魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫)2


  第2話 裏切りと悪魔の契約
原作者えのきさん

 同じ頃、城下の盛り場で、愚痴をいいながら千鳥足で歩く1人の男がいた。
 戦勝ムードで盛りあがっている周囲とは裏腹に、その男は酷く鬱屈した表情だった。
 「ひっく、うーい・・・なーにが戦女神だぁ・・・なーにがノクターン最強の女戦士だ
よぉ〜。ダンス1つ踊れないくせによぉ〜。お子ちゃま王子にお遊戯教えてもらってさあ・
・・ボクはノクターン最高の振り付け師だぞぉ・・・それなのに無視しやがってさぁ・・・
バカにしやがって・・・うーい。」
 だが、そんな愚痴を垂れる男を気に留める者など誰一人いない。
 かなりの酩酊状態であるこの男・・・振り付け師のアントニウスは、舞踏会で恥をかか
された事の文句をブツブツ並べて歩いている。
 そんな彼が、1人寂しく路地裏を歩いて来た時である。
 建物の影から数人の黒服男が現れ、アントニウスの前に立った。
 「振り付け師のアントニウスだな?」
 声をかけてきた黒服男を見るアントニウス。
 「んん〜、そーだけど・・・なんか文句でもあんの?」
 「お前に用がある、顔を貸してもらおうか。」
 「ほえ?顔貸せだって・・・ひっ!?」
 脇腹にナイフを突きつけられて驚くアントニウス。その周囲を男達が取り囲む。
 「用事はすぐに済む。痛い目に遭いたくなかったら大人しくついて来い。」
 「ひええ、お、お、お、大人しくしますです〜。」
 怯えるアントニウスは、脅されるまま近くの潰れた酒場に連れ込まれた。
 「た、たすけて〜。お金ならあげるから許して〜っ。」
 男達を強盗か何かと思いこんでいるアントニウスを尻目に、男達は酒場の奥に目を向け
た。
 「ズィルク参謀、アントニウスを連れてきました。」
 男達の視線の先には、椅子に腰掛けた初老の男の姿があった。
 「うむ、そいつがアントニウスか、なるほど。」
 男に睨まれ、アントニウスはすっかり酔いが冷めた様子でガタガタ震えている。
 「あ、あわわ・・・なんだよ、あンたは・・・ぼ、ぼ、ぼ、ボクをどーするつもりだい
っ。」
 「安心するがいい、別に取って食おうと言うのではない。わしはグリードル帝の参謀で
あるズィルクと言う者だ。実は、君に頼みたい事があってガルダーンから参じたのだよ。」
 「が、ガルダーンッ!?」
 敵国の参謀がなぜ・・・驚きは隠せない。
 「そう固くなるな。まあ、酒でも飲まんかね?一杯おごるよ。」
 そう言いながら、ウイスキーを進める男・・・ズィルク参謀。
 口調は温和だが、その陰険な目には邪悪な光りが宿っている。
 「君の経歴を調べさせてもらったが、なかなか良い経歴だ。ノクターンの名門貴族の子
息として生まれ、その類稀なる舞踏の才能によって、ノクターン最高の振り付け師となっ
た・・・我がガルダーンでも、君ほどの振り付け師はいないよ。我等は君を求めていたん
だ。」
 ズィルクは歯の浮くような台詞でアントニウスを高く評価している。
 実際には、親のコネで今の地位を得たのであり、名前と実力が伴っていないのが現状だ。
 ワザとらしい誉め言葉に気を許したか、アントニウスは開き直った態度で口を開く。
 「へ、へえ〜。ガルダーンのお偉方がわざわざノクターンに出向くとはね・・・ひ、ひ
ょっとしてさぁ・・・ボクの振り付け師の腕を見こんでガルダーンにスカウトするつもり
かな〜?なーんてね・・・」
 ヘラヘラ愛想笑いをするアントニウスに・・・ズィルクは邪悪な要求を述べた。
 「いいや、そんな小さな事ではない。君にしかできない重要な仕事をしてもらいたいの
