アルセイク神伝


第三話その2.ルクレティア救出

 次の日のほぼ同じ時刻、すっかり傷の癒えたカルロスは、魔族との戦いに備えて体を動
かしていた。
 「よし・・・これなら大丈夫だ。」
 木切れを剣に見たてて素振りをしていたカルロスは、額に流れる汗をぬぐって鉄格子の
外を見た。
 「遅いなあいつ。」
 ボーエンを待ちわびていると、等のボーエンが何やら白い布に包まれたものを担いで姿
を見せた。
 「もう来ないかと思ったぞ。」
 「申し訳ねえだ、準備に手間取ってただ。」
 鉄格子を開けて入ってきたボーエンは、床に担いでいた荷物を放り出した。白い布の中
には、カルロスと年恰好の似ている若い男の死体があった。
 「何をするつもりだ?」
 「この仏さんにはすまねえだが、あんたの身代わりになってもらうだ。あんたがいなく
なったら大騒ぎになるべ。それと、武器も持ってきただ。」
 ボーエンは腰に下げていた長い布袋を開けて見せた。中には剣、戦斧、メイス、棘付き
鉄球などが入っている。
 「準備万端だな。」
 「こんな事もあろうかと兵隊どもから、かっぱらってきただ。」
 ボーエンは魔族に従う振りをしながら、同士と共に戦う為の武器を密かに確保していた
のであった。
 「じゃあ、早速ルクレティア殿の所へ案内してくれ。」
 「あ、待つだ。」
 廊下に飛び出そうとしたカルロスをボーエンが止めた。
 「そのままウロウロしてたらダメだべ。この布を体に巻いて死体の振りをするだ。姫様
の所へはオラが担いで行くから。」
 「あ、ああ、そうか。」
 フィオーネを助けたいと気ばかり焦っていたカルロスは、肝心な事を忘れていた。自分
はまだ囚われの身だったと言う事を。
 布を体に巻きつけたカルロスは、ボーエンに担がれて牢屋を出た。
 牢屋の外に出ると長い廊下がある。その廊下を歩いていると衛兵がボーエンを呼び止め
てきた。
 「おい、お前何してるんだ?」
 「えへへ、死体運ぶように言われただ。」
 「ふん、さっさといけ目障りだ。」
 ハエでも追い払うかの様にシッシと手を振る衛兵。
 ペコペコと頭を下げながらその場を去って行くボーエン。
 「魔族どもは、お前の事少しも疑っていないな。」
 カルロスは、布の隙間から少しだけ顔を出して声をかけた。
 「んだ。あいつ等、オラの事ただのバカとしか思ってねえだ。そこがミソだべ。まさか
オラが姫様を助けようとしてるだなんて夢にも思ってねえだ。」
 「お前ならでは、って事か。他の奴だと怪しまれて行動が出来ないんだな。」
 「そういう事だべ。姫様の所までもう少しかかるだ。じっとしてるだ。」
 ボーエンは、廊下を小走りで駆けて行った。途中何度か魔族に呼び止められたが、その
度に適当に誤魔化しながらルクレティアの囚われている場所へと急いだ。
 「さあ、着いただ。」
 ボーエンはそう言うと、カルロスを降ろした。
 「ここが・・・」
 そこは廊下のさらに奥まった迷宮とも取れる所にある、ヒルカス専用の特別な牢獄であ
った。
 牢獄までは複雑に入り組んだ廊下が続いており、道を知らない者が迷い込めば外に出ら
れないようになっている。
 ボーエンは迷路を密かに調べており、迷路の中を迷わず進む事が出来るようになってい
たのだ。
 半径20mほどの円形の部屋には多数の魔族が控えており、
奴隷の女を強姦しながら酒をあおっている。
 その部屋の中央には、瓶に閉じ込められたルクレティアが囚われていた。
 ルクレティアの傍らには、男牛の頭に赤黒い屈強な肉体を持つ魔族、ミノタウロスが酒
ビンの酒をラッパ飲みしている。
 床にあぐらをかいているミノタウロスは、片手で酒を煽りながら、もう片手で女の髪の
