アルセイク神伝


第三話その3.神の武器

  「くそ、あの野郎どこへ逃げた・・・」
 逃げ足の速いボーエンに迷路の中を迷走させられていた魔族が、牢獄に戻ってきて愕然
とした。
 番人のミノタウロスが眉間を割られて倒れており、ルクレティアを拘束していた瓶が粉
々になっているのだ。
 「ああっ、大変だ、ミノタウロスがやられてるぞ!!それにルクレティアもいねえっ。」
 「他に仲間がいたんだ、この事がヒルカス様にバレたら・・・」
 「あわわ、ぶっ殺されるぞ・・・は、はやく探すんだー!!」
 ルクレティアを奪回されてしまった事がヒルカスに知れたら、ただでは済まない。血相
を変えた魔族たちはボーエン達を追いかけるべく監獄を飛び出して行った。
 そのころ、ルクレティアを担いだカルロスと奴隷の女達は迷路を抜け出し、廊下の所ま
で来ていた。
 「どこにいるんだボーエンっ、ルクレティア殿は助けたぞっ。」
 いまだ迷路の中にいるであろうボーエンを呼ぶカルロス。
 「ハアハア、よかった、姫様を助けてくれただか・・・」
 迷路の奥から、ボーエンが荒い息をたてて姿を現した。
 「どこで油を売ってたんだ。置いていくぞ。」
 「ちょっと待って、あいつらを足止めするだ。」
 カルロスはボーエンの言葉に振りかえった。すると迷路の奥から魔族達が怒涛のごとき
勢いで追いかけてくるのが見えた。
 ボーエンは武器を入れた布袋から、火薬を紙と糊で固めた爆弾を取りだし、火打石で導
火線に火を付けると迷路に放り投げた。
 「さあ、みんな早く逃げるだっ。」
 ボーエンの声に皆、脱兎のごとく廊下を逃げて行く。
 「ひえーっ!!ば、爆弾だああっ!!」
 迷路の中から魔族達の悲鳴が上がった。そして間髪いれず、ものすごい閃光と爆音が炸
裂し、逃げ遅れた魔族を巻き込んで迷路の入り口が木っ端微塵に吹き飛んだ。
 「・・・足止めするだけじゃなかったのか?」
 廊下の隅に隠れていたカルロスと奴隷の女達は、唖然とした顔で瓦礫と化した迷路を見
ている。
 「そのつもりだったけど・・・少し火薬の量まちがえたべ。」
 頭を掻きながら笑ってごまかすボーエン。
 「それより、これからどうするんだ?この騒ぎを聞きつけて魔族どもが殺到してくるぞ。
」
 「それなら心配ねえべ、ちゃんと逃げ道を確保してるだ。」
 ボーエンはそう言いながら廊下を走り出した。
 「おい待て・・・なんか心配になってきたな。」
 不安を隠せないカルロスは、言われるまま奴隷の女達を伴って後を追った。
 
 同じ頃、カルロスが幽閉されていた牢屋に、あのブタ男が現れていた。
 「んーふふ、おでのがわいいガルロズぢゃーん、きょうもいっじょにあぞびましょー。」
 鼻歌を歌いながら上機嫌で牢屋の鍵を開けるブタ男。
 「いいこにじてまじだがー、ブタちゃんでずよー。」
 身代わりの死体を持ち上げたブタ男は、様子がおかしいのに気付き顔を見た。
 「あで?ガルロズぢゃん、どーじだのがな。ん?」
 床に転がっていたのはカルロスではない。
 「あぁーっ!!ごれガルロズぢゃんじゃなーいっ!!」
 死体がカルロスでない事を知ったブタ男が大声で喚いた。そして声を聞きつけた魔族が
慌てて牢屋に入ってきた。
 「おい、どうしたんだブタ公、何があった?」
 「んあ〜!!おでのがわいごぢゃんがっ、わーん!!」
 「いいから落ちつけ、うぎゃ!!」
 逆上したブタ男に殴り飛ばされた魔族が、大の字状態で壁にめり込んだ。
 「うわーんっ、どごいっだ〜、おでのガルロズぢゃーん!!」
 ブタ男は泣き喚きながらドタドタと牢屋を飛び出して行った。
 
 「盲点だな。こんな所に逃げ道があったなんて・・・」
