魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫12)


  第51話 正義の戦女神、その名はアンジェラ
原作者えのきさん

 アリエルが連れてこられた場所は、魔戦姫の城から離れた場所であった。
 どの辺に来たのか、どれだけ離れたのか、全くわからない。気がついたら、アリエルは
静かな場所に連れてこられていたのだ。
 そこは正に、心休まる場所と呼ぶに相応しい所だった。
 木々が生い茂り、小川のせせらぎと小鳥の囀りが耳に入る場所・・・俗世の荒事を退け
るが如く、その場所は静かに佇んでいる。
 その静かなる場所の最深部にて、一つの墓標が存在していた。
 黒く美しい墓石には可憐な花が供えられ、そこに葬られた人物への敬意と哀悼の念が示
されている。
 リーリアは墓石を前に深く一礼し、振り返った。
 「アリエル姫、ここに眠る人物が何者かわかりますか?」
 無論、アリエルにわかるはずもない。初めての場所であり、始めてみる墓標だからだ。
 「いえ、わかりませんが。リーリア様が深い敬意を示されているからして、とても重要
な人物がここに眠っていると見受けましたが・・・」
 「ええ、とても・・・私にとって、大変重要な方ですわ。そして、あなたとノクターン
の人々にとってもね。」
 意味ありげなその言葉、アリエルは戸惑った。
 ここは魔界であり、そこに存在する墓標の主が、自分や祖国ノクターンにとっても重要
な人物とは・・・
 そして、もう一度墓石に目をやったアリエルは、そこに刻まれた主の名を読んで驚愕し
た。
 
 ――― 平和と正義のため戦った戦女神、ここに眠る・・・(アンジェラ)
 
 墓石にはそう記されていたのだ。
 アンジェラ・・・アリエルはその名を知っている。
 いや、知らないわけがない。幼い頃より父や母に聞かされた祖国の救世主。そして幼い
弟に寝物語として聞かせた戦女神の名を・・・
 「アンジェラ・・・も、もしかして、その昔ノクターンを救ったとされる救世主ですか?
ま、まさか・・・同じ名前の方でしょう?あの戦女神は昔話の人物ですし・・・実在する
わけが・・・まさか・・・」
 「いいえ、あの昔話は架空のものではありません。アンジェラは本当に実在した方なの
ですわ。ノクターンを初め、人間界や魔界で多くの悪と戦い、そして民を守った人物・・・
とても素晴らしい方でした。」
 リーリアの目に深い感慨の想いが宿っている事から、アンジェラと何らかの関係があっ
たと推測される。
 だが、彼女がアンジェラと如何なる関わりがあったのか、それはリーリアが黙して語ら
ぬゆえ、子細はわからない。
 アンジェラの昔話自体、伝説となるほど過去の出来事である。
 そんな昔の人物と交流があったとなれば、リーリア自身もまた、伝説的人物と言わざる
を得ない。
 ただ、これだけははっきりとした(事実)であった。 
 戦女神アンジェラ・・・彼女は本当に存在した人物だったのだ。
 それも魔界と縁深き人物だったとは・・・
 リーリアは厳かな口調で説明する。
 「戦女神と呼ばれたアンジェラは、数奇な運命の元、戦いの使命を背負って数多の悪と
戦い、そして天寿を全うされたのです。ノクターンのみならず人間界や魔界の各所で、彼
女の戦いの礎が残っていますわ。そして・・・私も彼女から、さまざまな教えを受けまし
た。あなたに伝授した瞬間移動能力もその一つです。」
 どうやら、アンジェラはリーリアにとって師でもあったらしい。
 そしてリーリアはアンジェラから任されていた事項をアリエルに話す。
 「アンジェラは臨終の間際、私にこう告げられました。世に再び悪がはびこりし時、戦
女神アンジェラの名を受け継ぐ者がノクターンより出ずると。その者に、自身の能力の全
てを授けるようにと・・・そう、それはあなたなのですよアリエル姫。」
 リーリアの口より告げられた言葉に、アリエルは愕然とした。
 「わ、私がアンジェラを継ぐ者なのですか?私のような者が、あの偉大な戦女神アンジ
ェラの・・・信じられません・・・」
 信じられないのも無理はない。広大なる架空の存在が事実であり、それを受け継ぐのが
自分だなどと、信じろと言うのが無理な事だ。
 だが、これは夢でも幻でもない。
 現実の事を知らしめるが如く、リーリアはアリエルに一着の美しいドレスを見せた。
 「これはアンジェラが使用していた戦闘用ドレスです。自分の名を受け継ぐ者に、技と
共に授けよと仰られておりました。受け取りなさい。」
 美しいドレスを受け取ったアリエルは、運命のままにドレスを着た。
 羽毛のように軽く、絹よりもきめ細かく、宝石よりも雅で・・・そして汚れの一切を寄
せつけぬ神々しさを放つそれは、まさに戦女神に相応しきドレスであった・・・
 美しいだけでない、ドレスに宿る魔力は素晴らしく、着る者に多大な力を及ぼす能力が
ある。
 技や力を増幅させ、鉄壁をも遥かに超える防護力をもっており、瞬間移動能力を得たア
リエルにとって、まさに鬼に金棒と呼べるものであった。
 しかし、アリエルは戸惑っていた。自分は本当にアンジェラを継ぐに相応しい者なのか?
 いくらアンジェラと同じ戦女神を名乗っていたとはゆえ、ほんの一カ月前まで、ただの
姫君でしかなかったアリエル・・・汚れ壊された自分に、そんな重大な名を受け継ぐ資格
はあるのか?
 そんな思惑をリーリアは静かに宥める。
 「あなたの気持ちはわかりますわ。でもアンジェラもまた、あなたと同じように苦悩し
ていた時期があったそうです。悪と戦い始めていた頃は、その力なさ故に敗北し、身を汚
され、民を救えなかった悲しみに沈んでいたのですが、時を重ねるに従い魔力を培い、や
がては悪を恐れさせ、多くの民に戦女神と讃えられるようになったそうですわ。今のあな
たも同じ・・・戦いに破れ、汚され、悲しみに沈んで苦しみ、そして生まれ変わった・・・
そんなあなただからこそ、戦女神アンジェラを名乗るに相応しいのです。」
 心晴れるリーリアの言葉に、アリエルは無言で頷いた。
 架空と思われていたアンジェラにも、自分と同じ悲しき過去があった・・・それがアリ
エルに多大な決意を促したのだ。
 墓石に頬を寄せ、静かに呟いた。
 「アンジェラ・・・あなたの御意志は、この私が必ず受け継いでみせますわ・・・」
 今ここに、アリエルは2代目アンジェラとして再起したのであった・・・


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