ネイロスの3戦姫


第5話その1.立ち上がれライオネット  

ダルゴネオスに捕らえられたエリアスとエスメラルダは、黒獣兵団の兵達と、サド
殿下セルドックによって悪夢の辱めを受け、絶望の底に落されていた。
 全ての希望を奪われた2人の元に、1人の男と白い狼が希望を伴って馳せ参じようとし
ていた。
 それは、デトレイドとネイロスの国境付近においてヒムロの襲撃を受け倒されていたラ
イオネットとルナの愛狼アルバートであった。
 ルナを強奪され、谷底に落ちていた筈の彼等がなぜエリアス達の元に向かっているのか・
・・
 時間を少し遡って説明する事にする。

 「う・・・うん・・・」  曙の淡い光が、ベッドで横たわるライオネットの頬を照らし、彼は静かに目を開けた。  「・・・ここは?」  そこは負傷兵を治療する時に用いられるテントの中であった。簡易ベッドに横たわって いたライオネットは、ここがどこなのか確認しようと、ゆっくり体を起こした。  「うっ・・・イタタ・・・」  胸に鈍痛が走り、慌てて手で押さえる。胸には血の滲んだ包帯が巻かれており、それを 見たライオネットは、自分が山小屋に現れた黒装束の男に倒されて谷底に落ちたことを思 い出した。  「そうだ僕は、黒装束の男に・・・ルナ姫様を・・・。」  胸の痛みを堪えながらベッドから降り、傍らのビン底メガネをかけると、テントの端を めくって外の様子をうかがった。  「?・・・うわっ!?・・・まさか、そんな・・・」  外を見た途端、顔面蒼白になって尻餅を付くライオネット。彼が目にしたのは・・・武 器を装備した兵士達の姿と、彼等の掲げているデトレイドの旗印であった。  「ここは・・・デトレイドの陣地じゃないかっ!!」  ライオネットは驚愕のあまり声を失った。  彼はなんと、敵陣の真っ只中にいたのであった。  「待て、落ち着くんだ・・・考えろ・・・」  深呼吸しながら今の状況を把握しようと懸命になった。なぜ自分がここにいるのか?誰 が怪我の治療をしてくれたのか?  怪我の治療をしてくれたのがデトレイド軍の者であることは間違いない。だが、自分が ネイロスの者であることを承知で治療してくれたと言うのか?  謎は深まるばかりであった。  「判らない・・・何がなんだか・・・」  困惑しているライオネットは、テントに誰かが入ってくるのを察知して振り返った。  「やあ、目が覚めたようだね。」  そこには、軍服を着た若い指揮官クラスの軍人が立っていた。  「あなたは・・・」  「私はデトレイド軍の大隊長を勤めるネルソンという者だ。」  「あ・・・あの・・・私は・・・」  まさか自分がネイロスの者だとは言えず、思わず声を詰まらせるライオネット。  「隠さなくていい、我々は君がネイロスの人間だと言うのは招致の上だ。」  現れた男、ネルソンはそう言いながら手に持っていた軍服をライオネットに見せる。そ れはライオネットが着ていたネイロス軍の軍服であった。  「川の岸辺で倒れていた君を守っていた白い狼が、私の部下に知らせてくれたんだよ。」  ネルソンはそう言いながらテントの端をめくりあげた。  「ウォンッ!!」  そこから体に包帯を巻いたアルバートが入ってきた。アルバートは嬉しそうに吠えなが らライオネットの傍らに擦り寄ってくる。  「アルバートっ、お前・・・僕を守ってくれたのか。怪我してるのに・・・」  尾を振るアルバートを思わず抱きしめるライオネット。  「それと、その狼はこんな物を咥えていたよ。」  ネルソンは傍らに転がしていた布袋を広げてライオネットに見せた。中には拳銃とゴム の弾丸が入っている。  「それはルナ姫様の拳銃ですっ。」  「ルナ姫の?おいおい、冗談言うな。姫君がこんな物騒な物持ち歩くのかい?」  「はあ、そうですが。」  ルナのお転婆振りを恥ずかしげに語るライオネット。  「まあ・・・あの戦姫の末妹ですから・・・それに、その狼はルナ姫様の飼っている狼 なんです。」  「なるほど、ルナ姫は中々の忠臣をお持ちの様だ。」  