 「んだ。オラだけしか知らねえ秘密の通路だべ。」
 ブタ男が大騒ぎしている頃、カルロス達は廊下の脇に掘られた穴に潜り込んでいた。
 その穴は、元々排水溝として作られていたが、途中で工事が放棄されていた物であった。
ボーエンは、その穴を更に掘り進め、独自の逃げ道としていたのであった。
 「まったく、お前の周到さには頭が下がるよ。」
 感心しているカルロス。武器をそろえ、逃げ道まで確保していたボーエン。全てはルク
レティアを救出する為に、1年間かけて魔族達の目を盗んで行っていた事であった。
 「さあ、あんた達はこっちから外へ逃げたらいいだ。」
 途中で二股に分かれている穴の片方を指差したボーエンは、奴隷の女達に逃げるよう促
した。
 「あ、ありがとう、ボーエンさん、カルロス王・・・」
 奴隷の女達はそう言い残して外へと逃げて行った。
 「お前は外へ逃げないのか?」
 「城の中にはまだ大勢の人が捕まってるだ。その人達を見捨てて逃げたら、オラ姫様に
叱られるだ。」
 「フ、お前らしいな。」
 人が良いと言えばそうかもしれない。でもボーエンは人を見捨てて逃げるなど出来ない
性分であった。たとえルクレティアに言われなくても、他人の為に自分の身を犠牲にする
事が出来る、それがボーエンと言う男であった。
 「姫様は何の取柄も無かったオラを優しく励ましてくれただ。姫様の為ならオラ何でも
できるだ。」
 「・・・ルクレティア殿がお前を信頼している訳がわかったよ。」
 感心するカルロス。
 「さあ、着いただ。」
 ボーエンは、手にした松明を穴の先にかざした。すると、地面を掘っただけの広い空間
が目の前に広がった。その空間の下には、おびただしい数の死体が折り重なるように転が
っている。
 穴の行き着いた先は、過酷な労働で命を落とした奴隷達の死体置き場であった。天井に
は無数の穴があり、そこから死体が転がり落ちてくるようになっていた。
 「ひどい所だなここは。」
 「でもここならいくらでも隠れる所があるだ。死体の中に潜り込んだら、簡単にはオラ
達を探すことはできねぇだ。」
 死臭漂う死体置き場は、逆から言えば絶好の隠れ場所とも言えた。
 「こっちに姫様を寝かせて欲しいだ。」
 ボーエンが指し示す場所には、数メートル四方の床が広がっている。ルクレティアを担
いでいたカルロスは、床の真ん中に彼女を降ろした。ルクレティアは意識を完全に失って
おり、息も弱々しい。
 布から出ているルクレティアの顔は、美しさこそ失われていないが、長い拷問と責め苦
によって憔悴しきっていた。
 「ひどく弱っているな。助かるのか?」
 「何が何でも助けて見せるべ。」
 ズボンから首飾りを取り出しすと、ルクレティアの額にかざした。
 「姫様・・・目を覚ましてくだせえっ。」
 悲痛なボーエンの声を受けて、首飾りの青い宝石が眩いばかりの光を放った。死体置き
場の中がまるで昼間の様に明るくなる。
 「おお、これは・・・」
 手で光を遮っていたカルロスが感嘆の声を上げた。光を受けたルクレティアの顔に生気
が戻って行く。そして、弱々しかった呼吸が徐々に回復して行った。
 「う・・・うん。」
 ルクレティアの口から微かな声がした。そして、まぶたがゆっくりと開かれた。
 「姫様・・・!!」
 歓喜の声を上げるボーエン。その声を耳にして、ルクレティアは意識を取り戻した。
 「ここは、いったい・・・あっ・・・ボーエンっ。」
 ルクレティアの瞳に、目に涙を溜めて自分を見つめているボーエンの姿が写った。
 「よかっただ・・・もう2度と目を覚まさないかと心配しただ・・・」
 ボーエンは、溢れる涙を拭おうともせず、ルクレティアの手を取って喜んでいる。
