魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫9)


  第30話 危険なるトランスミッションと、マリーの決断
原作者えのきさん

 その晩、ゲンカイの家に多くの町の者が詰め掛けてきた。 
 ノクターン王国が侵略された事は、すでにミュートにも知れており、ガルダーンの侵略
が、いずれこの小さな漁師町にも及ぼうとしている事態を心配したミュートの人々が集ま
って来たのだ。
 へインズ提督は、今までの経緯を詳しく町の人々に話す。
 ミュートの町でもガルダーンの襲撃に備えて武器の用意などをしていたが、へインズの
話からして抵抗の余地は無く、即時退去が求められる状態であることを町の人々は知った。
 ガルダーンが攻めて来る前に、皆で脱出せねばならない。
 長時間に及ぶ会議がなされ、数日中にミュートを出てノクターン西方のリケルト領まで、
全員で行く事が決った。
 しかし、リケルト領まで行くには一同を救ってくれる援軍が必要であった。
 リケルト領に駐屯しているへインズの同僚に援軍を求め、マリエル王子とミュートの人
々も保護してもらおうとの事になった。
 ガルダーンの包囲網を突破し、マリエル健在をリケルト領に報せる危険なトランスミッ
ションを、1人の男が申し出た。
 「俺が伝達にいくぜよ。心配はいらんきに、疾風のムロトさまにかかったら、ガルダー
ンの包囲網なんか屁みたいなもんぜよ。」
自身満々に答える長身の若い男ムロトに、へインズは伝達を任せる決心をした。
「危険な任だが、よろしく頼む。リケルト領には私の同僚がいるから尋ねてくれ。そして・
・・」
 ムロトに伝言の詳細を説明するへインズ。
 その内容は、6日後の午前零時に国境付近へ援軍を送って欲しいとの事と、各地での決
起を促すものであった。
 これがうまく行けば、マリエル王子もミュートの人々も保護してもらえる。
 
 寝室のベッドでは、マリエルに添い寝しているマリーが皆の声に耳を傾けていた。
 疲れてはいるが、それでも色々と心配事が頭に浮かんで寝つけずにいたのだ。
 「これで、やっと王子様は安全な場所で保護してもらえるんやね、よかった・・・。」
 一安心して眠りに付こうとしたが、ゲンカイや町の人々が口にする深刻な話を聞いて、
静かな眠りは打ち消された。
 「じつは、王子様や侍女の娘さんに心配ばかけたらイカン思うて話さんかったけど・・・
漁師仲間から聞いた噂じゃあ、ガルダーンでアリエル姫様が酷か目にあわされとるそうた
い。」
 アリエル姫の惨状を聞かされ、へインズは愕然とする。
 「・・・ここに来る途中、ガルダーンの兵達が姫様の事を嘲笑っていたが・・・まさか
そんな酷い目に・・・グリードルめっ、よくもっ!!」
 「胸クソ悪か話ったい。あの腐れ皇帝、ボコボコに喰らわさにゃ気が済まんばいっ。」
 悔しそうに机を叩く音が響く。
 マリーは皆の話を全部聞いていた。無言のまま、シーツを強く握り締める。
 一刻も早く助けに行かねばとマリーは思った。
 だが、アリエルを助けに行くには、マリエルを置いて行かねばならない。アリエルを助
けるか、マリエルを守るか、究極の選択を迫られるマリー。
 だが悩んだ末に、マリエルをへインズやゲンカイ達に任せる道を選んだ。
 無論、それが断腸の思いである事は言うまでも無い。幼少より御世話してきたマリエル
は、弟以上の存在だった。
 申し訳ない気持ちを堪え、アリエル姫救出を決意する。
 「・・・王子さま、堪忍してくださいね。姫様は、うちが必ず助けてきますさかいに。」
 そしてマリーは、スヤスヤと眠るマリエルにキスをした。
 必ず姫様を連れ帰ると約束して・・・
 
 次の日、伝達を任されたムロトは、夜明け前に船でミュートを出た。そして朝の訪れと
共にマリエルはマリーの失踪を知った。
 「わああんっ、マリーが、マリーがいないよおおっ。」
 マリエルの泣き声に駆け付けたへインズは、ベッドの上に置き手紙を見つける。
 「こ、これは・・・」
 手紙には、勝手な真似をした事への謝罪と、アリエル姫を必ず助けるとのメッセージが
書かれていた。
 それを読んだへインズは、酷く憤慨した顔で手紙を破り捨てる。
 「あのバカッ!!なんて真似をっ。」
 たった1人で救出作戦を敢行した無謀なマリーへの気持ちより、自身がアリエル姫を助
けに行けない立場である事を悔しく思うへインズであった。
 
 同じ頃、海から陸路へのルートに差し掛かっていたムロトは、自分の船に忍び込んでい
た者を見つけていた。
 「何者ぜよっ、俺の船に乗ってる奴は・・・あれ?あんたは侍女のマリーさん?」
 「えへへ、す、すんません。勝手に乗ってしもうて。」
 平謝りするマリーに事情を聞いたムロトは怪訝な顔をする。
 「まったく・・・今頃、王子様やへインズさんが大騒ぎしとるぜよ。どーせ連れていか
ん言うても着いてくる気じゃろ?ここまで来たらしゃあないぜよ。」
 「ほんまに・・・おおきに。」
 無鉄砲なマリーに呆れたムロトは、渋々同行を許した。
 そしてムロトとマリーは、丸1日海路を進んだ後、ガルダーン領とノクターン領の堺に
足を踏み入れた。
 この地で、アリエル姫が近い場所に囚われている事を知ったマリーは、伝達の任をムロ
トに托し、アリエル救出に向かう事を告げた。
 「お世話になりました。ここからはうち1人で行きますよって、へインズ提督と王子様
によろしゅうお伝えください。」
 ペコリと頭を下げるマリーは、変装道具を手に急ごうとしたが、それを急にムロトが呼
び止める。
 「待ちいやマリーさん、これを持っていくぜよ。」
 ムロトはマリーに、護身用拳銃と弾、そして小型の手投げ弾を手渡した。海賊などから
身を守るために持っていたものだった。
 「これ、鉄砲に爆弾やないですか。ムロトさんは大丈夫やの?兵隊がぎょうさんおるの
に。」
 「気にせんでええから持って行き、女1人で丸腰やったら心細いじゃろ。俺はゲンコツ
だけで海賊どもと戦こうた事があるんぜよ。」
 海の男が翳すゲンコツは、鍛え上げられた漢(おとこ)の拳であった。
 そんなムロトに再度頭を下げ、感謝を述べるマリー。
 「ほんまに、おおきに・・・ムロトさんも気をつけて。」
 ムロトに見送られたマリーは、早速救出の準備にかかる。得意の変装を使って、アリエ
ルの囚われている場所に潜入するためだった。
 しかし、その場所には多くの警備兵が屯している。
 多くの奴隷の娘が、アリエルの囚われている場所へと引き立てられているのを見たマリ
ーは、ある事を思いついた。
 だが、それは彼女の身体を犠牲にする、極めて辛い手段であった・・・


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