アルセイク神伝


第4話その1.魔城の最上階へ

地獄の地下牢からボーエンの手によって救出されたカルロスは、ルクレティアに託され
た神の聖剣を手に、因縁浅からぬ暴獣ブタ男を倒し、愛妻フィオーネを助けるべく、ボー
エンと共に魔城の中枢部に潜入した。
 彼らの行く手には数多くの魔族が立ち塞がっており、困難な状況の中、互いにいがみ合
いながらも着実にフィオーネの元へと近づくカルロス達。
 だがそのころ、地下で身を隠していたルクレティアに、執念深いヒルカスの魔の手が迫
ろうとしていた。
 ルクレティアを奪回されて怒り狂っているヒルカスは、城内の魔族を総動員して捜索に
当たらせている。ルクレティアが見つかるのではと焦りながらも、ボーエンはカルロスと
供にフィオーネの元に急いだ。
 魔王ラスとの決戦の時が迫っていた。神都アルセイクとフィル王国の未来は、若き王カ
ルロスと、ルクレティアの忠臣ボーエンの手に委ねられた。

 「さあ、もう大丈夫ですよ。」  「あ・・・姫様・・・ルクレティア様・・・」  半死半生の奴隷の額に手を当て、優しく微笑んでいるルクレティア。  奴隷の死体置き場に見を隠していたルクレティアは、辛うじて息のあった奴隷を助け起 こし、癒しの力で傷を治していた。  「ありがとうございます姫様・・・あなたが生きておられたとは・・・」  涙ながらにルクレティアを見る奴隷の男。  「希望を捨ててはいけませんよ、必ず助かります。」  「は、はい。」  希望を捨てるなとは言ったものの、現実には余りにも希薄な希望だった。だが、諦める わけにはいかない。カルロスとボーエンがラスを倒し、アルセイクに再び平和がもたらさ れるのを待つしかないのだ。  「!!・・・あれは?」  「?、どうしたんですか。」  奴隷の男が天井を見て驚きの声を上げた。死体が落ちてくる穴から、無数の黒いゴキブ リが這い出てきたのだ。そして気が付いていないルクレティア目掛け、殺到してきた。  「姫様っ、あぶない!!」  叫んだ男がルクレティアを突き飛ばした。男の頭上にゴキブリの大群が落ちてくる。  「ぎ、ぎゃあー!!」  男は殺到してきたゴキブリに身体中を食い荒らされ、血だらけになって転げまわった。  「うう・・・ひめさま・・・にげて・・・」  呻き声を上げる男を尻目に、ゴキブリの大群はまるで意思を持っているかのごとく、ル クレティアに迫った。  「いや、こないで!!」  死体置き場の隅に追い詰められたルクレティアは、迫り来るゴキブリの大群に悲鳴を上 げる。すると、ゴキブリの大群はルクレティアの足元まで来るとその動きを止めた。  「ムフ・・・フフフ・・・みぃつけたぞぉルクレティア・・・」  不意に笑い声が聞こえた。それはなんと、ゴキブリの大群から聞こえてきたのだった。 ルクレティアはその声に覚えがあった。最も聞きたくないその声の主とは・・・  「ひ、ヒルカス・・・まさか・・・」  絶句するルクレティア。その声に答えるかのごとく、ゴキブリの大群から再び声がした。  「クソ虫ボーエンの隠れそうな場所だ、手間かけさせやがって・・・」  そう、その声は正にヒルカスの声だ。悪魔のゴキブリを操り、ボーエンがルクレティア を匿っていそうな場所を探していたのだ。  「お前はどこにも逃げられん・・・俺の元に来るんだぁ・・・」  ヒルカスの声を発したゴキブリは、一斉にルクレティアに襲いかかった。  「た、たすけてっ、い、いやあー!!」  鋭い牙を持つ悪魔のゴキブリはルクレティアが纏っている布を全て食い破り、白い肌を 露にした。その美しい肌の上を、おぞましいゴキブリの大群が這いまわる。  「あ、あひっ。」  ゴキブリを振り払おうともがくが、次から次へと殺到するゴキブリ達に抵抗する術が無 かった。そのゴキブリ達はルクレティアの口や鼻を塞ぎ、呼吸を出来なくした。  「うう・・・」  やがてルクレティアは意識を失って、その場に倒れ込んだ。    ルクレティアが襲撃を受けていた頃、魔城の内部ではカルロスとボーエンの捜索活動が 行なわれていた。  「さがせー!!まだそう遠くには行ってないはずだっ、。」  城の地下道に潜入していたカルロスとボーエンは、頭上から聞こえてくる指揮官クラス の魔族の声と、手下の足音を聞きながら、カルロスの愛妻、フィオーネの救出作戦を思案 していた。  「なあ、ボーエン。もう一度聞くが、フィオーネが囚われている場所は大体見当がつい てるって、本当なんだろうな?」  「もちろんだべ。オラこの1年、城の隅から隅までキッチリ調べておいただ。どの部屋 がどこにあるか、全部知ってるべ。」  広大なラスの居城に囚われているフィオーネを探すのは困難を極める。方向オンチのカ ルロスは城内に詳しいボーエンを頼りに、フィオーネの居場所を探っていた。  「ラスは自分が犯した女を専用の部屋に拘束してるだ。たぶん御后様もそこにいると思 うだ。」  「場所は?」  「城の最上階にあるだ。」  ボーエンは床に消し炭を使って城の大まかな間取りを書いた。  「今オラ達のいる場所はここだべ。魔族どもがウロウロしてる中を通って行くより、外 の壁を伝って窓から侵入する方が安全だべ。でも部屋には番人のリザードマン3兄弟がい るだ。あいつらミノタウロス並に厄介な相手だ。」  「リザードマンか・・・相手にとって不足は無いな。」  聖剣を手に、そう呟くカルロス。  「静かになっただ。もう廊下に出ても大丈夫だ。」  ボーエンはそう言うと、頭上の鉄板をこじ開けて頭を外に出した。辺りを見まわすと、 クロスボウを手にした見張りの魔族が1人ボーエンを背にして立っている。  「あのクロスボウいただきだべ。」  呟きながら穴から出たボーエンは忍び足で魔族に近寄り、背後から叩頭部にメイスの一 撃を食らわせた。  「んげ!?」  殴られた魔族は頭に大きなタンコブを作って倒れた。  「しばらく良い夢でも見てるだ。」  頭上に星を瞬かせてのびている魔族の手元からクロスボウと矢を奪ったボーエンは、カ ルロスを促して廊下の窓に歩み寄った。  窓を空け外に出て行く2人。  「うわ・・・凄い風だべ。」  灰色の空から吹きつけてくる風に飛ばされそうになりながら、2人は窓の手すりを伝っ て移動した。  「何てことだ・・・」  高い魔城から下の有り様を見たカルロスは眉をひそめた。眼下には無残に破壊されたア ルセイクが広がり、至る所で奴隷にされた民達が鞭を浴びながら魔族に酷使されているの だ。  「くそっ。みんな、もう少し辛抱してくれ。」  唇を噛むカルロス。だが今は民達を助けに行く事は出来ない。辛い気持ちを押し殺して フィオーネの元へと急いだ。  「あ、あそこがさっき言った部屋だべ。」  ボーエンは体を風に飛ばされないようにしながら、城の最上階を指差した。  「もう少しだな。」  カルロスは壁の出っ張りに手をかけて徐々に最上階へと進んで行った。やがてボーエン が指差した最上階の部屋に2人は辿りついた。

次のページへ BACK 前のページへ