 起き上がったルクレティアは、周囲を見まわした。
 「ここは、ああ、こんな・・・」
 累々と重なる死体に絶句するルクレティア。囚われていた間はほとんど意識を失ってい
た為、それまでの経過を知る術は無かった。自分が囚われている間に、幾人もの罪の無い
人々がラスの餌食にされていた事を知って悲嘆の表情を見せた。
 「ボーエン、あれからどれぐらい時間が経っているの?」
 「もう、1年以上になりますだ。でも安心してくだせえ、オラ達に協力してくれる頼も
しい助っ人が見つかりましただ。」
 そう言うボーエンの隣に、1人の若者がいた。
 「あなたは?」
 「申し送れました。私はフィルの国王、カルロス・ランスフィールドです。」
 恭しく一礼をするカルロス。
 「フィル王国のカルロス王・・・まさか、あなたの国も・・・」
 「はい、奴らに・・・魔王ラスめに襲われました。わが国の民も、それに・・・私の妻
も・・・」
 「そうでしたか。」
 想像以上の悲惨な状況を知り、悲しそうに目を伏せるルクレティア。
 「そこのボーエンには危うい所を助けてもらいました。彼は、あなたを救う為に全ての
力を注いで魔族達に立ち向かっておりました。」
 「ボーエン、あなたは・・・」
 カルロスの言葉に、潤んだ目でボーエンを見るルクレティア。
 「ありがとう、ボーエン・・・私の言葉を守っていてくれたのですね?」
 暖かい手でボーエンの手を取り感謝を示した。
 「いや・・・そんな事ねえだ。カルロス王がいてくれなかったら姫様を助けられなかった
だ。」
 顔を赤くして答えるボーエン。
 「ところでルクレティア殿。あなたはラスを打ち破る神の力をお持ちだとボーエンから
聞いたのですが。それは一体なんでしょうか。」
 カルロスの言葉を聞いたルクレティアは、僅かの間沈黙し、そして口を開いた。
 「それは・・・私達、神族が魔族と戦う為に使う神の武器の事です。それを使えば、あ
の魔王ラスをも倒す事が出来ます。」
 「!!・・・神の武器ですって!?それは一体何処に?」
 「今、お見せします。ボーエン、ナイフか何か持っていますか。」
 ルクレティアの言葉に、慌てて布袋を探るボーエン。
 「どうぞ、姫様。」
 ボーエンはナイフを取り出して手渡した。
 「すみませんが、2人とも後ろを向いていてください。」
 「へ、へえ。」
 「判りました。」
 後ろを向く2人。ルクレティアは胸元の布をはだけ、美しい胸を露にした。白く豊満な
乳房が揺れる。
 「お父様・・・ついに神の武器を使わねばならない時が来ました。」
 ルクレティアはそう言うと、何を思ったのか、ナイフを自分の胸の谷間に突きたてた。
 「うっ・・・くううううっ・・・」
 ルクレティアの呻き声を聞いたボーエンとカルロスは思わず振り向いた。そこには、胸
元を血だらけにしたルクレティアの姿が。
 「ルクレティア殿!!」
 「ひ、姫様なにをするだ!!気でも狂われただか!?」
 「ボーエン落ち着いてっ、うろたえてはなりません・・・」
 オロオロするボーエンを制したルクレティアは、ナイフを胸の谷間から抜き取ると、指
を傷口に指し込んだ。そして傷口から何か小さな物を出した。
 「ぼ、ボーエン・・・首飾りを・・・」
 苦しそうに左手を差し出すルクレティア。ボーエンは慌てて首飾りを手渡した。
 首飾りを渡されたルクレティアは、胸元の傷に首飾りをあてて傷口を塞いだ。傷は見る
間に完治し、ルクレティアは安堵の溜息をついた。
 「これを・・・見てください。」
 血塗れの掌には、金色に光る細長い物があった。よく見ればそれは小さな剣であった。
 「これこそ、我が神族が魔族と戦う為に造り上げし神の聖剣!!」
