アルセイク神伝


第5話その2.魔王の咆哮

 ズシンッ・・・  魔城全体にものすごい音が響いた。その音を聞いた魔城の周囲で働かされている奴隷達 は驚き、魔城を見た。  「なんだあれは・・・」  魔城の上部が音と供に砕け、その中から巨大な人影が現れたのだ。土埃が晴れ、崩れた 魔城の上に仁王立ちする人影は、いや、人と言う表現は出来ない。岩山の様にそびえる屈 強な体に、長いライオンの様なたてがみを生やした巨大な人影は、半獣半人の怪物だった。  「ガァオオ〜ッ!!」  ライオンの頭部と人間の身体を併せ持つ怪物は、牙の生えた口をクワッと開き、ものす ごい雄叫びを上げた。雄叫びは辺りを揺るがし、生きとし生ける者全てを震えあがらせた。  「ば、ばけもの・・・」  奴隷達は突如として現れた優に10数mはあろう巨人に恐怖し、動けなくなった。  「おお・・・魔王様が、ラス様が真の御姿を見せられたっ。」  奴隷達を酷使していた魔族達から歓声が上がった。そう、突如として現れた怪物は、破 滅の魔王ラスの真の姿であった。    「いてて・・・なんだべ、あれは・・・」  「ラスだ・・・魔王ラスがついに本気になったんだっ。」  崩れる魔城の瓦礫から逃げ延びたカルロスとボーエンは、ルクレティア達のいる場所に 急いだ。  先程フィオーネと女達を助けた場所は、瓦礫によって跡形もなく埋まっていた。  「ああ、姫様は・・・」  ルクレティア達は瓦礫の下敷きになってしまったのか・・・  最悪の状況がボーエンの脳裏を過った。  「心配は要らないぞ、あれを見ろ。」  カルロスが指差す方向に、半円形の光があった。ルクレティアの首飾りによる光のバリ アである。その中にルクレティアに守られたフィオーネと女達の姿があった。  「ルクレティア殿っ。」  カルロス達が駆け寄ると光のバリアは消えた。ルクレティアが2人を見て安堵した。  「カルロス王、ボーエンっ、無事だったのですね。」  「大丈夫ですだ。姫様はっ?」  「ええ、私達は何とか・・・でもあれは。」  巨大な怪物に変貌しているラスを見て声を詰まらせているルクレティア。その彼女の前 に、焼け爛れた肉隗が落ちてきた。  「あっ。」  肉隗はブスブスと煙を上げながら燻っていた。その肉隗がモゾモゾと動き、呻き声を発 した。  「うあ、ぐ・・・ぐ・・・」  「ヒルカス!?」  ルクレティアは驚きの声を上げた。肉隗はラスの爆炎を受けたヒルカスだったのだ。ヒ ルカスはズルズルに焼け爛れた腕をルクレティアに伸ばし助けを求めた。その目にはラス の手下だった時の邪悪さが消え、孤独で暗い臆病者だった頃のヒルカスに戻っていた。  「ルク・・・ア・・・ゆるし・・・て・・・ひめさま・・・」  泣きじゃくりながらルクレティアに許しを乞うヒルカスは、そのまま床に倒れ付して動 かなくなった。そして肉隗はドロドロに溶け、跡形もなく消滅した。  「ヒルカス・・・」  無残にして凄惨なヒルカスの最後を見たルクレティアは、思わず目を伏せた。  「バカな奴だべ、欲を出したりしなけりゃ、こんな事にならなかったのに。」  ルクレティアにも、ボーエン達にも、もはやヒルカスに対する怒りや憎しみは無くなっ ていた。  ヒルカスも被害者だったのだ。悪烈なるラスの・・・  「クックック・・・次はお前達がそうなる番だ。」  ルクレティアたちの頭上から巨大なラスの声が響いた。口元を歪めて笑うラスを、ルク レティアはキッと睨んだ。  「惨い事を・・・あなたに魂を売ったとはいえ、ヒルカスはかつて私の家臣でした。」  ルクレティアの言葉に、ラスは嘲り笑った。  「グハハッ、惨いだと?お前達を散々苦しめたヒルカスを哀れむとはなっ。そんなにヒ ルカスが可哀想なら慰めてやるがいい、あの世でなっ!!」  ラスの口から凄まじい爆炎が放たれた。  「きゃあっ!!」  「うわあっ!!」  爆炎に怯んだカルロス達と女達が思わず悲鳴を上げた。  「ううっ、あうう・・・」  怯えるフィオーネは、カルロスにしがみ付いてブルブル震えている。  「・・・?、ルクレティア殿!!」  フィオーネを庇いながら、恐る恐る目を開けたカルロスの目に写ったのは、首飾りの力 でバリアを作り、自分達を守っているルクレティアの姿であった。  「あ、くっ・・・」  両手を掲げ、苦悶の表情を見せるルクレティア。一糸纏わぬ白い肌が爆炎の熱によって 赤く火照っている。  ラスの爆炎は、先程のヒルカスの攻撃や瓦礫など比べ物にならない。いかに強固なバリ アであっても、このままでは皆が爆炎の餌食にされるのは時間の問題であった。  「ムハハーッ!!どうしたルクレティアっ!!お前も神王の娘なら、もっとわしを楽し ませてみろっ!!」  「ま、負けません、あなたになんか・・・あっ。」  