ネイロスの3戦姫 3姉妹、愛の休息


最終話その.2  義兄弟達の(不毛な)悩み

 それから2日後、エリアス達3姉妹は、王家の別荘で休暇を取る事になり、数人の女の
衛兵だけを伴って、別荘へと赴いた。
 もう長い事、その別荘には立ち寄った事の無い3姉妹達だったが、そこは今は亡き両親
と共に過ごした思い出の場所だった。
 「久しぶりね・・・」
 「そうだね、10年ぐらいになるかな。」
 感慨深げに別荘を眺めているエリアスとエスメラルダ。
 手入れされた広い庭には多くの花が植えられており、主に白を主体とした花々が咲き乱
れていた。その中央に、たたずむ様に建っている白い壁造りの別荘。
 豪勢ではないが、質実剛健だった父王エドワードの性格を物語っていた。
 「姫様、御待ちしておりましたよ。」
 温厚そうな老婆が別荘から出てきて、3姉妹に声をかけてきた。その老婆は別荘の管理
人で、近くの村の人達と別荘と庭を管理している。
 「ありがとう婆や、また世話になるわ。」
 「何をおっしゃいます、この度の戦の事は聞き及んでおります。心行くまで御静養なさ
ってくださいな。」
 老婆はそう言ってエリアス達の手を握って微笑んだ。
 「ところで、御静養での衛兵さん達は全員女の方ですが、一体どうしてなのでしょうか?
」
 別荘の入り口に待機している女の衛兵を見て不思議そうにたずねる老婆。
 「あ・・・それは、色々込み入った事情があるのよ。」
 意味ありげに答えるエリアスに、老婆は3姉妹が強姦されたショックから立ち直ってい
ない事を察した。
 「そ、それは大変失礼な事をお聞きしました、申し訳ございません。」
 「いいのよ・・・」
 歳は離れていても女同士である。女でしか理解できない事情は即座に、そして暗黙のう
ちに了承された。
 「今度の静養は私達だけで過ごすつもりなの。だから、2週間の間だけ・・・誰も立ち
入らせないで欲しいのよ。」
 エリアスに言葉に、老婆は寂しそうな顔をした。
 「そうですか・・・姫様の御世話をさせて頂くのを楽しみにしておりましたが、仕方あ
りませんね。食料は十分にございます。もし足りないものがありましたら、いつでもお申
し付けください。」
 「わかったわ。今度来る時は婆やの世話になるから、その時はお願いね。」
 「はい。」
 老婆は深々と頭を下げ、その場を後にした。その後、入り口にいた女の衛兵の1人が声
をかけてきた。
 「姫様ーっ、我々はこれより警備にあたります。誰も入れないように致しますのでご安
心くださーいっ。」
 そう言って入り口の扉を閉めた。別荘の周囲には壁が張り巡らされているので、周囲か
ら3姉妹の様子を伺う事は出来ない。
 「さあ、今晩は私が夕ご飯を作ってあげるわ。何が良い?」
 にこやかに尋ねるエリアスに、妹達は嬉しそうに笑った。
 「楽しみだなー。姉様の手料理を食べるの久しぶりだモンね、明日はボクが作ろうかな。
」
 「ダメよ、エスメラルダ姉様の手料理だったら食中毒になっちゃうでしょう。」
 「それどー言う意味!?」
 「アハハ、冗談よぉ〜、ジョーダン。」
 別荘に3姉妹の明るい笑い声が響いた。
 これから2週間・・・3姉妹だけの生活が始まるのであった。
 
 その頃、デトレイドの保養地でケガの治療をしているジョージの元に、ネルソンとライ
オネットの2人が見舞いに来ていた。
 「ジョージ、具合はどうだ?」
 「あ、師匠、それにライオネット男爵も。」
 病室に現れた師であるネルソンと、ネイロス軍軍事参謀のライオネットの姿を見てベッ
ドから起きあがるジョージ。
 「もう起きていいのか?あまり無理をするなよ。」