 ルクレティアの声と共に、手にした聖剣が金色に輝いた。そして、小さかった聖剣が見
る見る内に大きくなり、一振りの見事な剣になった。
 「こ、これは・・・」
 「黄金の・・・神様の剣だべ。」
 呆然とするカルロスとボーエン。ルクレティアは聖剣を両手で持つと、カルロスに差し
出した。
 「この剣は、あらゆる暗黒の力を打ち破る力があります。でも私には魔族と戦う為の力
は無いのです。カルロス王、これをあなたに託します。どうかこれで、暗黒の魔王ラスを
倒し、苦しめられている人々を解放してください。」
 差し出された聖剣を手にするカルロス。
 「軽い・・・まるで重さが無いみたいだ。」
 見た目は重厚な黄金の剣だが、手に取ってみると紙で出来た剣の様に軽い。カルロスは
剣を構えて素振りをしてみた。軽い剣であるにもかかわらず、振った時の手応えは十分に
あった。
 「これを私に?」
 「ええ、そうです。あなたには、それを持つ資格があります。」
 美しく輝く聖剣を手にして、ためらうカルロス。
 「しかし、その前に、私は妻フィオーネを助けにいかなければ・・・」
 するとルクレティアは静かに首を振った。
 「それでいいのです。誰かを愛する心、それが大いなる希望になります。その心が聖剣
に力を宿します。さあ、受け取ってください、そしてフィオーネ姫を助けてください。」
 「判りました。ありがたく受け賜わりますルクレティア殿。」
 恭しく一礼をすると、先ほど通ってきた通路に向かった。そして通路の手前で振り返っ
た。
 「フィオーネは私が助けます。そして・・・必ず魔王ラスを倒して見せます!!ボーエン、
ルクレティア殿を守ってやれっ。」
 そう言い残して去って行くカルロス。
 「あ、カルロス王。御后様が何処にいるか知ってるだか!?」
 フィオーネ救出に向かったカルロスに、ボーエンの声は聞こえなかった。
 「あーあ、いっちまっただ。せっかちな人だべ。」
 何も考えずに足早に出ていったカルロスに呆れているボーエン。フィオーネを助けたい
一身のカルロスは、妻が囚われている場所はおろか、魔城がどのような間取りになってい
るかすら確認しないで出ていってしまったのだ。
 このままではフィオーネ救出はおろか、彼自身の命が危うい。
 「何をしているのですボーエン。あなたも行きなさい。」
 ボーエンの背後からルクレティアの声がした。驚き振り向くボーエン。
 「えっ?だども、オラは姫様を守らなきゃ・・・」
 「カルロス王1人では無理です、彼にはあなたの助けが必要なのです。私にかまわず行
きなさい、これは命令ですよ。」
 口調は穏やかだが、その声には威圧感があった。
 「そんな、姫様を残してなんか行けねえだ。」
 泣きそうな顔でルクレティアの前に駆け寄る。そんなボーエンにルクレティアは優しく
微笑んだ。
 「私は大丈夫です、魔族達に見つかるような事はしませんよ。優しいボーエン、あなた
が無事に帰ってくるのを待っているわ。」
 そう言うと、ボーエンの頬に手を当て、そっとキスをした。
 「さあ、早く行きなさい。」
 「姫様・・・」
 首飾りを手渡されたボーエンは、涙を拭って立ち上がった。
 「姫様。必ず帰ってきますから、待っててくだせえ。」
 そして通路へと駆けて行った。
 カルロスを追いかけるボーエンを見送ったルクレティアは、力なくその場に座り込んだ。
 「ごめんなさいボーエン。本当は・・・あなたに守っていてもらいたかったの・・・そ
ばにいて欲しかったの・・・」
 独り残ったルクレティアは、不安と寂しさを隠し切れずに両手で顔を覆って泣いた。


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