容赦なく爆炎を叩きつけるラス。あまりの力に、ルクレティアは膝をついた。  「姫様っ・・・」  何も出来ず手をこまねいているボーエンは、何とかならないかと辺りをうかがった。  「たしかこの辺は・・・そうだべっ。」  魔城の間取りを覚えていたボーエンは、床に目をやるとカルロスに耳打ちした。  「そうか・・・それなら。」  ボーエンに耳打ちされたカルロスは、聖剣を足元に付き立てて床に穴を開けた。床がガ ラガラと崩れ、その下に空間が広がった。  「みんな、御后様を連れて逃げるだっ!!」  ボーエンに言われた女達は、フィオーネを伴って床の穴に逃げ始めた。  「さあ、早く逃げるんだ、フィオーネ。」  「あーうーっ、へいかーっ、ボーエンーっ。」  フィオーネは泣きながら女達に連れられて行った。  「姫様も早く逃げるだ。」  ボーエンはそう言うと、ルクレティアが手にしている首飾りを取って女達にルクレティ アの身柄を託した。  「!?、ボーエン何をっ。待って、離しなさいっ。」  「姫様、ここは私達と一緒にっ。」  女達はルクレティアを引っ張って穴の中へ入っていった。  「ムッ、おのれ・・・小賢しい真似をっ!!」  逃げるルクレティア達を焼き払おうとするラスに、首飾りと聖剣の光が煌いた。  「なにっ!?」  今まで劣勢だったバリアの光が増幅され、爆炎を押し返し始めた。  バリアの中にはルクレティアに変わって首飾りを掲げるボーエンと、傍らで聖剣を翳す カルロスの姿があった。  「へへ、首飾りだけならダメでも聖剣と一緒なら勝ち目はあるべ。」  「神の力、見るがいいっ!!」  2人の声と供にバリアの光が何倍にもなり、ついに爆炎を跳ね返した。  爆炎がラスの顔面に振りかかり、ラスは思わず顔を手で覆った。爆炎によってラスのヒ ゲと髪が焼け焦げた。  「おのれクソどもめがぁっ!!」  怒り狂ったラスが拳を振り上げ、床に叩きつけた。強烈なる一撃で拳が床に突き刺さる。 その腕めがけカルロスが飛びかかった。  「空牙両斬波!!」  一閃、聖剣の煌きが見事ラスの腕を両断した。  「ぐああーっ!!」  ものすごい叫びを上げるラス。  「これでも食らうだ!!」  大きく開いたラスの口に、ボーエンは火をつけた爆弾を投げ込んだ。  「ごあっ!?」  口の中で爆弾が炸裂し、ラスの唇と牙が飛び散った。  「あああ・・・」  呻きながらラスはよろめいた。  「次は足を切り落としてやる!!」  手足を傷つけられた時のお返しとばかりに、ラスの足元目掛け突進するカルロス。だが 魔王たるラスがこの程度で参るはずは無い。  「バカめっ、2度も同じ手を食らうかっ!!」  残った腕を振り回し、カルロスに襲いかかった。  「うわ!?」  紙一重で攻撃をかわすカルロス。  「ぬううっ、どこにいるっ!?」  ラスは爆弾の影響で一時的に視力が落ちてしまったのか、足元がおぼつかない上に、攻 撃も乱雑だ。  喚きながらカルロスの姿を探すラスから逃げたカルロスは、ボーエンと共に物陰に身を 寄せて聖剣を見た。  「このままではダメだ・・・」  いくらラスを傷付けても、ラス自身を完全消滅させなければ何の意味もない。何度でも 復活してカルロス達の前に立ち塞がるであろう。  だが、今の聖剣にはラスを完全に倒せるだけの力はなかった。ただいたずらにラスを傷 付けるだけだ。  もっと聖剣に力が必要である。  その時、カルロスの脳裏に魔族から救った母娘の事を思い出した。  あの時、女の子の希望と共に聖剣が光と力を宿した。魔城の下には、希望を奪われた民 達がいるはずだ。もし民達にラスを倒し、魔族からの支配から逃れる事が出来ると言う希 望をもたらす事ができれば・・・  「ボーエン、しばらくラスを引きつけておいてくれ。」  「?、いいだが、何をするつもりだべ、あっ、カルロス王!!」  ボーエンが言い終わらないうちにカルロスは走り出した。  「なんだべいったい・・・」  ぼやくボーエンの頭上にラスの巨大な足が現れた。  「踏み潰してやるーっ!!」  ボーエン目掛け足が踏み降ろされ、ズシーンという轟音が辺りを揺るがした。  「うわおっ!?」  間一髪逃げ延びたボーエンは慌ててラスから逃げまわった。  「こうなったらヤケだべっ!!」  袋にある、ありったけの爆弾をラスに投げつけるボーエン。ラスの周囲で次々と爆発が 起きる。  「まてーっ、きさまーっ!!」  爆弾ぐらいではラスは怯まなかった。しかも僅かに残った爆弾以外でボーエンに残され ている武器は戦斧と首飾りのみ。  今のボーエンには逃げの一手しかなかった。

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