だ。単刀直入に言おう、ノクターン軍の情報を我々に流して欲しいのだよ。」
 その言葉に、アントニウスは飲みかけていた酒を噴き出した。
 「ぶふっ!?な、な、な、何ンだって〜っ!?情報を流せって・・・そ、それはもしか
して・・・ノクターンを売れって事かよっ!?わ、わ、悪い冗談はよしてくれっ。」
 驚愕して声を荒げるアントニウスだったが、ズィルクは平然と返答する。
 「冗談でこんな事を頼むものか。君も知っての通り、ノクターン王国は外部からの攻撃
に強い。それは王国の重臣や民が一枚岩となっているからだが、それゆえ、味方の裏切り
などに免疫がない。それに君は振りつけ師として自由に城に出入りできる身の上だ。軍隊
の動きなどを我々に知らせる事も可能だろう、違うかね?」
 その言葉を聞いて絶句するアントニウス。
 「そ、そ、それって、近い内にガルダーンが攻撃を仕掛けるって事か。」
 「そうだよ、それに際して君に協力してもらいたい。」
 ズィルクの言葉に呼応するかのように、アントニウスの周囲を黒服の男が囲む。
 これほどの重大な事を聞かされたのだ、黙って帰される訳などない。選択の余地も全く
ない。この状況を逃れる術もない。
 逃げ場のなくなったアントニウスは、ただ恐怖に震えるばかり。
 「・・・そ、そんな恐ろしい事できないよ・・・裏切るだなんて・・・」
 すると、ズィルクは優柔不断なアントニウスの肩に手を置き、悪魔の様に囁く。それも・
・・悪へと導く甘言である・・・
 「もちろん、それなりの報酬は用意してある。グリードル帝様は、君をガルダーンの高
官として迎えると仰られている。一生遊んで暮らせる額の金もつけよう、フフフ・・・さ
あ、懸命なる答えを聞かせてもらおうかね?」
 欲望を掻き立てる条件であった・・・富も権力も思いのまま・・・
 だが、良心の呵責がアントニウスを困惑させている。
 アントニウスの心で、天使と悪魔が攻めぎ合う。
 拒否か裏切りか・・・
 「裏切ったのがバレたら・・・でも、報酬は・・・ああっ、ダメだダメだっ・・・一生
遊んで・・・やっぱりダメだ〜っ。」
 富と権力は欲しい、だが裏切り者と責められるのは怖い。
 最初は、その両方が拮抗していた。
 しかし、ズィルクの言葉がバランスを大きく崩した。
 「アントニウス、君はアリエルに振り付け師としての腕前をバカにされたそうだな、見
返してやりたいのだろう?」
 「ああ、見返してやりたいよ。でもノクターンを裏切るなんて、あの、その・・・」 
 「やれやれ、情けない奴だ。勝者となるチャンスを、つまらぬ弱気でダメにするとは・・
・アリエル姫にコケにされる腰抜けだな君は。」
 アリエル姫にコケにされる腰抜け・・・その言葉がアントニウスの心に火を点けた。
 ズィルクの誘いにまんまと嵌ったアントニウスは、プライドを露にしてズィルクに詰め
寄った。
 「な、なんだって!?ぼ、ボクをバカにするのかっ!?ぼ、ぼ、ボクは腰抜けじゃない
ぞっ!!」
 酷く興奮したアントニウスを見て、ズィルクはニヤリと笑う。
 「ほう、じゃあ腰抜けじゃないことを見せてもらおうじゃないか。我々の前で、ノクタ
ーンを、いや、アリエル姫を裏切るガッツのある所を証明してみろ。」
 ズィルクは、机に1枚の契約書を差し出した。ガルダーン側に寝返る事を証明する契約
書だ。
 そう、それは正に悪魔の契約書であった・・・
 契約書を見て、アントニウスは固唾を飲む。そして、震える手で万年筆を掴む・・・
 「ああ・・・くそ・・・手が震えて書けない・・・」
 「ほれ、どーした。書くのか、書かないのか。腰抜けとバカにされ続けてもいいのかね?