毛を鷲掴みにし、自分の反り起ったイチモツを舐めさせていた。
 牢獄の格子窓から中をのぞいていたカルロス達は、魔族たちに見つからないよう、廊下
の隅に隠れた。
 「あのミノタウロス、手強そうだな。」
 「そうだべ、姫様を助けようとした者は、みんなあいつにやられただ。」
 悔しそうに呟くボーエン。
 「ミノタウロスだけでも困難なのに、取り巻きどもまで相手にしてたらきりが無いぞ。」
 「取り巻き連中はオラが引き付けるだ。その隙にミノタウロスをやっつけて欲しいだ。
迷路の道順が判るように目印を付けといたから、姫様を助けたらそれを辿って逃げるだ。」
 そう言いながらカルロスに剣を手渡すボーエン。
 「まかせておけ。お前も気をつけろよ。」
 コクンと頷いたボーエンは、握りこぶし大の石を握り締めて牢獄の中へと飛び込んで行
った。
 中の魔族達は敵の襲撃など無いと安心しきっており、酒に酩酊している者や女を強姦す
るのに夢中になっている者ばかりでボーエンが飛びこんできたのに気が付く者はいなかっ
た。
 「いてっ、誰だ!?」
 頭に石をぶつけられた魔族が、強姦していた女を投げ出して辺りを見た。
 「へっへー、こっちだべ!!」
 入り口に舌を出して挑発しているボーエンの姿があった。
 「野郎!!」
 いきり立った数人の魔族が逃げるボーエンを追いかけて迷路へと走って行った。
 「んん、くそ・・・イキそこねたじゃねーか、おいてめえらっ、早くあのバカを追いか
けろ!!」
 ボーエンの乱入で気分を害したミノタウロスは、イチモツを舐めさせていた女を突き飛
ばし、部屋に残った魔族に罵声を浴びせた。
 残っている魔族達は酒に酔っている為、足元がおぼつかない状態である。フラフラしな
がらボーエンの後を追うとしたその時である。
 「ぎゃ!!」
 入り口を出ようとした魔族の1人が血しぶきを上げて倒れた。後から来た魔族も瞬く間
に血祭りに上げられた。
 「なんだ!?どうしたっ。」
 驚いて入り口を見るミノタウロス。そこには剣を構えたカルロスの姿があった。
 「何者だ、てめえは・・・」
 「お前が知る必要は無い。大人しくルクレティア殿を返してもらおうか。」
 ミノタウロスに臆する事無く、切っ先を向けるカルロス。
 「ほほう、てめえも俺の餌食になりに来たか。なるほど読めたぜ、この前から再々ルク
レティアを助けに来たバカどもはみんな、あのボーエンに頼まれてきたってわけか?」
 「鈍牛にしては察しがいいな。その通りだ。」
 「なあにぃ〜!!今なんて言ったッ!?俺様を鈍牛とか言いやがったな!?」
 逆上するミノタウロス。
 「かかって来いっ鈍牛!!」
 「ぐも〜おおおっ!!」
 鼻息を荒げたミノタウロスが角を振りかざして突進してきた。
 「はあっ。」
 ひらりと身をかわし、ミノタウロスの攻撃をよけるカルロス。ミノタウロスの体は、そ
のまま一直線に突っ込んでゆき、壁に激突した。ミノタウロスの巨体が直撃した壁が大き
く崩れる。
 「ぐおっ。」
 瓦礫の中から出てきたミノタウロスの肩がザックリ割れている。カルロスが攻撃をかわ
した際に切り付けたものだった。
 「ンもおお・・・てめえ、やりやがったなっ。」
 「しょせん鈍牛だな、その程度か。」
 怒り狂ったミノタウロスを更に挑発するカルロス。
 「ほざきやがれーっ!!」
 再度突進するミノタウロス。
 「!?・・・しまったっ。」
 攻撃をかわそうと身構えるカルロスだったが、自分の後方にルクレティアがいる事に気
付き、慌てて防御の体制を取った。
 「ぐうっ。」
 猛烈な体当たりを受けたカルロスは、ルクレティアを閉じ込めている瓶の傍まで吹っ飛
