魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫)


  第2話 激戦、ノクターン王国対ガルダーン帝国
原作者えのきさん

 遥かなる地平線を望む大地。その広大なる草原を、一陣の黒い疾風が駆け抜けて行く。
 怒涛の如き勢いで走る黒き疾風は、大多数の騎馬兵の一群であった。兵達は狂暴な武器
を手にし、獲物を狙う野獣と化して突き進んでくる。
 その野獣の軍団が向かう先、小高い山を背に陣を構えた軍隊が野獣達を待ち構えていた。
 その軍隊の中から、1人の戦士が姿を見せる。白馬に跨り、白銀の鎧に身を纏った長い
黒髪の戦士・・・
 神々しき戦士の登場に、周囲の兵士達は姿勢を正して敬礼する。
 美しき姿を見せるその戦士は、若き女性であった。華奢な身体に似合わぬ覇気を漲らせ、
剣を抜き放って迫り来る軍団に突き付ける。
 「総員戦闘隊形っ、突撃開始ですっ!!」
 女戦士の声と共に、全軍が一斉に出陣する。放たれた弾丸のように突き進む一群は、少
しの恐れも見せぬ動きで野獣の軍団に戦いを挑んだ。
 先陣を切る黒髪の女戦士は、剣を采配にして軍隊に指示を出す。
 「できるだけ密集して進みなさいっ、敵に我等の動きを気付かれてはなりませんよっ!!
」
 勇ましき軍隊を指揮する美しき女戦士・・・
 その名はアリエル・ノクターン。映え在るノクターン王国の姫君にして、王国において
戦女神と賞される女戦士。
 女性であり、18歳という年齢にして優れた剣術の腕前と、類稀なる指揮能力を持つア
リエル姫は、黒く長い髪と、美の女神たる容姿を持つ戦士として、国民から絶大なる賛美
と支援を受ける姫君なのである。
 そのアリエル姫は、平和なノクターン王国を我が物にせんと企む敵国、ガルダーン帝国
の軍勢を退けるべく、軍勢を率いて戦いに挑んでいるのであった。
 野獣となって雄叫びを上げるガルダーン軍を前に、ノクターン軍はアリエル姫を先頭に
して突撃する。
 真正面から戦いを挑んでくるノクターン軍を見て、ガルダーン軍の指揮官が檄を飛ばす。
 「行け野郎どもっ、ノクターンの兵どもを踏み潰せっ!!」
 片手に斧を振りかざした狂暴な面構えの指揮官は、喚きながらノクターン軍に立ち向か
った。
 彼の指揮するガルダーン軍は、ノクターン軍を弱小と舐めてかかっているのであろう、
己の闘争本能に任せてノクターン軍に襲いかかった。
 「うおおーっ!!」
 怒声が飛び交い、両軍がまさに激突するその時であった。
 「今ですっ!!弓隊、銃撃隊、左右に展開っ!!」
 智将、アリエル姫の指揮が下り、軍の後方に控えていた弓隊と銃撃隊が一斉に両サイド
へと広がった。
 それまで密集隊形を取っていたノクターン軍は、あたかも翼を広げる鶴の如く、素早く
ガルダーン軍を包囲する。平地戦においての必勝の隊形、鶴翼の陣であった。
 兵士の統率と、指示する指揮官の力量が問われるこの隊形。それを難なくこなせるアリ
エルの手腕は見事としか言い様がない。
 両サイドからガルダーン軍を包囲した弓隊と銃撃隊が、弓矢と弾丸の猛攻を敵軍にお見
舞いした。
 ノクターン軍が真正面から突っ込んでくるとばかり思っていたガルダーン軍は、いきな
り側面から攻撃され、反撃の暇すら与えられずに倒されて行く。
 「うわああっ。」
 「ひぇええっ!?」
 銃撃から逃れたガルダーン兵士も、槍や剣で武装した突撃隊によって蹴散らされる。
 悲鳴を上げて逃げる兵士達を見て、ガルダーンの敵将は激怒した。
 「こ、こしゃくなマネしやがってっ!!怯むなてめえらっ、それでもガルダーンの兵士
かっ!!」
 喚く敵将は、情けない手下達を怒鳴り散らす。その敵将に対し、アリエルが単身戦いを
挑んだ。
 「我はノクターン王国の姫、アリエル・ノクターンなりっ!!そなたが敵将ですねっ。
我を恐れぬなら正々堂々勝負なさいっ!!」
 名乗りをあげるアリエルに敵将も応え、獰猛なる野獣と、美しき姫君が真正面から対峙
する。
 「俺はガルダーン軍総司令官、ガルア将軍だっ!!てめえがアリエル姫だなっ!?受け
て立つぜ小娘がーっ!!」
 激戦は最高潮を向かえ、ついにノクターンの将と、ガルダーンの将同士の大将戦に突入
したのである。
 両手に構えた斧で旋風を巻き起こし、黒馬に乗って襲いかかる敵将ガルアは、まさに人
間の皮を被ったケダモノであった。
 百戦錬磨の兵であろうとも、彼の野蛮にして凶悪なる面構えを見れば恐れをなして逃げ
出すであろうが・・・
 アリエルは恐れなかった。一切の躊躇もなく、剣を構えてガルアと対峙した。
 唸る黒い旋風と、煌く白い稲妻が激突するっ!!
 「はああーっ!!」
 「うがああーっ!!」
 バシュッという音と共に猛獣の豪腕が宙に舞い、斧が地面に落ちる。
 それは一瞬であった・・・そう、瞬く間に勝敗は決った。
 「うあ・・・ああーっ!?お、俺の腕がああーっ!!」
 腕を切り落とされたガルアが、絶叫を上げて馬から転げ落ちた。
 激痛でのた打ち回るガルアに、アリエルは剣を突き付ける。
 「勝負ありですわね。もはやあなたに戦うすべは在りません、大人しく降参しなさい。」
