魔戦姫伝説(アンジェラ・閃光の魔戦姫4)


  第5話 友の涙
原作者えのきさん

 フォルテに危機が迫るその時、夫アルタクスの元にマリシア王妃が向っていた。
 銃声を聞きつけた兵士達と合流したマリシアは、アルタクスがリスカー国王といるであ
ろう部屋に突入した。
 戦装束も勇ましく部屋に乗り込んだマリシアは、信じたくなかった事実を前にして愕然
とした。
 「へ、陛下っ!?」
 銃を手にしたリスカー国王が無言で部屋に立っており、その足元には・・・裏切りの銃
弾をうけたアルタクス王が血塗れになって転がっているのだ。
 銃弾を腹部にうけているが、リスカーはワザと急所を外しており、アルタクスは辛うじ
て一命を取り止めている。
 しかし苦悶の呻き声から、激しい苦痛に苛まれている事がわかる。
 「う、うう・・・マリシア・・・早く逃げるんだ・・・」
 妻の存在に気がつき、アルタクス王はマリシアに逃げるよう促す。でも妻は夫を見捨て
はしなかった。
 「陛下、必ずお助けしますわ・・・」
 そんなマリシアに、先程襲撃を伝えに来ていた兵士が、オロオロと近寄って来る。
 「お、お、お、王妃さま〜。り、り、リスカー国王が乱心なされましたああ〜。」
 腰を抜かしている兵士の傍らを通り過ぎ、マリシアはリスカーをキッと睨んだ。
 「これはどういう事なのです・・・返答次第では、たとえあなたと言えど容赦は致しま
せんわっ!!」
 剣を抜き放ち、切っ先をリスカーに突き付ける。
 だが、リスカーは微動だにせずマリシアと対峙する。
 「弁解など致しませんよマリシア王妃。私は友を裏切った・・・ただそれだけだ。」
 「では・・・なぜ陛下を裏切ったのですかっ!!」
 「その問いは、後ろにいる奴に聞けばいいでしょう。」
 リスカーの言葉に、マリシアはハッとして振り返る。途中で合流していた兵士達は、リ
スカーの連れて来た特殊部隊の残党だったのだ。
 特殊部隊の者は、腰を抜かしている伝令の兵を血祭りに上げると、剣をマリシアに向け
る。
 だが怯まぬマリシアは、卑劣な襲撃者と臨戦態勢にはいった。
 「一戦を退いたとは言え、ノクターンの女戦士と言われた私は卑怯者に負けなどしない
っ。かかって来なさいっ!!」
 一斉に襲いかかる特殊部隊。応戦したマリシアは鮮やかな剣戟で襲撃者を切り捨てる。
 敵は一旦退くが、特殊部隊の隊長らしき男が素早くアルタクス王を人質にする。
 「抵抗をやめろマリシア王妃、逆らえばアルタクス王の命はないぞっ!!」
 夫の危機に、マリシアは油断した。
 「くっ・・・なんて卑怯なっ!!」
 その隙を突き、特殊部隊達がマリシアに飛びかかった。多勢に取り押さえられたマリシ
アの口に、睡眠薬の沁み込んだハンカチが押し付けられる。
 「むぐ・・・は、はなしなさい・・・んむううう・・・」
 意識が遠退く中、マリシアは夫を呼び続けた。
 「へ、へいか・・・へい・・・か・・・」
 手にした剣が床に落ちる。完全に意識を失い、敵の手に落ちたマリシアを見たアルタク
スは、苦悶の声で妻を呼ぶ。
 「ま、マリシア・・・マリシア・・・」
 そのアルタクスを、特殊部隊の隊長は冷たい眼で見据える。
 「これでノクターンもお終いだな、早くアルタクス王と王妃を連れて行くんだ。」
 残った手下に、アルタクスとマリシアの連行を命ずる隊長。
 裏切りの背任を背負わされたリスカーも、力なくその後に続いた。
 「・・・許せ、友よ・・・」
 そんな悲痛な呟きが、襲撃者達に聞こえる筈はなかった・・・
 
 襲撃を受けたフォルテの街は完全に壊滅状態になっていた。
 街を守っていたノクターン兵は皆殺しにされ、建物は尽く破壊され、生き残った民がガ
ルダーンの兵士に捕えられていた。
 民達は手錠や足枷をはめられ、ガルダーンへと連行されていく。民達の運命は決ってい
た、ガルダーン帝国で死ぬまで奴隷にされるのだ。
 フォルテを陥落させたレッカード将軍は、すでに元帥の椅子を手に入れたかのように勝
鬨を上げていた。
 「わ〜はははっ!!これで俺も元帥だっ、レッカード元帥様だぜ〜っ!!」
 そのレッカードの元に、アルタクスを捕えた特殊部隊の隊長が報告に訪れた。
 「将軍、アルタクス国王とマリシア王妃の身柄を確保しました。」
 上機嫌のレッカードは、愛想良く応える。
 「おおっ、そいつはご苦労。俺が元帥になったら、お前の功績を称えて将軍の職を譲っ
てやろう、わっはっはっ。」
 笑いながら通りすぎるレッカードを、隊長は怪訝な眼で見ている。
 「いい気なもんだな、肝心の奴を忘れてるクセに・・・」
 レッカードは、フォルテ陥落に際してアルタクス王夫妻とマリエル王子の身柄を確保す
るように命令されている。
 しかし、元帥になる野望で頭が一杯のレッカードは、マリエル王子の事をすっかり忘れ
ていたのだった・・・
 
