ネイロスの3戦姫


第3話その3.強敵、闇の忍者ヒムロ 

  エリアス達のいる最前線での戦闘は熾烈を極め、不意打ちによって総崩れとな
ったネイロス軍はバラバラになり、多くの兵士は倒されたか、山腹へと逃げ込んでいた。
 すでに時間は夕刻になっており、逃げ延びたエリアスとエスメラルダは数人の兵士達と
山道をひた走っていた。
 「ハアハア・・・姉様、もう黒獣兵団は追って来ないよ・・・」
 「まだ安心しちゃダメよ。追っ手がいつ襲ってくるか判らないわ。」
 エリアス達の走っている山道は人1人がやっと通れる細い道で、一列になった一同は暗
くなった足元に気を付けながら先を急いでいた。
 「姫様、この先、森を抜けねばなりません。」
 先頭を走っていた兵士が眼前の森を指差す。昼尚暗い森は夕刻と言う状況の為、漆黒の
闇に閉ざされている。
 だが、ここを抜けねば先には進めない。
 「急ぎましょう。」
 エリアスは皆を促して暗い闇の中へと入っていった。
 前後の仲間の姿も見えない山道を、一同は恐る恐る進んで行く。
 やがて、暗い森に弱い夕暮れの明かりが差し込み、エリアスとエスメラルダは、ようや
く森を抜ける事が出来た。
 「あー、やっと森から出れたよ・・・あれっ?みんなは?」
 森の出口で立ち止まったエスメラルダは、自分達と一緒に歩いてきたはずの兵士達の姿
が見えない事に気が付き、辺りを見まわした。すぐ先にはエリアスが呆然と立っている。
 「姉様、みんなどうしたの?」
 「・・・判らないわ。消えたのよ、全員・・・」
 2人は慌てて道の先に広がる原っぱに走っていった。
 誰もいない。兵士達が先に進んでいた訳でもない、遅れているのでもない。忽然と姿を
消してしまったのだ
 「返事をしてーっ!!みんな何処にいるのーっ!?」
 2人の声が空しく夕闇に吸い込まれていく。すると、何処からとも無く、薄気味悪い笑
い声が響いてきた。
 「ククク・・・いくら呼んでも誰も来ないでござる・・・兵士どもは拙者が始末致した・
・・」
 ハッとした2人は声のするほうに目を向けた。そこには、黒頭巾に黒装束という姿の男
が立っていたのだ。
 「お、お前は何者っ!?」
 「御初にお目にかかる、拙者の名はヒムロ。我が君の命によってお主等を捕らえに参っ
た。」
 身構える2人に、黒装束の男は不敵に笑った。
 「捕らえるって・・・我が君とは誰なのっ。」
 「フッ、知らぬが仏と言うが如し、聞かないほうが身の為でござる。」
 黒装束の男、ヒムロの不気味な眼光が2人を射抜いた。その眼を見たエリアス達の背中
に戦慄が走った。
 この男、只者ではない・・・
 一筋縄ではいかない強敵である事を本能的に悟ったのだ。
 「でも1人でボク達と戦うつもり?余程の自信があるんだね。それとも只のバカ?」
 ヒムロに気押されまいとドラゴン・ツイスターを構えるエスメラルダ。
 「フフ、バカか否かは拙者と手合わせ致せば判る事。」
 不意にヒムロの体がユラリと揺れた。そして、2人は信じられない光景を目にした。
 「忍法、影分身!!」
 ヒムロの声と共に、ヒムロの体が幾つにも分かれたのだ。
 「これは!?」
 驚愕する2人の周囲を、超高速で移動する分身が取り囲んだ。そしてヒムロは背中の剣
を抜いて2人を切り付けた。
 「きゃあっ!!」
 「わああっ!!」
 ヒムロの剣が容赦無くエリアスとエスメラルダを襲う。2人の陣羽織がズタズタに切り
裂かれ、肩当と垂が宙に舞った。
 「ワーハハッ!!どーしたでござるかっ。悔しかったら反撃なされよっ、ワハハーッ!!
」
 ヒムロの人知を超えた攻撃に、2人は驚愕と恐怖の虜になる。
 「こ、このおっ!!」
 ドラゴン・ツイスターを力任せに振りまわすエスメラルダ。
 「なめるなああっ!!トルネード・クラッシャーッ!!」
 全ての分身を叩き切るべく最強技を繰り出すエスメラルダ。そして大回転するドラゴン・
ツイスターの一撃がヒムロの剣を叩き折った。
 「ムッ。」
