ネイロスの3戦姫


第2話その2.作戦会議

 エドワード国王の崩御から1週間後、ネイロス公国では緊急の軍事会議が開かれていた。
 隣国デトレイドに送り込んでいた諜報員からデトレイド軍が進軍の準備を始めていると
の情報を得たからである。
 城の会議室には、エドワードの後を継承したエリアスと妹のエスメラルダ、そして軍事
参謀のライオネット男爵と十数人の軍部の高官達が集まっていた。
 緊張した面持ちのエリアスが、各高官達を前にして会議の主題を話し始めた。
 「今日の軍事会議を始める前に、重大な事を伝えねばなりません。デトレイドに潜入し
ていた諜報員の情報によれば、デトレイド国内に銃火器で武装した傭兵団が姿を見せたと
の事です。」
 エリアスの言葉に高官達の間から、ざわめきが起きた。
 「姫様、武装した傭兵団とは如何様なる者でありましょうか?」
 「あなた方もその傭兵団の名前を、1度は耳にした事があると思います。武装した傭兵
団とは・・・黒獣兵団なのです。」
 「な、なんですって!?」
 黒獣兵団の名前を聞いた高官達は驚愕した。
 「おそらく・・・デトレイドの皇帝ダルゴネオスがネイロス攻略に際し、黒獣兵団と手
を結んだと考えていいでしょう。」
 「それは真でありますかっ?姫様っ。」
 「ええ、信じたくはありませんが・・・」
 黒獣兵団の悪名は、ネイロスの軍人達の間でも噂になっていた。
 「そんな・・・あの地獄の軍団が我々の敵に回ったとは・・・」
 高官達の顔から血の気が失せていた。悪烈なる彼等が敵国デトレイドと手を結んだ事が、
ネイロスの脅威となることは確実であった。
 「確か、デトレイドは厳しい飢饉に見舞われていて兵の士気が低下しているとか。兵力
の低下を補う為に奴等を雇ったのでしょうか?」
 高官の1人がエリアスに尋ねた。
 「それもありますが、父上の崩御によって混乱している我が国を確実に潰す狙いがある
と思われます。彼らを侮ってはなりません。黒獣兵団によって壊滅させられた国は一つや
二つではないのですから。」
 固唾を飲んで押し黙る一同。
 「奴等の兵器に対抗する手立てはあるのでしょうか?」
 「確かに、銃火器で武装した彼等に真正面から戦いを挑めば勝ち目はないでしょう。そ
こで、我が国の地の利を使って彼等と戦う方法をライオネット男爵に考えてもらいました。
男爵、説明を。」
 「はい。」
 前に出てきたライオネットが、机の上に地図を広げた。ネイロスとデトレイドの国境付
近の地図である。
 両国間の山脈沿いに、ネイロスとデトレイドの国境が引かれており、そこが両国の主な
戦場になっている。
 「黒獣兵団は銃火器によって武装している為、山や谷などの足場の悪い所を移動できな
いと言う欠点を抱えています。そのため、もし、我が国に彼等が攻め入ってくるとすれば、
ここの街道を通過して我が国に侵攻してくると思われます。」
 地図上に記されている山脈間の街道を指差すライオネット。
 国境線上において、重武装した黒獣兵団が移動できる地形は2国間の街道のみで、山脈
を超えて侵入するという事は考えられなかった。
 「街道は山脈に挟まれた地形になっている為、そこを通る時点で黒獣兵団は細長い隊列
を組まざるを得ません。そこで、我が軍の兵力を3手に分け、正面から本隊が攻撃を仕掛
けて牽制し、残りの2手で山脈の両側から黒獣兵団を挟み撃ちにします。」
 ライオネットが考案した作戦に高官達の間から、おおっと声が上がった。
 「しかし・・・相手は銃や大砲で攻撃を仕掛けてくる。軽装の我が軍に勝ち目はあるの
か?」
 高官の1人がライオネットに異議を唱えた。
 「その点についてはこちらに分があります。なぜなら大砲は遠距離戦で威力を発揮しま
すが、接近戦においては威力は半減します。それに黒獣兵団が使用している銃は殆ど旧式
の銃であるため、弾を装てんするタイムラグを考慮して接近戦に持ち込めば戦局をこちら
に持ち込む事が出来ます。今まで黒獣兵団と戦った相手は平地での戦いで敗北致しました。
しかし谷間での戦いなら、黒獣兵団の銃兵器も恐れる事はありません。」
 「なるほど。」
 ライオネットの説明に、高官達の顔に希望が蘇った。
 「あの凶悪な黒獣兵団に、我が国を蹂躙させてはなりません。この作戦に賛同される方
はご起立願います。」
 ライオネットの言葉に、高官達は全員一斉に立ち上がった。
 「異議無しっ。」
 「黒獣兵団に・・・いや、ダルゴネオスめに一泡噴かせてやりましょうっ!!」
 歓声を上げて作戦に賛同する一同。それを見たエリアス、エスメラルダ、ライオネット
の3人は安堵の表情を見せた。
 「それでは、作戦の詳細をもう一度検討したいと思います。急襲部隊を率いる指揮官は
おられますか?」
 「それは我々の部隊がいたします。」
 「いや、我が部隊が・・・」
 谷間のどの辺で黒獣兵団を迎え撃つか、またその部隊を率いるのは誰かの議論が出る中、
作戦会議は進行していった。
 その時、会議場の外で、議論の内容を密かに聞いている1人の人物がいた。
 「フン、黒獣兵団を挟み撃ちですって?あの腰抜け男爵が考えそうなチャチな作戦だわ。
」
 ほくそ笑みながらその場を後にした人物は、エドワード国王の後妻、マグネアであった。
 人目を避けるように会議室を離れたマグネアは、城の人気のない所に赴くと、辺りに誰
もいないのを確認し何か呟いている。
 「・・・いいわね、早急に伝えてちょうだい・・・」
 「承知。」
 マグネアの声に反応するように、部屋の隅で黒い人影が動き、城の外へと姿を消した。
 「ウフフ、これでネイロスもお終いね・・・」
 マグネアはそう言うと、何事もなかったかのように城の奥へと歩いて行った。
 
