アルセイク神伝


第5話その1.凄惨なる末路


 魔王ラスの手先となり、神都アルセイクを蹂躙した魔導師ヒルカスは、カルロスとボー エンによって倒された。  だが、まだ戦いが終わったわけではなかった。  ヒルカスを操り、全ての人々から希望と安らぎを奪い取った張本人である魔王ラスを倒 さぬ限り、戦いは終わらない。  愛する者を守るカルロスとボーエンの最後の戦いが今始まろうとしている。
 「やったなボーエン!!」  「へへっ、とうとうやっつけたべ!!」  互いの手を取り合って喜ぶカルロスとボーエン。その2人の元に、ルクレティアとフィ オーネが駆け寄ってきた。  「ボーエン、腕が・・・」  心配げなルクレティアの視線が、ボーエンの右腕に向けられた。ボーエンの腕に先ほど の戦いで受けた傷があった。  「血がたくさん出てるわ、傷を見せて。」  「心配ねえですだ姫様、こんなキズなんか痛くねえだ、あたた・・・」  「強がってる場合ですかっ。」  ルクレティアに心配をかけまいとするボーエンだったが、腕に受けた傷から鮮血が流れ おり傷口を押さえて呻いた。  傷を見ようとするルクレティアの傍らに、フィオーネが恐る恐る近寄って来た。  「あう、あーうー。」  フィオーネは手にした首飾りをルクレティアに手渡した。  「ありがとうフィオーネ姫。ほらっ、動かないで。」  ボーエンの腕を掴んで傷口に手をかざした。  「無茶をしないでボーエン。あなたにもしもの事があったら私は・・・」  「わかっただ姫様・・・」  泣きそうな顔のルクレティアを見たボーエンは、大人しくルクレティアに従った。首飾 りから柔らかな光が放たれ、腕の傷が見る間に完治した。  「すまねえだ姫様、もう無理しねえから泣かねえでくだせえ。」  オロオロするボーエンの顔を、カルロスの背後からフィオーネがじっと見ている。  先ほどまで、恐ろしいゴブリンの姿をしているボーエンに怯えていたフィオーネだった が、ボーエンが味方だと言う事を認識し、怯えるような仕草をしなくなっていた。  「あ・・・う、ボー・・・エ、ン。」  ボーエンに近寄ったフィオーネは、僅かに震える手で傷の癒えた腕に触れた。  「あり・・・がと、ボーエン。」  「御后様?」  自分を気遣ってくれるフィオーネに驚くボーエン。  フィオーネは自分を守る為に戦ってくれたボーエンに感謝している。もはや彼に対する 恐怖心は無くなっていた。  「フィオーネ・・・あっ!?」  フィオーネに声をかけようとしたカルロスが不意に声を上げた。  「どうしただ?」   カルロスの視線に目を移すと、肉隗と化しているヒルカスの成れの果てからモゾモゾ蠢 く物があった。  見ればそれは聖剣で下半身を粉砕され、戦斧で頭を叩き割られたヒルカスが、血塗れに なりながら腕だけで這いずっている姿であった。  「あぐあ・・・ぐうう・・・」  ズダボロになりながらも、しぶといまでの執念で生きていた。ハラワタを引きずり、脳 しょうを流しながら逃げ様としている。  「止めをさしてやるだ!!」  「ひ、ひえっ。」  戦斧を振り上げたボーエンに、ヒルカスはジタバタと腕を動かした。そして背中からカ ニのような足を生やして逃げ出した。  「ゴキブリか、あいつ・・・」  先程まで凶悪な魔物と化して暴れていたヒルカスも、こうなっては惨めである。ボーエ ンに追い掛け回され、脱兎の如き勢いで部屋を飛び出して行った。  「まて、このっ。」  ヒルカスを追うボーエンに続いてカルロスも走り出した。  「ルクレティア殿、フィオーネと他の皆を頼みます。」  「わかりました。」  愛妻と部屋に残った女達をルクレティアに一任して聖剣を片手に後を追った。  「あいつ、どこへいくつもりだ?」  