長い髪。ふっくらと膨らんだ胸。女らしいしぐさ・・・。幼少のころより、姉は第一王女として姫君のたしなみを徹底的に教え込まれた。
 クレールといえば、女だてらに剣の修行に励んで、親衛隊でも一二をあらそう腕前になっていた。生まれたときはうりふたつだった二人も、女性らしいふっくらとした体型のクラリス、精かんな面もちのクレール。と、その姿を変えていた。二人は18歳になっていた。
「夕方には迎えにきますねえさま・・・」
 そう言い残すと、クレールは別邸にクラリスを残して、自ら馬をかって城へと帰っていった。
「クレールったら・・・。しょうのない子ね」
 クラリスはまるでいたずらっ子を見るように、微笑みながらつぶやいた。

 フローラの誕生会は、身内のみとはいえ国王親族の大半が集まっていた。小国とはいえ、歴史の長いハーンゆえ20名ほどになる。
 多くの着飾った貴婦人達、その娘達で別邸の中は花の咲いたようだ。公邸という気安さもあるのだろう、ほとんどが女性のみで、男性の姿は見えなかった。
 あの、暗い噂のさなかだというのに・・・。
 −暗い噂それはここのところ町外れの民家に見たこともない豚のような化け物が現れて、女だけをさらっていくという噂だ。事実クレールも親衛隊とともに、その化け物のすみかを探すべく日々探索に歩いていた。−
 その日も、その暗い噂の話が密かにささやかれていた。しかし、ここは皇族の敷地。まわりは兵隊に固められているのである。まさかここにはやってはこないだろう。そういう安心感が漂っていた。
 
 別邸の広間では祝いの席が設けられ、やがて主賓であるフローラが着飾った姿で来賓の前に姿をあらわした。大きな赤いリボンでその長いブロンズの髪を留め、唇に初めて紅を塗った初々しい姿に、一同は溜息をもらす。
 クラリスも血はつながってはいないものの,その親族の初々しい娘姿にほおっとため息を付いた。
 その時である、庭に面した広間の窓をけやぶって化け物達は進入してきた。
「なにもの!ここを皇族の領地と知っての狼藉か!」
 一人、フローラの父親が一喝しようとするが、その勇敢な姿も、化け物の振るう剣にまっぷたつ!
「きゃあ!」
「あれええ!」
 広間は一転!阿鼻叫喚の渦と化した。化け物、それはなんと表現したらよいのだろう。 身の丈は2mにも及ぶ。赤茶けた上半身を曝し、血を滴らせた大剣を軽く振り回す。躯はでっぷりと太っているが、それらは全て強靭な筋肉で、大きな鼻、とんがった耳、ギラギラと怪しく光る目。まさしく化け物である。
 そんな化け物が10匹以上もなだれ込んできたのである。多くの貴婦人がその場で失神し、あとの婦人も少女達も、成すすべもなくとらえられてしまった。クラリスもフローラもともにとらえられ、戒めを受けてあやしげな馬車に連れ込まれてしまった。
 ソレは本当にあっという間の出来事だった。

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