 城の外に連れ出されたアルタクス王は、悲惨な民の状況を直視せねばならなかった。
 「すまない、私が至らぬばかりに・・・」
 民の受ける惨事を、自分の責任として悲しんでいるアルタクスだったが、そんな彼をガ
ルダーン軍の将が一笑する。
 「フッ、話には聞いてたが、噂以上にお人良しな王様だぜ。民の事より自分の事を心配
すればいいのによ。」
 嘲笑うレッカード将軍を、リスカーは睨む。
 「口のきき方に気をつけろ貴様っ、それが王に対する礼儀かっ!!」
 そのリスカーを忌々しそうに見るレッカード。
 「親友に重症を負わせた奴に言われる筋合いはないぜ。まあいい、グリードル帝様はア
ルタクス王を半殺しにして連れてこいとの仰せだからな。」
 レッカードの言葉に、リスカーは怒りを露に詰め寄る。
 「半殺しだとっ!?アルタクスをこれ以上傷つける事は許さんぞっ!!それにアルタク
スを連れて行くとはどう言う事だっ。そんな話は聞いておらんっ。私の命令だ、今すぐア
ルタクスとマリシア王妃を解放しろっ!!」
 しかし、レッカードはさらに冷ややかな目でリスカーを笑った。
 「あアん?あんた何か勘違いしていないか?我々は帝様の命令に従ってるンだ、腰抜け
王の命令など知った事か。」
 「貴様ーっ!!もう一度言ってみろーっ!!」
 激怒したリスカーの耳に、アルタクスの声が聞えてきた。
 「リスカー、君は・・・げほっ・・・ローネット姫を人質にされたのか?」
 血を吐きながら尋ねるアルタクスに、リスカーは怒りを堪えて返答する。
 「あ、ああ、そうだ・・・グリードルめ・・・私の娘を・・・愛するローネットを人質
にしたんだっ!!国の交易路まで封鎖したんだ・・・」
 愛娘のみならず、国までも盾にされてしまったリスカー国王の苦悩がアルタクスに伝え
られる。
 アルタクスは、友を陥れた暴君の卑劣さを呪った。
 「グリードルめ・・・どこまで腐った奴だ・・・」
 だが、アルタクスに暴君への怒りを口にする暇は与えられなかった。
 民にはめられているのと同じ足枷が、重症のアルタクスの足にもつけられたのだ。そし
て更に気絶した愛妻のマリシアを背負わさせられた。
 「うあっ・・・くく・・・ま、マリシア・・・なんのこれしき・・・」
 銃弾をうけた腹部に激痛が走り、アルタクスはよろけそうになる。そしてレッカードは
更なる責め苦の言葉を浴びせた。
 「フフン、いいザマだな。マリシア王妃はあんた自身が担いで運ぶんだ。嫌なら別に構
わんが、反抗したら民を1人ずつブチ殺してやるぜ。」
 卑劣な言葉にアルタクスは唇を噛む。
 しかし、民の命を守る使命を持つアルタクスに、逆らう術はなかった。
 痛みを堪え、妻を背負って歩くアルタクス。
 自分達の王の悲惨な姿に、ノクターンの民は涙を流した。
 「へ、陛下・・・王妃さま・・・うう・・・」
 そして心を痛めているのは民だけではない。リスカー国王もアルタクスの姿に悲しみを
深めている。
 よろけるアルタクスに肩を貸し、少しでも苦痛を和らげようとする。
 リスカーの姿に、レッカードは疎ましい顔で唾を吐いた。
 「チッ、腰抜け王が・・・ヘドが出るぜっ。」
 レッカードの中傷など聞く耳も持たず、リスカーはアルタクスを助ける。
 「アルタクス・・・こんな事で許してもらえるとは思っていない・・・せめて、これで
バーンハルドを怨まないでほしいんだ・・・」
 そんなリスカーの頼みを受け入れるアルタクス。
 「・・・君に罪はないよ・・・私も・・・ぐはっ・・・妻と子を人質にされたら、君に
銃口を向けていた・・・」
 「そんな事を言わないでくれっ、私を罵ってくれ・・・愚か者と蔑んでくれ・・・頼む・
・・」
 「君と私の仲じゃないか・・・うぐぐ・・・と、友を罵れるものか・・・そうだろう?」
 こんな状況でも、アルタクスはリスカーを(友)と呼んだ。
 「アルタクス・・・君ってやつは・・・」
 友の言葉に、リスカーの目から大粒の涙が流れた・・・



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