ライオネットの話に、感心するネルソン。  「ところで、君の名前は何と言うんだ?それと、どうして川から流れてきたのか教えて はもらえないか。」  「はい・・・私はネイロス軍、軍事参謀のライオネット男爵です。じつは・・・」  ネイロスの人間である事を知られている以上、黙秘することは出来ないと考え素直に名 前を名乗った。そして、今までの経緯を全て話した。  「そうか、山小屋に潜伏していたところを・・・それに君は軍事参謀だとい言ったね。 確かネイロスの軍事参謀はレオ男爵だった筈だが。」  「レオ男爵は私の父です。父は去年他界いたしました。私は父の跡を継いで軍事参謀に なったのです。」  強張った口調のライオネットの言葉に、感慨深げに目を伏せるネルソン。  「そうか・・・レオ男爵は亡くなられたのか・・・敵ながら惜しい人材を失ったものだ。 すばらしい戦術をたてるレオ男爵には敬意を示していた、本当に残念だ・・・」  敵である亡き父親を称えるネルソンに、ライオネットは少しだけ心を揺らされた。  ネイロスを侵略しようとしていたデトレイドの軍に、これほどまで思慮深い人物がいた とは思わなかったのだ。  いや、これは自分をおとしめるための罠かもしれない・・・そう考えながら、思わず身 構えるライオネットを察したネルソンは、フッと溜息を漏らした。  「まあ待て、君を取って食おうと言うわけじゃない。君の身を案じているのは確かだ、 そう邪険な顔をするな。」  ネルソンはそう付け加えた。  「何の目的で僕達を助けたんですか・・・あなたの思惑は何ですか。この上、僕に何を 強要するつもりなんですかっ!!」  ネルソンを信用できないライオネットは、声を張り上げてネルソンに詰め寄った。  「・・・君が私を信用できないのは理解できる。しかし・・・理解してもらいたいのだ。 我が軍の、いや、デトレイドの民達の為に・・・」  意味深げなネルソンの言葉に、ライオネットは目を見張った。  「それはどう言う事ですか。」  「素直に名前を名乗ってくれた君を信用して全てを話そう。我々デトレイド民兵軍は、 これより皇帝ダルゴネオスに謀反を決行する。そしてネイロス軍と合流し、黒獣兵団を撃 破してダルゴネオスの宮殿を襲撃する予定だ。」  「ええっ!!」  ネルソンの衝撃の言葉に、ライオネットは驚愕の声を上げた。  長年激戦を交えてきた敵国デトレイドが、ネイロスと手を組むと言うのだ。それを驚く なと言うほうが無理であろう。  「今の我々は表向き、ネイロス軍を攻撃している黒獣兵団の後方支援をする事になって いるが、油断している奴らの虚を付いてネイロス軍と共に黒獣兵団を攻撃する。無敵の黒 獣兵団と交戦するための準備も抜かり無い。対重火器戦用に秘密兵器も用意している。」  「秘密兵器・・・」  惜しげも無く秘密事項を話すネルソンに、呆然とするライオネット。  「そんな事を信じろと言うんですか・・・それに、そんな重要な事を僕に喋っていいん ですか?敵である僕に・・・」  ライオネットに質問され、ネルソンは静かに口を開いた。  「君と私達はもはや敵ではない。我々の真の敵はあの暴君と黒獣兵団だ。奴等こそが全 ての元凶、あの獣どもに我々の愛するネイロスとデトレイドを好きにさせてはならん。奴 等から民達を守るのが我等の使命なんだ。どうだ、君も我々と一緒に戦ってくれないか?」  ネルソンに尋ねられたが、何も言えないままベッドに座り込むライオネット。  それでは今までの戦いは一体何だったのだ?ネルソンの言う通り元凶はダルゴネオスで ある事は事実であるが、それをすぐに受け入れる余裕はなかった。  「あなた達の意図はわかりました。でも・・・僕には姫様達をお助けすると言う使命が あります。あなた達と行動を共にする事は出来ません。」  そう言いながら首を横に振った。  「そうか、強制をするつもりはないが、3人の姫君達を助けに行くのなら止めておいた ほうがいい。」  「えっ。」  「さっきルナ姫を強奪されたと言っていたね、残りの2人も同じ様に捕らえられて黒獣 兵団どもの餌食にされたらしい。