ばされた。
 「いてて・・・」
 体当たりをモロに食らうのは避けられたので、ダメージは少なかったが、それでも体中
に痛みが走った。
 「むっふ〜、てめえはモウお終いだ。ルクレティアごと串刺しにしてやるぜぇ。」
 ミノタウロスは足で床を蹴りながら次の攻撃態勢を取った。
 「これじゃあ奴の攻撃はかわせないぞ、なんとか・・・ん?」
 カルロスは床に白い塊が落ちているのを見た。それは塩であった。ルクレティアの力を
奪う為に使っている悪魔の塩だ。
 「いっくぜーっ!!」
 3度めの攻撃がカルロスを襲う。
 「くらえ!!」
 カルロスは突進してくるミノタウロスに目掛け、塩を投げ付けた。
 「ぐわっ、目が!?」
 塩を目に受けたミノタウロスは目測を誤り、カルロスの脇をものすごい勢いで通り過ぎ
た。そして反対側の壁に激突してしまった。
 「うああ〜っ、目が、目がああ〜ッ。」
 目潰しの効果は絶大だった。視力を奪われ、のたうつミノタウロス。
 「とどめだっ!!」
 ミノタウロスに飛びかかったカルロスは、渾身の力を込めてミノタウロスの眉間に剣を
叩きつけた。剣は真っ二つに折れ、ミノタウロスの眉間からおびただしい血が噴出した。
 「ぐもおおお!!」
 絶叫を上げたミノタウロスは、巨木が倒れるように、その場に昏倒した。
 「ルクレティア殿!!」
 カルロスは倒れたミノタウロスに背を向けると、ルクレティアに近寄った。
 「ルクレティア殿、目を覚ましてください、ルクレティア殿!!」
 目を閉じているルクレティアの頬を軽く叩く。
 「う・・・あう・・・あ、らたは・・・だへ?」
 悪魔の塩によって力を吸い取られているルクレティアは、朦朧とした目でカルロスを見
た。
 「あなたの下男、ボーエンに頼まれて助けにきました。」
 「ボーエ、ン・・・ボーエ・・・えあ!?、ああううーっ!!」
 突然目を見開いたルクレティアが、唇を痙攣させて悶えた。
 「どうしたんですか!?」
 カルロスの声にも反応しない。カルロスは部屋に落ちていた戦闘用のハンマーを手にし
て瓶に叩きつけた。ハンマーの一撃を受けて瓶にヒビが入る。
 「でやああ!!」
 何度も瓶を叩く。そしてついに瓶が大きな音を立てて割れた。
 割れた瓶から、ざーっと塩が流れ出し、中から荒縄で縛られた全裸のルクレティアが転
がり出てきた。
 「しっかりして、うっ!?」
 荒縄を解いたカルロスは、ルクレティアの股間を見て絶句した。秘部にイモムシのよう
な物が食いこみ、激しく動いているのだ。
 「こいつめっ。」
 ヒルカスにねじ込まれていた触手の先端を秘部から抜き取ると、足で踏み潰した。
 「こんな事を1年間以上も受けていたのか・・・」
 カルロスはルクレティアが受けていた惨い仕打ちに声を失った。そして先ほど自分が包
まっていた白い布を気絶しているルクレティアに巻きつけると肩に担いだ。
 「じきに魔族どもが戻ってくる、早く逃げるんだ。」
 部屋の隅で震えていた奴隷の女達を伴って部屋を出るカルロス。だが、この先は迷路状
態になっていて、ボーエンがいなければ戻る事が出来ない。
 「あれは?」
 ふと足元を見れば赤い糸が廊下の方向に向かって落ちている。
 「そうか、ボーエンが言っていた目印はこれの事か。」
 カルロスは目印の赤い糸を辿って迷路の中を移動した。
 「迷宮のミノタウロスに目印の赤い糸か・・・何処かで聞いた話だな。」
 カルロスは幼い頃に聞いた昔話を思い出して呟いた。

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