 「いえ、もう大丈夫ですよ。来月には職務に復帰できます。」
 そう言って立ち上がるが、闇上がりのため足元は少しふらついている。
 「ああ、ダメダメ。寝てなきゃ・・・」
 倒れそうになるジョージを支えるライオネット。
 「ありがとう、お義兄さん。」
 「えっ?お、お義兄さん?」
 いきなりジョージに義兄と呼ばれたライオネットのビン底メガネがずり落ちた。
 「だってそうでしょう。男爵はエスメラルダ姫と・・・」
 「あわわ・・・あのその・・・僕はエスメラルダ姫様とはまだ・・・そのあの・・・」
 顔を真っ赤にしてうろたえるライオネットを見ながらクスクス笑うジョージ。
 「笑わないでよおっ。そ、それに君だってルナ姫様と婚約したわけでもないのに。」
 「いえ、僕は決めたんです。ルナ姫を幸せにするんだって。」
 そう言いながら目を輝かせるジョージ。その笑顔には幸せが溢れていた。
 「じゃあ私は2人のお義兄さんって事だなあ。」
 笑いながら尋ねるネルソン。
 「そうですね。師匠と男爵が僕のお義兄さんだなんて、嬉しいですー。」
 ジョージは再び喜んだ。
 「義兄弟か、なんか恥かしいな〜。」
 ライオネットも、照れた顔でジョージとネルソンを見ている。
 「でも・・・喜んでもいられないんだジョージ。」
 ジョージはネルソンの声にハッとする。
 「どういう事ですか?」
 「いや、実はその事を話すのに来たんだ。お前を看病に来てくれたルナ姫の様子がおか
しかったのに気が付かなかったか?」
 そう告げられたジョージは、ここ最近のルナの様子がおかしかった事を思い出した。
 「そう言えば・・・ルナ姫は、やたら自分の手や体の汚れを気にしていました。最初は
そうでもなかったけど、最近は特にひどくなって・・・極度の潔癖症かと思うくらいだっ
たんです。」
 ジョージの言葉に、ライオネットは重い口を開いた。
 「ジョージ君。君にこの事を言うのは辛いと思ったんだけど、エリアス姫様もエスメラ
ルダ姫様も、それにルナ姫様も・・・酷い男性拒否症になってしまったんだ。」
 「そ、そんな・・・」
 ライオネットの言葉に表情を曇らせるジョージだった。
 「ジョージ、お前も知っているだろう。3人の姫君がダルゴネオス親子や黒獣兵団に何
をされたかを。その影響なんだ。武勇に優れた勇ましい戦姫3姉妹と言えど無垢な女性だ、
あれだけの惨い仕打ちを受けて心に傷を負っていないわけが無い。」
 悲痛なネルソンの言葉に、ジョージは愕然とした。
 「ルナ姫・・・僕の前でいつも笑っていたのに・・・そんなに苦しんでいたのか。なの
に僕は浮かれてばかりで・・・ルナ姫の気持ちを理解できなかったなんて、僕は最低だ・・
・」
 悔しそうにベッドのシーツを握るジョージ。
 「そう自分を責めるんじゃない。女にはどうしても口に出来ない事があるのさ。」
 ジョージの傍らに座ったネルソンは、愛弟子の肩を叩いて慰めた。
 「でも師匠・・・僕がルナ姫を助けなくて誰が助けるんですか。」
 ジョージの言葉にネルソンは静かに首を横に振った。
 「ダメなんだ、いくら我々が手を尽くしても彼女等の心は癒せない。なぜなら、彼女等
は男によって痛めつけられたんだ。男を拒んでしまった状態で我々男がいくらがんばって
も逆効果だろう。」
 「う・・・そうか・・・」
 声を失うジョージ。いくらルナを助けたいと願っても、それを叶える事が出来ない今の
自分の非力さを悔やむしかなかった。
 「男なんて女の前でいくら威張っても所詮はこんなものさ。今は彼女等の事をそっとし
てやろうじゃないか。」
 「はい・・・頼り無いものですね、男って。」
 師匠に言われ、ジョージは力なく答えた。