 その瞬間ヒムロの動きが止まり、分身が消えた。
 「たあーっ!!」
 すかさずエリアスがヒムロに突きを見舞った。
 「!?」
 だが次の瞬間、ヒムロの姿が消え、太陽の牙は空を突く。
 ハッとしたエリアスが頭上を振り向いた。そこには頭上高くジャンプしたヒムロの姿が・
・・
 「クモ糸縛りっ。」
 飛びあがったヒムロの両手から大量の白い糸が放たれ、エリアスの全身を包んだ。
 「こ、これは、ああっ!!」
 エリアスを包んだ白い糸は、まるで生きているかの如くエリアスの体に巻きつき、自由
を奪った。
 「ああ、う・・・うごけない・・・」
 「姉様ーっ!!」
 地面に転がったエリアスに、エスメラルダが駆け寄った。
 「しっかりして姉様っ・・・うっ!?・・・この糸は・・・」
 エリアスの体を包んだ糸を解こうとするが、エスメラルダがいくら力を入れても糸は切
れなかった。
 「その糸は特殊な物でござる。如何な強力をもってしても絶ち切る事は不可能。」
 「よくも姉様をーっ!!」
 得意げに言い放つヒムロに、エスメラルダは猛然と飛びかかって行った。
 だが、ドラゴン・ツイスターの一撃はヒムロに軽く交わされてしまった。
 「遅いっ。」
 エスメラルダの背後に回ったヒムロは、両手足を大蛇のようにエスメラルダの体に巻き
つけると、凄まじい力で締め上げた。
 「うああっ!!あ、あああ・・・」
 エスメラルダの体がメキメキと音を立てて軋む。まるで万力で締め上げられるかのよう
な激痛が彼女を襲った。
 「ん〜、良い音でござる。美しい女人の骨が軋む音は格別でござるな。」
 気味の悪い笑いを上げながら、更に締め上げて行く。
 「ぐう、ああ・・・あ、あね・・・さ・・・まぁ・・・」
 エリアスに助けを求めるかのようにブルブルと手を伸ばすエスメラルダ。
 「や、やめてっ、エスメラルダを離してっ!!」
 「んんっ、何か言ったかな。聞こえんでござる。」
 自由を奪われ、手出しが出来ずにもがくエリアスを嘲笑うヒムロ。
 「あああ・・・ぐ、ううう・・・」
 ヒムロの強烈なる締め技により、エスメラルダは白目を向いて落ちる。がっくりと膝を
突き、地面に倒れ伏した。
 「え、エスメラルダーっ!!」
 姉の悲痛な叫びもエスメラルダには届かない。ビクビク痙攣しながら気絶しているのだ。
 「ネイロスの戦姫、召し取ったりっ。」
 黒頭巾から覗く眼に邪悪な光を宿して、ヒムロは笑った。
 「後は末娘のルナ姫を捕らえるのみ、非力なルナ姫を守っているのが腰抜け男爵とくれ
ば・・・ククク、容易い話でござる。」
 ヒムロの狙いは3姉妹全員を捕らえる事・・・ルナの危機を知ったエリアスは、自由を
奪っている糸に激しく抵抗した。
 「そんな事はさせないわっ!!ルナに手を出したら・・・お前を地獄に叩き落してやる
っ!!」
 だが、いくら足掻こうとも強じんな糸を切る事は出来なかった。
 「くっ・・・」
 エリアスは悔しそうにヒムロを睨んだ。そんなエリアスに近寄ったヒムロは、エリアス
の傍らに落ちている太陽の牙を見つけて拾い上げた。
 「おお、これは見事・・・拙者の剣は折れてしまった故、お主の剣を頂戴するでござる。
」
 「!!、やめてっ、その剣を返してッ!!」
 「ほう?まだそんな口が利けるとは。いずれにせよムダな事、諦めるでござるな。」
 ヒムロはそう言うと、懐から一本の針を取り出しエリアスの首筋に突き刺した。
 「わ、わたしに何をしたの・・・うっ!?・・・」
 「しばらく眠っていてもらうでござる。」
 針には麻酔薬が塗られており、エリアスの意識が急激に失われて行った。
 「お、御願いライオネット・・・ルナを・・・守って・・・」
 呟きながらエリアスの意識は暗い闇に落ちていった。
 エリアスが動けなくなったのを見届けたヒムロは、2人の体を両肩に乗せ、暗闇の中へ
と姿を消した。




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