魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫19)


  第85話 傷ついた大地に、癒しの雨は降る
原作者えのきさん

 悪霊大爆発によるキノコ雲が消え、代わりに灰色の雨雲が上空を覆い尽くした。
 ポツポツと降り出した雨は、まるで渇きを潤すかのように乾いた大地へ染み込んで行く。
 ガルダーンの人も大地も、暴君の悪政により無残なほど渇ききっていた。そんな荒れ果
てた地に、癒しの雨は静かに降り続けた。
 悪霊大爆発からどれだけ時間が経ったろうか?夕闇が迫る時間になっても、雨は相変わ
らず降り続いた。
 裁きの魔女によって救われた一部の貴族達が、雨に打たれながら荒野を彷徨っている。
 首都が悪霊の大爆発によって壊滅と言う、余りにも信じられぬ出来事に襲われた彼等は、
住む家も持ち物も、全てを失っていた。
 首都の壊滅は、貴族達が快楽と欲望に溺れ、弱者を弄んだ末の結果であった。
 愚行を犯していた者達は復讐を受けて滅し、罪を犯さなかった者は黒衣の魔女によって
許された。
 だが、生き残ったとはいえ、全てを失った彼等の苦悩は大きい。
 明日からどうやって生きていけばいいのか?それ以前に、降り続く雨を凌ぐ術も、眠る
場所もない。悲しみを背負い、無言で歩く彼等の足どりは重い。
 このまま命果てるまで歩み続けるのか・・・そう思っていた彼等の目に、希望の光が見
えた。
 荒野の向こうに、仄かな灯火が揺らめいている。
 人の営みが感じられる暖かな光へ、貴族達は懸命に走った、が。貴族達は、光を目前に
して立ち止まってしまった。
 灯火の光溢れている場所は、ガルダーンに苦しめられた民の村だったのだ。
 貴族達は民達に救済を求めたかった。しかし、今まで虐げられてきた民達が、快く救済
に応じてくれるはずはなかろうと貴族達は思った。良くて門前払い、悪ければ仕返しされ
るだろう、絶対に・・・
 貴族達は救済を諦め、村に背を向けようとした、その時である。
 「あんた達、どこへいくんだ?」
 家から現れた村人が、貴族達を呼び止めた。
 振り返った貴族達は、石を投げつけられるのを覚悟して返答する。
 「騒がせてすまない、すぐに失せるよ。」
 その言葉を聞いた村人が、呆れた顔をした。
 「なに言ってんだ、ずぶ濡れじゃないか。早くこっちに来なよ、カゼひくよ。」
 予想もしていなかった優しい村人の言葉に、貴族達は戸惑っている。身形からして、自
分達の素性は判るはずだ。それでも村人は受け入れてくれる。
 やがて貴族達は、喜んで一宿の恩義に甘えた。
 なぜ村人は、貴族達を快く受け入れたのか?それは、悪霊爆弾が、民の恨み辛みも、貴
族の欲も、全て吸い取って浄化していたからだ。
 民も貴族も、自分達の心が浄化されたとは知らないまま、互いを受け入れ、そして手を
取り合う。弱肉強食の身分階級という鎖から解放された人々は今、限りない解放感に安ら
ぎを見出している。
 そんな中で、1人の幼い少年が、全裸で震えている貴族の少女に声をかける。
 「ねえ、お姉ちゃん。裸じゃカゼひくよ、ぼくの上着あげる。」
 無垢な目で上着を差し出す幼い少年は、顔を少し紅くしている。突然で驚いた少女は、
戸惑いながらも少年から上着を受け取った。
 質素な上着だが、肩にかけると温かい。
 まるで少年の優しさが宿っているかのような上着に、少女は喜びと感謝を述べた。
 「ありがとうねボク、あったかいですわ。」
 全裸の少女は、悪霊の餌食に晒されていた貴族達の罪を償うため、裁きの魔女であるリ
ーリアに衣類を全て差し出して、許しを懇願した少女だった。
 少女の傍らに立つ両親も服を着ていない。娘の背負った償いを共にし、両親も全てを捧
げていたのだ。
 少女の両親は、優しい少年の心に喜び、手を取って感謝する。
 「本当にありがとう、君は優しい子だね。」
 嬉しそうに頷いた少年は、自分の親が雨宿りする場所へ、少女と両親を招いた。
 少年の両親も少女の一家を快く受け入れ、互いの温もりに身を委ねて雨を凌いだ。
 季節的に冷たい雨のはずが、その日の雨は温かかった。
 たまたま気温が高かったかもしれない。でも互いを庇い合う優しさが温もりをもたらし
たのは事実だった・・・


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