 「それで、いま3人はどうしてるんですか?」
 「それが、姫様方は王族専用の別荘で休養なさっているんだ。なんでも3人だけで2週
間ほど過ごされるそうだよ。」
 ジョージの質問にライオネットが答える。
 「え、3人だけでですか。」
 「うん、衛兵も女ばかり揃えてね。別荘には誰も立ち入らせないで3姉妹水入らずで過
ごすんだって言っておられたよ。」
 「水入らず・・・つまり、姉妹同士で慰め合うって事ですか。」
 ジョージの言葉にライオネットとネルソンは顔を見合わせた。
 「そうだろうな。それで心の傷が癒せるのなら、我々は黙って彼女等が帰ってくるのを
待とう。」
 答えるネルソンに、ジョージは少しだけ顔を明るくさせた。
 「そ、そうですよね。あの強い3姉妹の事ですから、きっと元気を取り戻して帰ってき
ますよね。」
 「うん、僕も信じてる。」
 ライオネットはそう言った。その言葉に、ジョージは安心した様な顔で安堵の溜息をつ
いた。
 「まあ、1つだけ心配があるんだが。」
 「なんですか師匠、その心配って。」
 「う・・・それは・・・」
 急に複雑な顔になるネルソン。
 「そうですよネルソンさん。もったいぶらないで教えてください。」
 言い寄るジョージ達に、ネルソンは口篭もった。
 「だから、アレだよ・・・女同士の禁断の、その・・・関係になったら・・・って・・・
そ、それを私の口から言わせるつもりかい?」
 顔を赤くして答えるネルソン。
 「あ・・・そうか・・・」
 女同士の禁断の関係・・・ジョージもライオネットもハッキリと判った。
 「ルナ姫やエリアス姫が・・・」
 「エスメラルダ姫様が姉妹同士で・・・」
 2人の頭上に、美しい白百合の園で、生まれたままの姿で愛し合う3姉妹の姿が浮かん
だ・・・
 呆けた顔でアブナイ世界の想像をしているジョージとライオネットであった。
 「オイオイ、なに変な想像してるんだ2人とも。」
 「ナハハ・・・これはその。」
 ネルソンの言葉に我に返るジョージ達。2人とも鼻血が出そうになるのを堪えている。
 「でも師匠、あの3人がそんな関係になるなんてありえませんよねー。」
 「そ−ですよ。間違ってもアブナイ世界になんか足を突っ込んだりしませんって・・・
アハハ。」
 ヘラヘラ笑いながら答える2人。
 「まあ、そ−だな。あの3姉妹に限って・・・ハハハ、まさかね・・・」
 乾いた声で笑い合う3人。だが、笑い声は途中で途切れた。
 (い、いや・・・ありうるかも・・・)
 急に真顔になった3人は、モノスゴク深刻な表情で考え込んでいる。
 「る、ルナ姫が僕の事を忘れてイケナイ世界にイってしまったら・・・ああ〜、ど、ど
うしよう・・・」
 「エスメラルダ姫様〜、僕は信じてますう、あなたが僕を忘れたりしないって〜。」
 「え、エリアス・・・た、頼むから変な気だけは起こさないでくれよ〜。」
 ネルソン達3人は、余計な心配をしながら頭を抱えて悩みこんだ。
 「ジョージさん、お薬の時間で、わあっ?」
 不意に現れた看護婦(中世にはアリマセン)は、どんより淀んだ空気の中で、ヒトダマ
を頭上に漂わせて落ち込んでいる(おバカな)3人を見て仰天した。
 「なに、なんか用?」
 「あ、いい、いえ。なんでもありませーん、また来まーす。」
 ものすごく暗ーい顔で睨まれた看護婦は、あたふたと逃げて行った。
 「うーん・・・」
 アホな悩みにうなされている3人は、処置無しの状態である。
 でも、この悩みは当たらずとも遠からずであった。





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