」
 「くそっ。」
 叫んだアントニウスは、ウイスキーを一気飲みすると、酔った勢いで契約書に署名した。
 「こ、これでどうだっ、文句ないだろうっ!?」
 アントニウスの名が記された契約書に、ズィルクは満足げに頷く。
 「よろしい、これで君は我等の仲間だ。ようこそ栄光のガルダーンへ。」
 悪魔の契約は受理された・・・これでアントニウスは、2度と引き返せない道に足を踏
み出した事になる・・・
 「では、詳しい事は後ほど指示する。これは契約金だ、受け取りたまえ、同士アントニ
ウス。」
 契約書と引き換えに、大量の金貨が入った袋を机に置く。
 そのあまりにも破格の報酬に、アントニウスの顔が思わず緩んだ。
 「え、えへへ・・・こんなにもらっていいの?凄い額だけどさ・・・」
 「何を言うんだ、こんなスズメの涙ほどの金で。君の活躍次第では、この何百倍もの報
酬がもたらされるんだぞ、遠慮などするな。それに・・・ガルダーンが勝利すれば、アリ
エル姫は泣いて君に縋り付くだろう。あの生意気な戦姫が君に屈する姿が目に浮かんでこ
ないか、ん?」
 その言葉を聞いたアントニウスの脳裏に、哀れな姿で懇願するアリエル姫の姿が浮かぶ・
・・
 「ああ・・・浮かぶよ・・・ボクをコケにしたアリエルが、泣いて謝る姿がさあ〜。へ
へっ、あのヘナチョコ姫め、土下座して謝らせてやるからなっ。」
 浅ましい妄想は進み、謝るアリエルを容赦なく責める想像までしている。
 これによって、アントニウスの心にあったノクターンへの愛国心は、微塵もなく消滅し
た。
 「もうノクターンなんかクソ食らえだっ。ガルダーンで出世しまくってやるぞ〜っ、わ
はは〜っ。」
 「フフフ・・・良い心意気だ。上を目指さんとするなら、情けや容赦など無用。敵を貪
り食う強欲こそ必要な感情だ。どうやら、君もそれを得たようだ。」
 「そ、そりゃどーも・・・」
 そして、酒場を後にしようとしたアントニウスに、ズィルクは忠告する。
 「わかってるとは思うが、今夜ここであった事を喋るなよ。出世したいならね。」
 「ああ、もちろんさ。」
 アントニウスはそう言うと、金貨の袋を隠しながら酒場を出て行った。
 駆け足で去って行く姿を見て、手下の黒服男がズィルクに話しかける。
 「参謀、あの男に任せて良いのですか?たかが振り付け師に諜報活動させるなど正気と
は思えません。もっと上のノクターン高官をこちらに引き込む方が良いのでは・・・」
 手下は頭の固そうな武闘派の男で、アントニウスを裏切らせた事に疑問を抱いているの
だった。
 心配そうに尋ねる手下を見て、ズィルクは説明を始める。
 「わしは過去に何度もノクターン高官や軍の幹部を寝返らせようとしたが、全て失敗に
終わった。何故だかわかるか?」
 「いえ、それは・・・判りませんが。」
 「それはだな、ノクターンの上部に行けば行くほど、愛国心や忠誠心に厚い奴が揃って
いるからだ。どんなに金や権力をちらつかせても、奴等は絶対に動かん。帝様は、それな
ら忠誠心の薄い小物を操れとわしに命じられた。そして選んだのが、あの男と言う訳だ。」
 その説明に、手下は納得した。
 「なるほど、そうでしたか。」
 「ノクターンは直に、小物の動きなど気にできなくなるほど大騒ぎになる、我が軍の総
攻撃が始まればな。誇れる獅子の最後となろうて、ククク・・・」
 獅子心中の虫とはこの事であろう。巨象をも恐れぬ獅子であろうとも、心臓に入り込ん
だ小蟲には気がつかないから・・・
 用心深いズィルクは、目論みが露見せぬよう手下に指示を出す。
 「念には念を、だ。アントニウスの監視は徹底しておけ。少しでもおかしな真似をする
なら、即刻始末しろ。」
 「はっ、承知致しました。」
 手下は仲間と共に即時命令を実施する。
 無論・・・等のアントニウスは、自分がただ利用されているだけの存在などと考えもし
ていない。
 大金を手にしたアントニウスは、すっかり上機嫌で酒を呑み直していた。
 「へっへっへ〜、今夜は最高だぜ〜っ。もうチンケな振り付け師なんぞやってられるか
ーい。見てろよアリエル〜ッ、ボクがガルダーンの高官になったら・・・イテッ!?」
 大声で騒いでいたアントニウスの頭に、小石が飛んで来た。
 「あたた・・・誰だよ、まったく・・・」
 頭を摩りながら辺りをキョロキョロと見まわした。物陰では、ズィルクの手下が怪訝な
顔で呟いている。
 「チッ、手間のかかる奴だ。次に下手な事ほざいてみやがれ、口にクソ叩き込んでやる。
」
 そして、気配を隠しながら尾行を続けた。
 ノクターンの首都は、戦勝ムードで盛りあがっていた。その中を、別の戦勝ムードで喜
び歩くアントニウス・・・
 獅子を罠に嵌める策略は、静かにそして・・・確実に侵攻していた・・・




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