何をされたかは姫君達の名誉の為、あえて言わないがね。 」  ネルソンの言葉に、ライオネットの顔から見る見る血の気が引いていった。  「エリアス姫様・・・エスメラルダ姫様っ!!」  思わずベッドから体を起こすが、足元がよろけて転んだ。  「怪我をしているのに無茶をするな。君1人が行った所で何が出来るんだ?今すぐには 無理だが、姫君達の身柄は我々デトレイド軍が必ず保護しよう。悪い事は言わん、君は怪 我が治るまでここで養生していなさい。」  「うう・・・姫様・・・」  力なく肩を落とすライオネット。そんな彼を見ていたネルソンは、何かを思い出したよ うにポケットから金の首飾りを取り出した。  「この首飾りに敵の投げナイフが刺さっていた。そのおかげで君は軽傷で済んだのだ。 これは君に返すよ。」  そう言うと、手裏剣の傷跡が残る首飾りをライオネットに手渡した。  「これは・・・亡くなった僕の両親がくれた形見なんです・・・」  手を震わせて首飾りを見るライオネットを、ネルソンは少し驚いた顔で見た。  「そうか、君のご両親が守ってくれたんだね。」  「はい・・・父さん・・・母さん・・・」  涙ぐむライオネット。  「ご両親が守ってくれた命、みすみす失うような真似をする事もあるまい。後の事は我 々に任せなさい。」  そう言いながら、ネルソンはライオネットの肩をポンポンと叩いた。  「失礼します将軍。」  不意にテントの外から兵士が入ってきて、ネルソンを将軍と呼んだ。  「おい、その言い方は止めろと言っただろう。今の私は大隊長だ。」  「はっ、すみません大隊長。ホーネット中隊長が至急お話したい事があると申されてお ります。」  「ホーネットが?判った、すぐ行くと伝えろ。」  「はっ。」  踵を返してテントから出て行く兵士。  「取り込み中でね、失礼する。」  そう言いながらネルソンもテントから出ていった。  「将軍か・・・何か曰くがありそうだな。」  ネルソンの後姿を見ながらライオネットは呟いた。  テントに残されたライオネットとアルバートは、外の兵士達の声を聞きながら無言で互 いを見ていた。  「ウォン。」  沈黙を破るように、小さな声で吠えるアルバート。  「怪我は大丈夫か。」  ライオネットは包帯の巻かれたアルバートの腹をさすった。ヒムロの手裏剣の一撃を受 けていたアルバートだったが、ヒムロは相手が、たかが狼と侮っての事であったのだろう。 その傷は比較的浅く、急所も外れている。  「これなら大丈夫だね、ネルソンさんには悪いが、僕は姫様を助けに行く。付いて来る か?アルバート。」  「ウォンッ!!」  もちろんだと返答するアルバートに、にっこりと笑うライオネットだった。    しばらくして、別のテントの中で作戦会議をしていたネルソンの元に、1人の兵士が血 相を変えて飛び込んできた。  「た、大変ですっ、昨日助けた男の姿が見えませんっ。」  「なにっ!?」  その場にいた一同から驚きの声が上がった。  「こんな置手紙を残していました。」  兵士が一枚の紙をネルソンに手渡した。  紙には、ネルソン宛に助けてくれた事の礼と、勝手な事をして申し訳ないとの謝罪が記 されていた。  「・・・あのバカ、無茶をするなと言ったのに・・・」  溜息をついて手紙を握るネルソン。その脇から中隊長のホーネットが口を挟んだ。  「今すぐあの男を追いましょう。もし、あの男の口から我々の事が漏れたら全てが無駄 になります。」  うろたえるホーネットを、ネルソンが制した。  「もういい、あの男の事は放って置け。」  「しかし・・・」  「好きにさせてやれ、あの男には重大な使命があるんだ。彼が我が軍に害を成さないこ とは私が保証する。」  「はあ・・・わかりました。」  上官命令に従うホーネット。  「負けるなよ・・・ライオネット君・・・」  ネルソンは呟くような声でそう言った。


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