 「うぐぐ・・・や、やりやがったな、てめえ・・・」
 憤怒の形相で立ち上がるガルアだったが、腕を切り落とされた体では反撃すらままなら
ない。
 アリエルが戦闘不能となったガルアに背を向けようとした時である。
 剣を持ったアリエルの腕に鋭い衝撃が走り、皮製のムチが絡みついた。
 「うっ、これはっ・・・」
 驚くアリエルが振り向くと、危険なる美貌の女戦士が姿を見せる。馬に乗った彼女の手
にはムチが握られており、それでアリエルの腕を捕らえていたのだった。
 アリエルは丁寧に、だが強い口調で尋ねた。
 「ムチがあいさつ代わりとは無粋な方ですね、名前をお聞かせ願えますか。」
 美しき妖刀を連想させるその女は、突き刺すような視線でアリエルを睨みすえる。
 「お初にお目にかかるわねアリエル姫。あたしはガラシャ、ガルダーン軍の女将軍よ。」
 激しい火花が2人の間で飛び交う。ムチを持つ女将軍のガラシャが憎しみを込めて呟い
た。
 「よくもガルアを痛めつけてくれたわね・・・この代償は大きいわよっ!!」
 手にしたムチをグイグイと引き寄せる。腕力ではガラシャが1枚上手だった。
 そして、間近までアリエルを引き寄せたガラシャは、片手に残虐な武器を手にした。
 極限まで研ぎ澄まされた不気味なその武器は、エストック(刺突用の針芯剣)と呼ばれ
る物である。
 敵の心臓を貫き、速やかに命を奪う冷酷無比な武器だ。その貫通力は余りにも残虐的。
 幾人もの命を奪ったであろう残虐な光が、アリエルの純血をすすろうと煌いた・・・
 「クックック・・・力で私に勝てるとでも思ってるの?頭の悪いお姫様だこと。お前の
心臓をブチ抜いてあげるわ・・・」
 薄笑うガラシャ・・・
 だが、アリエルの余裕の表情が状況を逆転させた。
 「あら、頭が悪いのはそっちですわよ。」
 そう言うなり、白馬の腹を足で軽く蹴る。主人の司令に応えた白馬が前に飛び出し、虚
を突かれたガラシャが後ろにバランスを崩した。
 「あっ?がっ!!」
 顔面にアリエルの肘鉄が炸裂し、口から血を吐いたガラシャは、受身すら取れないまま
頭から落馬する。
 「うあああーっ、ぶっ!?」
 ドロべたの地面にキスをさせられ、見るも無様にガルアの横へと転がって行く。
 その有様に、今度はアリエルが笑った。
 「確かに力では叶わなかったですわ、力ではね。」
 皮肉の言葉を浴びせられ、激しく逆上するガラシャ。
 「ふっ、ふざけるんじゃないわよっ!!、この・・・うっ、うああ・・・」
 苦悶の声をあげ、武器を落としてしまう。落馬の際にアバラ骨が折れていたのだ。
 ムチも邪悪なエストックも、今や何の攻撃力もなさない。
 動けない2人に、ノクターン軍兵士が歩み寄って来た。
 「捕虜として連行する、2人とも立て。」
 戦意喪失している2人を捕らえようとした、その時である。
 バァンッ!!
 凄まじい爆発はノクターン兵士を退けるに十分過ぎる代物だった。
 ガルダーン軍が両将軍を救出すべく動いたのだ。
 ガルダーン軍が使用した爆弾は、鉄釘などを埋め込んだ炸裂弾であった。爆風に混じっ
て飛び散る鉄釘で敵に致命傷を与える、極めて残虐性の強い武器だった。
 その様子に、アリエルは兵士達を引かせた。これ以上負傷者を増やしてはならない。
 「深追いしてはなりませんっ、すぐに引きなさいっ。」
 その言葉に、兵士達はガルアとガラシャから速やかに離れた。
 そして、アリエルはガルアとガラシャに目を向ける。
 「これ以上、血を見る気などありません。早く消え失せなさい。」
 敗退するしかなくなったガルア達は、怨念を込めてアリエルを睨んだ。
 「くっ・・・俺達にトドメをささなかった事を後悔させてやるぜ・・・必ず復讐してや
るっ、てめえを2度と戻れねえ地獄に叩き落してやるからなっ!!覚えてやがれーっ!!」
 「アリエルッ、この借りは返すわよ絶対にねっ!?」
 救出に来たガルダーン軍兵士に連れられ、逃げて行くガルアとガラシャ。その2人が残
した怨念の台詞を、無言で聞いているアリエル。
 駆け寄る兵士達は、歓喜をあげて勝者アリエルを称える。
 「やりましたね姫様っ、ガルダーン軍は全員敗退。反撃すら出来ない状態であります。」
 兵士の声に応え、アリエルは片手を上げて勝利の宣言をする。
 「我等の勝利ですっ!!これでノクターンの平和は守られましたっ。」
 「ノクターン万歳っ、アリエル姫様、ばんざーいっ!!」
 平原に響き渡る勝利の掛け声。ノクターン軍は全員喜びに満ちていた。
 アリエルの顔にも勝利の笑顔が浮かんでいる。彼女には何の不安もなかった。祖国の平
和を守れたと言う充実感を存分に感じていた・・・
 しかし・・・アリエルがガルアとガラシャにトドメをささなかった事が、後に絶望と悪
夢の地獄を招く結果になるのだった。
 それはまもなく現実となる。勝利に沸き立つ兵士達も、そして微笑むアリエルも、それ
に気が付いていない。
 暗闇で牙をむく、怨念と復讐の恐怖に・・・


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