「たぶん・・・ラスのところだと思うだ。」  ヒルカスを追う2人の顔に緊張が走った。  ついに、来るべき時が来たのだ。魔王ラスとの直接対決の時が・・・  「ボーエン・・・覚悟は出来てるか?」  「んだ、ここまで来たらやるしかないべ。」  逃げるヒルカスを追いながら2人はそう言った。  「あひ、ひいい・・・こんなことが・・・この俺が負けるなんて・・・」  廊下を逃げながらヒルカスは呟いた。ラスに無敵の力を授けられていたはずなのに、そ れなのに無残にも敗北した。その事実を受け入れられず、泣き喚きながら必死で逃げて行 った。  「見ていやがれ・・・ラス様が力を授けてくれれば・・・くくっ、てめえ等の泣き面が 目に浮かぶぜ・・・ひひっ。」  ボーエンの思惑どおり、ヒルカスはラスの元へと逃げていた。いくらルクレティアの神 力を受けているとはいえ、ラスに歯向かえるはずは無い。もう一度チャンスを与えてくれ れば今度こそボーエンとカルロスを倒せる、そう考えながらラスの元へと急いだ。  「ラス様っ、ラスさまーっ。」  ヒルカスが逃げ込んだ先は、カルロスとフィオーネの受難の場所、ラスの王の間であっ た。  だが、王の間にはラスの姿は無かった。キョロキョロとあたりをうかがうヒルカス。  「無様だな、ヒルカス・・・」  玉座の付近からラスの重厚な声が響いた。玉座から黒い闇が出現し、ラスの姿へと変貌 した。腕を組み、爛々と目を光らせて玉座の前に立った。  「おお、偉大なる魔王ラス様っ、お助け下さい、どうか今一度この私めに力をっ。」  慌ててラスの元に駆け寄ったヒルカスを、ラスは侮蔑の目で見下ろした。  「助けろだと?何の話だヒルカス。」  「へっ?」  予想だにしないラスの言葉に、絶句するヒルカス。  「貴様如きに、なぜわしが力を貸さねばならんのだ?貴様のようなダニが1匹くたばっ たとて痛くも痒くも無いわ。今まで散々いい思いをさせてやったのだ、思い残す事など無 いであろう。迷わず地獄に落ちるがいい。」  「あわわ・・・そ、そんな・・・」  「フフ・・・絶望したか、いい面だ。」  ヒルカスの目が絶望と破滅に変わった。そして全てを悟った。  自分はただ、ラスに良い様に利用されていただけ、暗黒の魔導師などという肩書きを与 えられ好い気になっていただけ・・・その事実がヒルカスを打ちのめした。  ヒルカス自身ですらラスにとっては絶望を味わう為のエサに過ぎなかった。狂おしい絶 望に苛まれたヒルカスはラスに背を向けて逃げ出した。  「死ね、ヒルカス。」  ラスの右手が逃げるヒルカスに向けられた。  「ひいいっ、お、おゆるしをーっ!!」  泣き叫ぶヒルカスの前に、後を追ってきたカルロスとボーエンが立ち塞がった。  「ヒルカスっ。」  ボーエンはヒルカス目掛けて戦斧を振り上げた。だが、ヒルカスの口から意外な言葉が 発せられた。  「ぼ、ボーエンっ、た、たすけてくれーっ!!」  哀れなるヒルカスの助けを呼ぶ声が辺りに響いた。  突然の事に驚愕する2人。その瞬間、ラスの右手から地獄の業火が放たれ、ヒルカスの 背中を直撃した。  「ぎゃあああーっ!!」  凄まじい爆炎がヒルカスを包み、絶叫を上げながら転げまわった。  「うわっ、くそ・・・ラスっ。」  爆炎を交わしながら、カルロスとボーエンはラスを睨んだ。  「クックック・・・ヒルカス相手にここまでやるとはな。だがそれもこれまでだ、貴様 等も絶望するがいい。愚かなヒルカス共々、わしが地獄に蹴落してやろうぞっ!!。」  ラスの目が赤く光った。そしてラスの体が見る見るうちに巨大化し、カルロス達の立っ ている床が轟音を立てて揺れた。

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