 「ご苦労様、ライオネット。高官達もあなたの作戦に賛同してくれたわ、感謝するわよ。
」
 会議が終わってエリアスにそう告げられたライオネットは赤面しながら頭を掻いている。
 「いやー、それ程でもないです。父上ならもっと良い作戦を考えたでしょうけど・・・」
 自分の父親である前参謀のレオ男爵を引き合いに出して謙虚に答えるライオネット。
 「なーに言ってるの、もっと自信をもちなよ。キミは最高の参謀だよ、頼りにしてるん
だから。」
 満面の笑みを浮かべるエスメラルダに見つめられたライオネットは、舞い上がらんばか
りに喜んだ。
 「さ、最高の参謀・・・頼りにしている・・・姫様がぼ、僕の事を・・・頼りに・・・」
 ライオネットの頭上に巨大なハートが浮かんでいる。
 「エリアス姫、エスメラルダ姫。ちょっとよろしいでしょうか?」
 不意に現れた兵士が、エリアス達に声をかけてきた。
 「どうしたの。」
 「はい、ルナ姫様が御二方に見せたい事があると申されておりますが。」
 兵士の言葉に、2人は顔を見合わせた。
 「ルナが?いったいなんなの。」
 「来れば判るとか・・・」
 首を傾げる2人だったが、とりあえずルナの元に向かうエリアス達。後には置いてきぼ
りにされたライオネットが突っ立っている。
 「姫様が僕を頼りに・・・僕が最高の参謀・・・」
 目をハート型にしたまま立っているライオネットを、通りすがりの家臣が見つけて声を
かけた。
 「男爵、どうしたんですか?ねえったら。」
 ライオネットの眼前で手を左右に動かす家臣。
 「僕は頼りにされてる・・・エヘ、エヘヘ・・・」
 エスメラルダに頼りにしていると言われ、すっかりのぼせ上っているライオネットは家
臣の声も耳に入らない。
 「ダメだ、こりゃ・・・」
 呆れた家臣は、ニヤけた顔のライオネットを無視してその場を後にした。



次のページへ BACK 前のページへ